第九話 愛心優香 其の二
忠陽は奥の間に移り、席につくと、静流からハーブティーを渡された。
ハーブティーから香る匂いが忠陽の鼻腔に入り、心を落ち着かせる。
静流も席に座り、水晶を台座に置いた。
周りは結界に包まれ、この場所で話されることは二人だけしか分からない。
静流は忠陽にお茶を勧めた。
忠陽はハーブティーに口をつけ、一口飲むと体全身がポカポカとし始めた。
「奏からは事情は聞いた。絢が内弟子を勧めてきたけど、あんたは迷ってる。その話をする前に、六道のことを話した方がええかな。あんたは神無に会うたことあれば、神宮にも縁が強い。そのあんたなら、話してもええと思うわ」
忠陽は黙って、頭を下げた。
「六道は簡単に言えば、暁一族の分家や。分家は他にも、佐伯がおる。その中で六道は分家として呪術を担う一翼やった」
「佐伯というと、今日来てた佐伯三佐も……」
「せや。佐伯の暴れん坊。子供の頃は血の気が多くて、よくクソババアなんて言われてたわ。佐伯は、六道と違うて、武術を担う家や」
「武術?」
「暁一族は、大昔にその術を武術と呪術に分け、両家で独自に発展させるようにした」
「どうしてですか?」
「自分たちが生き残るためや。一族だけの術の継承はいずれ外の勢力に負けてしまう。かといって、術を外に出せば盗まれる。そのために、一族ではない家に多くの外敵と戦わせ、対策や術の発展を行っていったんや」
忠陽は感心してしまった。
「六道が今の地位、神宮を差し置いて、呪霊災害監視局の長官になれてるのもそのお陰なんや」
静流はハーブティーに口をつけ、また話し始めた。
「六道の役目は三つ。一つは、呪霊災害から人々を守ること。二つは、呪霊災害を受けた人間の更生。三つは新たな術の開発。なんや、エエ事してるように聞こえがええけど、実際は人の飼い殺しと自分たちの既得権益を守ってるだけや。主家が居のうなってから、それがもっと酷うなって、この国の実権を取ろうと躍起になってる。やから、うちはあんたが内弟子になることはオススメせいへん」
忠陽はハーブティーを見た。ハーブティーの香りがやはり心を落ち着かせる。
「六道絢は僕がいずれ鞘夏さんを殺してしまうと言っていました」
「あの餓鬼は……」
静流が生んだ言葉は黒紫に光っているように見え、呪詛を含んでいるようだった。
忠陽はそれを見て、背筋が凍る。
「あら、すまへん。本音が出てしもうたわ」
静流は優しい、穏やかな笑みを浮かべていた。
「あの、月影さんのお母さんは――」
「静流でええよ」
「し、静流さんは、僕らの呪いのことを本当はどう思っているんですか?」
「どう思うって、昨日言ったことと変わらへん。あんたがあの女の子を殺してしまうかは分からへん。でも、その呪いはあんたの願いや。あんたが望んだものはなんやの?」
「僕は……何を望んだか分かりません。それに鞘夏さんとは去年の冬に会ったばかりです……。本来、呪いなんて……」
「あんたが覚えてへんでも、もう一人のあんたは覚えてるかもしれへん。それに向き合うのは辛いことや」
忠陽はハーブティーを飲む。
「六道絢には、もう一つ言われました。今の伏見先生に僕たちのことは分からない。自身に呪いをかけてる伏見先生にはって……。それは……本当ですか?」
静流はため息をつく。
「それはほんまや。京介は自分に呪いをかけてる。でも、それであんた達の呪いが分からないとはならへん。むしろ、絢の方が一生かかってもその意味が分からへんやろうな」
「どうして、先生は自分に呪いを?」
「賀茂くん、それは本人に聞かへんで、うちに聞くのはズルイで。京介はあんたらとしっかり向き合おうとしとる。絢なんかよりもそんな京介を信じてほしい」
「すいません……」
忠陽が暫く俯いていると、静流は口を開いた。
「京介の場合、自分を許すかどうかや」
「許すかどうか?」
忠陽は顔を上げて、静流を見た。
静流は頷く。
「あんたかて、今の心の中には許せないものがあるはずや……」
忠陽は静流から視線をそらし、ハーブティーを見た。
「その感情が膨れ上がれば呪いになる。京介はその対象を自分に向けてしもうたんや」
「なら、どうしてそれを言ってあげないんですか!?」
忠陽は静流を見て、つい感情を発してしまった。しかし、その波も目の前の女性には効かなかった。
静流はハーブティーを見ていた。
「なら、うちの言うことを聞いてくれるか?」
「な、なんですか?」
静流は忠陽の眼を見て言った。
「麻美を……許してほしい……」
忠陽はつばを飲み込んだ。
「あんたは心のなかで自分をこんなふうにした親が許せない。麻美もあんたに許してほしくない……。だから、麻美は自分を恨み、呪い殺すようにあんたに言うた」
「なんで!」
忠陽も思わず立ち上がり、静流を睨みつけた。たが、冷静な静流を見て、我に返り、すぐに席に座る。
「……知ってるん、ですか?」
「うちもそうやから」
静流は優しい笑みを浮かべていた。その笑みが忠陽にとって何よりも悔しかった。
「勝手ですよ!」
忠陽は悔しさのあまり声をまた荒げた。
「僕がこうなってしまったのは僕の責任じゃない! 僕の知らないところで、僕をこんなふうにして、それで…………。僕はこんな風になりたくて生まれたわけじゃない! 僕は、僕は……」
忠陽の目から涙が溢れる。
「僕は、普通に生きたかった……」
静流はハーブティーに手をかけた。
「それはうちら親にとって謝るしかない。そうならないように育てたつもり、自由に生きていけるように色々考えたのにできなかった……」
「謝ってほしいわけじゃない! 僕は、どうにもならないのが辛いんだ!! ……そんな僕を、助けてほしかったんだ」
「それが、母親への、願いや……」
忠陽はハッとなり、静流の意図に気づいた。
母親に言われて、抱いた感情。誰にも言えなかったこの感情、鞘夏に嘘までついて隠した感情を目の前の人間は曝け出させた。
自分を助けてくれない親に対しての呪いは自身の願いだったんだ。
「これが、僕の願いなんですね……。先生は、そんなふうに、自分を、自分で、呪ってるんだ……」
忠陽はその場に崩れる思いだった。
静流は黙ったままだった。
「そんなの……言われても……」
「賀茂くん、うちからのお願いや。京介を、信じてほしい」
忠陽は涙を脱ぐい、頷いた。
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