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呪賦ナイル YA  作者: 城山古城
133/208

第九話 演習 六日目 其の一

 八


 六日目の演習はビリー隊ではなく、八雲隊とだった。


 八雲隊の超攻撃的な戦術は、忠陽たちを開始から十数分以内に全員を戦闘不能状態にした。


 陣形は八雲と加織の攻撃手二人、万能手の奏が一人、やる気のない狙撃手の樹が一人という構成に見えた。


 由美子は初めの作戦として、全員で攻めることを選択した。それには忠陽は反対だったが、相手の実力を見るためにもということで、朝子と大地が賛成し、全員で攻めたが、見事に返り討ちにされる。


 このとき、戦っていたのは八雲と加織のみであり、樹は高台の上で寝ていた。演習終了後にその理由を加織が聞くと、昨日は飲みすぎたと帰ってきた。


 二戦目は、由美子は奇襲作戦を立てた。奇襲をするのは忠陽となるが、その作戦はすぐに奏に見破られて作戦自体が破綻し、また八雲と加織に全員がやられた。


 三戦目に立てたのは防御陣地を形成した待ち伏せだった。忠陽が相手の狙撃を狙われにくいような防御陣地を作り、罠を仕掛けたが、これも加織の拳によって砕かれたり、罠は奏の砲撃で壊されたり、八雲の超速スピードによって罠が発動する前に通り抜けたりと散々な有様でまったく通用せず、やられてしまった。


 三戦目が終わり、控室には珍しく伏見と藤が居た。


 伏見のヘラヘラとしたその顔を見て、由美子は鼻であしらう。


「なんや、もう負けてしもうたんか、速くて僕らが上に行く暇がないわ」


「伏見先生!」


 藤が叱責するも、由美子はその挑発を無視し、地形図を見ていた。


 地形図には今までの情報で八雲隊の初期位置を駒として並べられていた。それをじっと、由美子は見つめる。


「グラサン先生の言うとおり。ダメダメっすよ。あんなん勝てるわけがない。こっちが攻めようが守ろうがどっちでも一緒」


「やけに弱気やな、宮袋くん。いつもの調子はどないした?」


 大地は長椅子に乱暴に座った。


「冗談じゃない。あんな調子じゃ、やる気も出ねえよ」


「本当。手加減ってもの知らないんじゃない? 学生相手にマジだなんてダサいわよ」


 朝子も同調してきた。


「ほなら、勝つためにどうするんや?」


「いやいや、勝つとかどうこうの次元じゃねえっての!」


 大地はムスッとしながら言った。それに輪をかけて朝子が噛み付いた。


「ねえ、あんたわざとそれ言ってない? 無理なものをどうするって可笑しいでしょう!」


「氷見さん、口の聞き方!」


 藤の注意に朝子は口を尖らせた。


「なら、姫の作戦は問題ないちゅーことやな?」


「だから、それ以前の問題だって言ってんだよ! あんな奴らとどうやって戦うんだよ?」


 伏見は大地の怒りを無視し、作戦ボードに近づいた。


「姫、次の演習は撤退戦や」


「はあ?」


 由美子は怪訝な顔をした。


「周りを見てみん。二人は脱落――」


 それを聞いて、大地と朝子は立ち上がり、伏見に罵声を浴びせた。


「君ら三人では勝てる見込みはない。そうなれば、撤退するしかないやろ?」


「勝手なことを言うけど、これデータ収集のための演習でしょう? 良……葛城二佐の許可はあるの?」


「データ収集依然の問題や」


 由美子はカチンと来て、伏見に手を出そうとすると、その間に藤が割って入った。


「あ、あの、葛城二佐にはちゃんと話してます。四戦目は生徒たちの状況次第で、目的を変えましょうって……」


 由美子は不服そうだったが、ひとまず矛を収めた。


「で、撤退戦ってどうすれば撤退成功にするのよ?」


「君らが誰か一人が八雲隊の初期陣地ラインを抜ければにしとこうか? そうせな、まず無理やろ?」


「確かにそうね。全員なんて無理。一人ですら、難しいわ」


「ええ自己評価や」


「いちいち癇に障るわね。あんた、なんのために来たのよ?」


「そりゃ、君らの無様な姿を見に決まってるやん」


「伏見先生、ちょっと酷すぎませんか!?」

 

 伏見は藤を無視して、話を続けた。


「姫、まず誰を逃がす?」


「それを今、考えようとしてるじゃない! 黙ってなさいよ!」


「言い方を変えようか。誰を生き残らせるんや?」


 由美子は手を止めた。


「この部隊はもう死に体や。その中で誰を生かして、誰を殺す?」


「伏見先生!」


 由美子は不思議と冷静に考えられていた。誰を生かすか。それでも何となく自分の中で生きていてほしい人が浮かんでいた


「鞘夏か、賀茂くん」


 由美子の答えに全員が驚いた。


「なんで、自分が入ってないんや?」


「今の部隊には敵を足止めする駒がないわ。こうなったのは私の責任だから、足止めは私がする」


「ええ心掛けやな。ちなみに、なんでその二人なんや?」


「単純に私が生きていてほしいからよ」


 その答えに誰もが沈黙した。


「何よ、何で黙るのよ!」


「いや、マジに答えるから……」


 大地が呆気に取られたように言う


「悪い? そういう貴方は自分以外誰よ!?」


 大地は考えて、答えた。


「この中でなら、ボンかな」


 その答えを聞いて、由美子と大地は忠陽を見る。


「えっ、僕の番?」


「ちょっと、待ちなさいよ。そいつは決まってるんだから、その話はもういいじゃない」


 朝子の意見に周りは同意した。


 忠陽はその状況になんだかやるせない気持ちになった。


「姫、逃げる場合、どこを狙う?」


 伏見の問に由美子は迷わず作戦ボードにある駒を指し示す。


「今の状況じゃ、ここ一択」


 由美子が指し示すのは樹だった。


「なるほど。その理由は?」


「理由は今までの攻撃に参加してないから」


「そんな理由かいな。でも、相手が強かったらどうするんや?」


「強いわ。強いでしょうね」


 伏見は冷静な由美子を見て、笑う。


「えらい評価するやない。なんかあったんか?」


 由美子は何かを思い出したかのように嫌そうな顔をした。


「確かに、あの露出姉ーちゃんはヤバイよな、ボン?」


 忠陽は声が上ずりながら同意した。


「このスケベども……」


 朝子の冷ややかな目で二人とを見ていた。


「違ーよ! まじであの姉―ちゃん、強いんだよ! なあ、ボン!」


 忠陽も首を縦に振る。


「あのやる気のない人が? 冗談でしょう?」


「冗談じゃないわ。宮袋くんたちが言ってることは本当よ」


 由美子は冷静に言う。


「昨日、一緒に居てわかったけど、あの人、狙撃手じゃなくて万能手だと思う」


「はあ? 全然そう見えないじゃない」


 朝子は驚いていた。


「あの人、何で矢に属性付与にしないんだって言われた」


「それが何だっていうのよ?」


「私もそう思った。矢になんか普通、属性なんて付かないはずと考えて戦うわ。彼女からすればそれが相手の隙をつくところなのよ。銃を持ってるから、格闘ができない、魔術が使えない。そう思わせれば私をただの動けない駒だって思う。そう言われれば、この人は狙撃手じゃないんだろうって……」


「それはあんたの考え過ぎじゃない? それもわざと言ってるのかも……」


 由美子は首を横に振る。


「今まで、戦っても分かるけど、兄さんの部隊は攻撃特化した部隊。そんな部隊なのに動けない狙撃手を置くメリットがないと思う。たぶん、あの人は本来魔術師だと思うの」


「へー、魔術師であれば、月影の姉ーちゃんみたいに移動しながら攻撃できる。そうなりゃ八雲さんの特徴を活かした攻撃的な部隊になるわけか」


 大地は興味を持つ。


「それよりは、良子さんの、って言ったほうがいいかも」


「どういうことだよ? なんであのボスが出てくるんだ」


 由美子は作戦ボードにコマを並べる。


 コマは相対するように横一列に三つずつ並んでいた。


 由美子は自分に近いコマの端を持ち上げた。


「これを兄さんの部隊とする。兄さんたちは相対するコマを超高火力で殲滅し、このコマを突破する」


 由美子が持ち上げたコマは、相対するコマを退けて、残った敵のコマより少し前に出た。


「この後、兄さんたちは敵の背後もしくは側面を取ることになる」


 再度、コマを持ち上げて、敵のコマの後ろに置いた。


「通常、陣形は側面と背後に弱い。それを味方と挟撃する形で倒すことができる」


「きょうげき? 挟んだら強いのか?」


「馬鹿ね。アンタだって囲まれたら勝てないでしょう!」


「お、おれは勝てるぜ!」


「そのバカはほっといて、兄さんたちが端の部隊を倒すためには多少なりとも時間がかかる。そのときに残りの二部隊がやられてしまっては意味がない。だから、防御戦術を得意とした部隊が必要になる」


「なるほど。だからビリー隊は防御が得意なのね……」


 藤が納得していた。


「必然的に足が遅くなる狙撃手では機動戦に追いつけないから彼女は狙撃以外にも他の手段を持ってる可能性が高い。この戦い方は兄さんじゃなくて、良子さんの考え方が色濃く出てる」


 伏見はニヤける。


「紅蓮と漆黒やな……」


 由美子は伏見は嫌そうに見る。


「うるさいわね……。貴方たちで置き換えるなら、佐伯と六道よ!」


「名前負けしとるがな」


 伏見はクタクタと笑う。


 周りは疑問符が浮かんでいたが、忠陽はその意味が分かり、苦笑いする。


「よくわかんねえんだけど、そのグレンとシッカクってのは何なんだ?」


「大地くん、紅蓮と漆黒だよ」


 忠陽は苦笑いした。


「簡単に言うと、主のための最強の矛と最強の盾のことや」


「よく分かんねえな」


 大地は頭を掻いていた


「それで姫、作戦は?」


 伏見はクタクタと笑いながら由美子に尋ねる。


 由美子は一呼吸して、口を開いた。

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