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呪賦ナイル YA  作者: 城山古城
136/210

第九話 必殺技 其の一 

 九


「八雲、樹、貴様たちは始末書を提出しろ。八雲は減給処分は免れないと思え」


「はぁあああ!? なんで俺なんだよ、りょ、二佐!」


 隊長室に呼び出された八雲隊の面々、そして総将。


「近隣から苦情が入ってる。仕方ないだろう?」


 それを聞いて総将は声を忍びつつ笑っていた。


「いや、仕方なくなくなくない? 減給は俺じゃなくて普通、樹だろ!?」


「あのとき、お前が静止すれば被害を出すことはなかった。隊長が責任を取るのは当たり前だろう」


「だったら、なんで良子さんも言わなかったんだよ!」


「私はあの場所に居なかった」


 八雲以外は全員クスクスと笑っていた。


「テメエら、何笑ってんだよ!」


「まぁ、八雲。私も始末書書くんだし、いいじゃねぇか」


 樹は八雲の肩に手を乗せる。


「オメェーのせいだろ! 俺は何も悪くない!」


「八雲、隊長はお前だろ? 仕方ないさ」


「総将、お前も楽しんでいないか!?」


 八雲が隊長室で吠えている頃、忠陽たちは食堂で昼食を取っていた。


 雰囲気は由美子、朝子、大地の三人のお通夜ムードで明らかにどんよりとしている。


 三人だけ配膳された昼食には手がつかないようで、半分も食べ切れていない。


「ま、まあ、皆、今回は勝てたんだから、良しとしましょう! それにご飯は美味しく食べないと!」


 藤は周りに三人に気を使って、励ましの言葉を送る。


 その言葉に朝子はゆっくりと反応するも、再び、昼食に視線を落とし、ため息をつく。


「何、ため息ついとんねん。だいたい、君らが個人的な力勝負で八雲たちに勝てるはずないやろ」


「ふ、伏見先生!」


 藤は伏見を怒った。


「今回はそれでも作戦勝ちした事を素直に喜び。戦い方にはそういう方法もある事を理解し」


 伏見の言葉に忠陽はあれが本当に勝ったと言えるかと思った。


 個人的な力勝負では大地と朝子は完全に負け、由美子は五分だったのではないかと思っていたが、どうやらそうでない様子は由美子を見ても分かる。由美子が放った一射は樹の二回目の呪防壁ごと破壊するということは忠陽にとって素晴らしいものだと思っていたが、どうもそれよりも樹が放った砲撃の威力が高かったことが悔しいらしい。


 あの砲撃は、演習が終わった後の研究員たちの騒ぎようや、八雲隊の面々の話からすると、かなり危ない状況だったらしいが……。


 作戦自体は樹の視線を忠陽たちが全力で戦うことによって引きつけ、裏では鞘夏が作戦ラインを抜けるという単純なものだった。この作戦自体、恐らく八雲も樹も気づいていたし、ワザと負けたのではないかとすら思える。


 どんな意図があったのかは分からないが、結果として由美子は力負けし、大地と朝子は自身の実力が相手にもされない状況に肩を落としている。


「み、みんな、午後もあることだし、き、切り替えよう……」


 忠陽がなけなしの勇気を振り絞って言葉を発したが、三人からの鋭い視線で言葉が尻窄みする。


「おい、ボン! てめえ、あの露出姉ちゃんから一本取ったからって調子に乗ってるんじゃねぇだろうな?」


「そうよ。あれはアンタだけの力じゃないってこと分かってる?」


 忠陽は返事をすると余計なことになりそうなので愛想笑いをした。


「なに、吠えてるのよ。賀茂君は貴方達よりよっぽど頼りになるし、強いわよ」


 大地と朝子は由美子の言葉に立ち上がり、睨みつける。


「二人とも!」


 藤が静止する。


「図星でしょ? だから、そんなにムキになる」


「ヘッ! テメエの目はどうも曇っているらしいな!」


「あら、そう? だったら、賀茂君と戦ってご覧なさいよ。賀茂君が手を抜かなければの話だけどね」


「ナンだとテメェ!」


「三人共、食堂で騒がないの!」


「あんた、よくそいつの方を持つけど、もしかして惚れてる?」


「はぁ? なんでそうなるの? 下品極まりないわ。それだから戦い方も下品なのよ。まるで、理性のない動物みたい」


「言わせておけば……」


 三人は今にも此処で戦ってもおかしくない雰囲気だった。そこに雷が落ちた。


「どうしてあなた達はそう喧嘩するのよ!!」


 食堂に藤の怒声が響き渡る。


 流石の伏見ですら動きを止め、藤を見てしまった。


「なんで、勝てたことを素直に喜べないの!!」


「ふ、藤ちゃん――」


「うるさい!」


 朝子はその勢いに圧倒され、口を閉じた。


「私はね、あなた達が大きな怪我をせず、みんなでご飯食べられるだけでも安心してるのよ! それを何? 自分よりも強くてへこんでる? 自分よりも強いやつが居ればムカつく? そういうことじゃないでしょう!」


 パチパチと拍手が起こった。藤は拍手の方向を見ると、キザな男が颯爽と現れていた。白衣を着た女医を引き連れていた。


「いや〜、さすが藤先生。素晴らしい」


 藤はビリーのその姿を見て、何故か内から沸き起こる怒りの感情の火に油を注がれるような気がした。


「うるさい、邪魔するな! このナルシスト!」


「あれれ? 止めるつもりがヒート・アップしてるぞ」


 隣にいた燈に助けを求めた。


「お前の言い方はすべての女の敵だ。仕方ない」


「え、それマジ?」


 (あかり)は頷く。


「スゲーショックなんだが……」


 ビリーは落ち込む。


「あなたのせいで、この子達に言いたかった事を忘れてじゃない! どうしてくれんのよ!」


 藤は立ち上がり、ビリーに詰め寄ろうとするも、燈が瞬速の投擲を受け、ドサッと倒れた。


「ふ、藤ちゃん!」

「藤先生!」

「藤ちゃん先生!」


 三人が立ち上がり、藤の側に近寄る。


「安心しろ、すぐに効く鎮静剤を投与しただけだ」


 燈は冷たく言い放つ。


 伏見がため息をつく。


「それにしてもやり方があるやろうが」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 藤が目を覚めると白い天井が見えた。


 どこにいるのか、何故ここで居たのか、定かではないが、咄嗟に生徒たちのことを思い出し、体を起こす。


 間仕切りのカーテンで周りが見えないが、医務室にいることが分かった藤はベットから降り、カーテンを開いた。


 カーテンを開くとタバコを呑んでいる燈が居た。互いに気付き、目を合わせた。


「何してるんですか?」


 燈はタバコを吸い込み、巻き紙と刻みを燃やす。その後体に巡らせ、窓の外へと吐き出した。そして、質問に答えた。


「タバコを吸っている」


「いや、見ればわかりますよ。ここ医務室ですよね?」


「ああ、医務室だ」


「普通、タバコ吸います!?」


「まだ、興奮してるのか。もう一本、打っておくか……」


 燈は懐から何かを取り出そうとしていた。


 そこに咲耶が中へと入ってきて、二人の間に割って入った。


「はいはい、藤先生、それ以上は興奮しないで」


「一条さん……」


「燈さん、もう鎮静剤は入らないから」


「だが、まだカリカリしているではないか」


「ちょっと色々とあって、ナーバスになっているだけです」


 燈はそうかと言い、またタバコを吸い始めた。


 咲耶はため息をつく。


「あの、一体どういう事ですか、これ?」


「えっ? ああ、あなたはこの医者に鎮静剤を打たれて寝てたのよ。体には問題ないわ」


「い、いつですか?」


「私は見てないから分からないけど、たぶん、あなたが生徒たちを怒ったときよ」


 藤は思い出し、咲耶の肩を掴む。


「あの子達は何してるんですか!?」


「え? 今、演習場で特訓中よ」


「私も行かないと」


 動き出そうとする藤を咲耶は止めた。


「ちょっと待ちなさい。そっちの方は大丈夫だから、まずあなたが安静にしなさい」


「でも!」


「そんな状態で生徒たちと一緒にいるのは無理よ。あなた、生徒たちを怒鳴りつけたんでしょ?」


「そうですけど」


「生徒たちを怒鳴りつけたということはね、あなたの心に余裕がないってことなのよ」


 藤は咲耶の指摘に愕然とした。


「それって……」


 自分の能力を疑われていることもそうだが、余裕がないということにも動揺を隠せなかった。


「あのね……。普通の大人なら、あんな演習を見て、冷静で居られないし、生徒たちを守ろうと過剰反応するのは当たり前のことよ。あなたが悪いってわけじゃない。むしろ、おかしいのは私達の方なの」


 藤は咲耶の言っていることが理解できなかった。


「でも、その怒りを生徒に向けるのは違うわ。そんなあなたを見て、ビリーは落ち着かせるために間に入ったみたいだけど……ほら、アイツは……」


「馬鹿だからな」


 燈が口を開いた。


「とにかく、今は安静していなさい。生徒たちには、あなたの元気な顔を見せた方がいいわ」


 咲耶のその言葉で藤は自分の置かれた状況をなんとなく理解した。そのせいか、体に重しが乗っかったようになり、足取りが重く感じた。何か今までの気持ちが全て抜け出て、虚無感に徐々に心に纏わりつくようになっていた。


 藤はベットに力なく座り込んだ。

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