第九話 演習 六日目 其の二
ブザーが山岳地帯に鳴り響く。
樹はゆっくりと指定の休憩ポイントに着くと、狙撃銃の望遠鏡で辺りを見回す。
大地と、朝子はさっきと同じく八雲たちに向かっていくのを見て、その場に寝転んだ。
今回も八雲たちに任せておけばいいだろうと、樹はすっと目を閉じた。
山間の場所に風がそよぎ、樹の顔をくすぐった。
樹はその優しい風を受けて、気分が良かった。天気もよく、外で寝るには絶好の日和だ。それに和をかけて、昨日の深酒による気持ち悪さが改善されていくため、心持ちが良い。
辺りから戦闘音もしない。深酒の頭に響くことなく、すぐにでも寝れそうだ。このまま起こしてくれるなよと思った瞬間、樹の頭に邪念がよぎる。
樹は起き上がり、狙撃銃の望遠鏡で、もう一度八雲たちの方を見た。
再び朝子と大地を発見し、攻勢を開始するどころか、かなり離れた距離、しかも自分と八雲たちを分断するような位置にいる。
「おい、八雲。変だぞ」
樹は念話で話しかける。
「変って、何が?」
「いや、だから、ガキどもがお前らに攻撃したてねえじゃねぇか」
「いや、別に変じゃないだろ」
「はあ? お前、ボケてんのか?」
「ボケてねえよ。さっき言ったろう? 同じ演習をやっても勝てないから撤退戦に変えるって。初期位置からあいつ等一人でも逃したら、俺らの負け、全員倒せば俺らの勝ちって」
「ざっけんな! 聞いてねえよ!」
「あんた、寝てじゃん」
奏が呟く。
「樹さん、気持ちよさそうに寝てたよねー」
加織がのほほんと言った。
「そうだとしても、普通、作戦ぐらい伝えるだろうが」
「なに、簡単だ。各自防衛ラインで死守せよだ。楽でいいだろう?」
八雲は笑っていた。
「そうなら、ささっとあの二人倒せよ!」
「嫌だ」
八雲の反応に奏と加織はくすくすと笑う。
「何がガキみたいなこと抜かしてんだよ!」
「だって、その二人はお前の方に近いだろう? なんで俺が手を出さないといけないんだよ?」
樹はわざと魔力を放っている奴に気づき、狙撃銃の望遠鏡で見る。そこには由美子と鞘夏が居た。二人は樹の元へと近づいといた。
「てめえ、嵌めやがったな!」
樹は大声を出した。
静寂を保つ場所に声が響き渡る。
「身から出たサビだろ。そりゃ、やる気がないし、俺達と連携しない様子を見せればそうなるだろ」
「そういうときこその仲間だろうが! 速く助けに来い!」
「だから、言ったろう? 作戦は各自防衛ラインを死守」
「てめえ……」
「作戦なら仕方ないわ。樹せーんぱい、あと頑張って」
「樹さん、ファイトーッ!」
奏と加織も珍しく八雲に同調していた。
樹は望遠鏡から見える由美子に狙いを定めた。
「八雲、あたしがゆみちゃんを泣かしてもキレんなよ……」
「俺のゆみはそんなことで泣かない」
奏と加織の嫌悪の声が念話に響く。
「へっ、言ってろ。あたしにかかれば――」
「樹、ゆみは俺なんかより魔力制御は上手だ」
樹は眉をひそめるも、引き金を引こうと呼吸を整える。
「だから、その距離でも簡単に跳べる」
八雲がそう言った瞬間、ゆみはスコープから消えた。
樹はそれを見た瞬間に狙撃銃を盾にし、目の前で振り下ろされた長棒の縦払いを止めた。
「へー。やるじゃん、ゆみちゃん……」
咄嗟に現れた由美子の顔は真剣な顔だった。
「その名前で呼ばないでくれませんか?」
樹は不安定な体勢で受け止めていたため、由美子にジリジリと押されていく。
狙撃銃がミシミシと悲鳴を上げるのを聞いて、樹は由美子の力を受け流すように右斜め手前に引いた。
由美子は体勢を崩すが、すわやと出た足で踏ん張り、体勢を整え、長棒の横薙ぎで樹に追撃を加える。
樹は狙撃銃で受けながら、後方へ飛び退き、距離を取った。
「さっすが! 楽しくなってきた」
「遊びでやるなら痛い目見ますよ」
由美子は樹を正面にして構え直す。
「ゆみちゃん、相手なら良いかな。痛いのも痛めつけるのも……」
樹は屈託のない笑顔を浮かべる。
「そうですか。だったら、痛い目、見てくだ、さい!」
由美子は樹との間を一気に詰め、縦に薙ぎ払う。
樹はまた距離を取りつつ、狙撃銃を捨てる。狙撃銃は霧散してなくなった。
それから、樹は何もないところから拳銃を作り出す。その銃は銀色に光った自動式拳銃であった。
弾倉を引きに抜き、懐に入れていた弾倉と交換し、すぐにスライドを引いた。
由美子を照準に収めると、引き金を引く。
放れたのは訓練弾。殺傷性はないものの当たればそれなりに痛い。
由美子は銃弾が放たれた同時にすぐに消えた。
樹は前へと走り出し、前方宙返り二分の一ひねりを行い、着地の前に二回、引き金を引く。
放たれた銃弾の先には誰も居なかった。
「はっずれー!」
樹は自分の状況を楽しんでいた。そして、すぐに左側から殺気を感じ、自動式拳銃で横薙ぎを止める。
「ゆみちゃん、殺気が消せてないよ」
「消すつもりはないですから」
樹は由美子との間合いを詰める。
「そんなんじゃ、跳んでも意味ないぞ。そんな駄目な子には罰ゲームだー!」
樹は唇を突き出し、接吻を求めた。
由美子は、悲鳴を上げて後ろへと逃げた。
「へ、変態!」
「なんだよ、減るもんじゃないだろう?」
「そ、そういうのは、す、好きな相手とであって、あなたみたいな下品な相手ではありません! だいたい、この状況で何考えてるのよ! 破廉恥!」
樹は吹き出して笑った。
「破廉恥だなんて、今どき使うかね。でも、あたしはゆみちゃんのそういう初なところ好きだな……」
樹の舐めは回すような視線に由美子は鳥肌が立つ。
「壊したいくらいに……」
樹の気配がさっきまでとは一転し、冷たいものになった。
由美子は虚勢をはるように構えた。
樹は口が綻び、連続で引き金を引く。
「しまっ――」
由美子は樹の冷たい殺気により思考も体も止めてしまった。一瞬であろうと、離れた距離の戦い方は樹の方に分がある。
「ゆみちゃん、気を抜いたら駄目だよ。一回目を貰うね」
銃弾は由美子に当たる前に急に盛りあがってできた土壁に遮られた。
「やっぱり、近くには居たか」
樹は背後を取ろうとする微弱な呪力の流れを掴み、振り向いてからそこへ銃弾放つ。
すると、忠陽が姿を表し、土壁を作くり、訓練弾を防いだ。
「賀茂君!」
「お姫様を助けようとするナイト様ってところか? でも、お前には似合わないよ」
樹はもう片手に銃を作り出す。同じ銀色の外観に柄が木の細工が施された銃を持ち、訓練弾の弾倉に変えることなかった。
「残念だけど、私にはあんたみいな男はそそられないんだよッ。ささっと、失せな!」
樹が引き金を引くと、忠陽の目の前にある土壁は爆発し、弾け飛んだ。
「賀茂君!!」
忠陽は呪防壁の発動で辛うじて外傷はなかったが、後方へと飛ばされた。
由美子はその姿を見て、安堵し、目の前にいる樹を睨みつける。
「ゆみちゃん、そう怒んなよ」
由美子は地面蹴る。踏み込みの速度は早く、長棒の長さも含めると、攻撃可能な距離だった。
樹は牽制で右手の銃で訓練弾を放つ。
その弾を避けることなく、由美子は突進する。長棒に魔力を込め、長棒を起点として渦巻いた風を作り出す。風は次第に大きな円錐の形に具現し、訓練弾も弾いた。
「さすが、ゆみちゃん!」
このときには、樹は由美子が作り出した風の騎槍をもう避けられない距離だった。
樹は不敵に笑い、左手の銃口に風の騎槍の穂先をぶつけようとする。
その行為に由美子は目を疑う。
ちょうど銃口に騎槍の穂先が触れる瞬間に樹はトリガーを引いた。すると、銃口から圧縮した熱が放たれ、風の騎槍を弾き飛ばした。
弾き飛んだ騎槍は由美子の手から離れ、回転しながら宙に舞い、二人からは遠くの地面に突き刺さった。。
「なんてありえない戦い方……」
「あたしの戦い方は我流なんでね。お上品には戦えないの」
楽しそうに笑う樹に由美子は苛立ちを覚える。
「さて、ゆみちゃん。チェックメイトだよ? どうする?」
樹と由美子の距離は依然として近い。そのまま格闘戦が行える距離だが、由美子には懸念があった。
それは樹の魔術の発動速度だ。樹の魔術は銃の引き金を引くだけで発動する。ほぼ詠唱が無いのに和をかけて発生場所を任意にできる。
恐らく術士としては奏よりも上であり、戦い方を見るだけでも学生相手に躊躇しない。総合的に見ても、奏よりも強い。
「どうしたの、ゆみちゃん? はやくかかって来なよ」
由美子は目の前にいる強敵の動きから目を離さなかった。
「なに、そんな見つめられると嬉しいな」
樹は喜んでいたが、襲いかかってきた火炎により、眉間にしわ寄せる。
由美子と樹は火炎を避け、互いに距離を取った。
「バカ! 味方まで巻き込んでどうすんのよ!」
「そんな細かいことできるわけねえだろ!」
大地と朝子が近くで言い争いを始めていた。
「八雲の野郎、完全に手を出さない気だな。あたしに任せてガキどもがどうなっても知らねぇからな!」
樹は苛立ちを吐き捨てる。
由美子にとってはこの分断が良かった。距離を取れれば立ち回りで再度攻撃ができる。
「宮袋君、ありがとう。助かったわ」
念話で入ってくる由美子の謝意に大地と朝子は戸惑う。
「賀茂君、まだ戦えて?」
「大丈夫、まだ戦えるよ。でも、あれは防ぎようがない……」
忠陽は愚痴っぽくなっていた。
「想像以上に強いわ。二人とも気をつけて」
「そんなんじゃ分かんない。何を気をつければいいのよ」
「月影さんより術の発動が速い、それに発動兆候が分からない術士と戦うと思って」
「よく分かんねぇな……」
大地が頭を抱える。
「大地くん、無茶苦茶強い人っていうことだよ」
「なるほどね」
忠陽の説明で納得する大地に朝子と由美子はため息をつく。
「で、何か倒すための作戦はあるの?」
朝子は鉄鞭を抜いた。
「そんなもの、あると思う?」
由美子は弓を生成する。
「ちょっとは考えなさいよ……」
「考えても、貴方達は聞かないだろうし、当たって砕けろっていう方が好きでしょう?」
大地は炎を燃え上がらせる。
「ま、シンプル・イズ・ザ・ベストってことだな」
「大地くん、なんか違うよな」
「こまけーことはどうでもいいってことだよ」
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