第九話 演習 五日目 其の四
朝子は屋上まで駆け上がり、フラッグを奪取する。
今までこんなに速く走ったことがなく、体中が酸素を求めていた。苦しいのか、立ったまま腰を降り、地面を見ていた。
頬に汗が滴り落ちるのに気づき、拭うとともに体を起こす。
そして、呼吸が荒いままに屋内に入り、北側の階段をそのまま降りようとしたとき、朝子は不意に手首を捕まれた。
その手を振りほどこうとしたとき、忠陽の声が聞こえた。
「氷見さん、落ち着いて!」
朝子は息を荒げながら、忠陽を見る。忠陽も肩を上下に運動させながら、息切れていた。
「そっちは罠を仕掛けたから、こっちから逃げるよ」
忠陽が朝子の手を引っ張りながら走り出し、西階段へと向かう。
「ちょっと!」
「速く走って!」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
朝子は忠陽の手を振りほどき、立ち止まった。
「何してるの!? 速く!」
朝子は忠陽に掴まれた手首をさすり、顔を背けた。
「普通、いきなり女性の手首掴む?」
忠陽は次第に顔を赤らめさせ、身振り手振りをし始めた。
「まあいいわ……」
下の階から破壊音と振動がした。
忠陽はその音で何が起こったかを理解し、朝子に東階段に向かうように促す。
「氷見さんがそのフラッグを持ってこの建物を出るか、神宮さんにそれを渡せば僕らの勝ちだ。速く!」
朝子は由美子の名前が出てきたことに不満を覚えるが、忠陽の指示に従い、東階段に差し掛かると北階段から粉塵を巻き起こした。
粉塵の中から出てきたのは蔵人だった。蔵人は忠陽を見ると笑みを浮かべ、構えた。
その姿を見て、忠陽はその場に留まった。
朝子は四階に降りると、忠陽が築いた土壁で西と北から邪魔ができないように遮られていた。
そのまま朝子は三階に降りると、二階に降りる階段は土壁で綺麗塞がれていた。
それを見て、朝子は振り返り、北に向かおうとしたとき、黒い飛翔物が飛んできた。
朝子はすぐに鉄鞭を抜き、物体を払う。そこで初めて飛んできたものが苦無だと分かった。
「よう、待ってたぜ」
平助は面倒くさそうに頭を掻いていた。
「賀茂があっちこっちに罠を仕掛けてたが、ここだけは土壁がなかったんだよ。だからさあ、俺が逃げ道を塞いでおいたよ。まあ、どっちせよ、二階か三階で迎え撃つつもりだったけど、二階で飛ばれても困るからさ」
朝子は奥歯を噛みしめる。そして、ゆっくりと後退る。
「おっと、西側への通路は塞いでおいた。下に降りるには東階段にを使うしかない。さあ、どうする?」
平助は口角を上げる。
朝子は鉄鞭を前に突き出し、間合いを図る。その間に念話で今の状況を報告した。
「今、三階の東側階段の側。だけど、服部さんに逃げ道を塞がれた。南から西にも回れないし、下の階にも行けない。突破は試みるけど……」
由美子はその不安そうな声を聞いて三階の東側を見る。吹き抜け構造になっているものの、逃げ道がなければ突破するしかなそうだった。
「賀茂くんは?」
「ごめん、今五階で戦ってる」
由美子は舌唇を噛む。
「めんどくせぇ。そこから飛び降りろ!」
大地の物言いに朝子は声を出して言う。
「そんなのできるわけないじゃない! アンタ、馬鹿なの?」
由美子は大地の提案に頭を打たれた思いをする。
「そうね。宮袋くんの言うとおり飛び降りなさい」
「はあ!? アンタまで何言ってんのよ!」
「賀茂くん、もうそこで足止めをする必要はないわ。氷見さんと合流して」
「ちょっと!」
「合流したら、できるだけ西側階段に続くような道を作ってあげて」
「おい、姫。マジでやんのか?」
大地は隣にいる由美子を真剣に見た。
「氷見さん、あなたがそこから飛び降りて、私が風魔術で受け止める。鞘夏は私と氷見さんを守って。宮袋くん、貴方は突貫しなさい」
その言葉に忠陽と氷見は顔を歪める。
「おい、姫。突貫って何だよ?」
由美子はため息をつく。
「あなたの好きな突撃よ。突撃、好きでしょ?」
「いいのか?」
「タイミングは私が言うから」
今すぐにでも動きそうな大地の体を由美子は引き止めた。
大地はムスッと膨れた。
「どうするの? 氷見さん……」
朝子は返事をしない。
由美子はため息をつく。
「賀茂くん、代わりにできる?」
忠陽は移動しながらも、その問に戸惑う。
「私は貴方に信じてとしか言えない」
「……分かったよ」
忠陽がそう告げると、由美子の服を鞘夏が引っ張る。
由美子が振り向くと、鞘夏の顔を横に振る。
「なにも、飛び降りる必要はあるのか? 服部さんをボンとお嬢、二人で戦えば隙をつけるんじゃねぇ?」
大地は余所余所しく言う。
「確かにそうかもしれない。でも、相手は逃げ道を塞いでわざと正面突破に誘い込んでいる。なにか罠を仕掛けてるだろうし、氷見さんが一人で突破できる確率は低い。賀茂君が合流しても、蔵人さんも合流するからた突破できる確率はもっと低くなる。確かに、飛び降りるなんて、馬鹿げてる……。でも、それが今の私達ができることだと私は思っている」
一同が黙る中、忠陽は口を開く。
「やろう。やろうよ!」
それぞれが顔を上げる。
「先生は神宮さんに失敗をしろって言ってた。僕らも一緒だよ。まずは挑戦しようよ!」
「ボンがそう言うなら、腹を括るしかないな」
大地は笑みを浮かべる。
鞘夏は由美子の服から手を離した。
「ボン、お前が安全に着地できるように暴れてやるぜ! 楽しみにしてろよ」
「それは大地くんがそうしたいだけじゃない?」
うっせぇと大地は返し、笑いが起きる。
「ちょっと、待ってよ……」
朝子が不服そうに言う。
「私が行く……」
か細い声が聞いている人間を静寂にする。
「わ、私が行くの!」
大地は堪らず笑ってしまった。
「なんで笑うのよ!」
「ウチの女子共は気が強いうえに、素直じゃねぇなって思ってよ」
由美子と朝子は口を揃えて疑問を呈す。
声が重なったとき、二人は黙った。
「なあ、ボン?」
「僕に振らないでよ……」
「とにかく、私がやるわ!」
朝子が念話で言い切ったときに平助に対して、石礫が飛ぶ。
平助は身軽に後方回転をしながら攻撃を避け、ワザと罠を発動させ、地面が飛びし壁を作り、石礫の攻撃を防御した。
それで、朝子は忠陽がここへ辿り着いたことを知る。
「氷見さん!」
忠陽は階段から降りてきて、朝子を南側へと誘導する。
「おいおい、そっちの道は塞いだって言っただろ?」
平助も階段を降りてきた蔵人と合流し、忠陽たちをおいつめようとする。
そんな中、忠陽は冷静に東側への道を作り出す。
朝子は迷わず、その道がに飛び乗り走り出す。
「マジかよ、オイ! 隊長!」
平助の声でビリーは頭上に土塊の道ができるの気づく。
「オイオイ!」
ビリーは頭上の土塊に銃撃を開始する。
その隙を狙って、大地は炎をありったけ出しながら突進してきた。
「後のことなんざ考えなくていい。暴れてやるぜ!」
大地のビリーへの攻撃はアリスによって防がれたが、大地は手を止めなかった。大地は次々に炎を次々と出し、アリスに攻撃をさせないようにした。
ビリーは土塊の道に攻撃するが、訓練弾のせい貫通させるこてができず、破壊することができない。
「アリス、変われ! そっちは俺が受ける!」
ビリーはアリスの前に立ち、大地の炎の攻撃を受け、呪防壁を発動させた。
大地の炎の攻撃はすべて呪防壁で防がれ、大地は一旦攻撃を止めた。
その間にアリスは光弾を放ち、土塊の道を破壊し始めた。
朝子は崩れ行く足元をの中、下を見ると由美子と鞘夏が見えた。
由美子は頬を緩ませ、叫ぶ。
「飛び降りなさい!」
朝子は崩れ落ちる土塊を足をつけ、勢い良く飛び跳ねる。
アリスはその光景を見て、攻撃の手を止めた。朝子の軌道を見て、ダメと呟き、手差し出し、魔力を練る。
その瞬間よそ風が渦巻きはじめた。次第につむじ風のようになり朝子の周りを取り巻き始めた。
アリスは仕舞ったと内心で叫ぶ。
風は勢いを増し、朝子を包み、三階から二階へ落下する速度を緩やかにした。
アリスは光弾を作り出し、攻撃をするタイミングを図る。
「させねぇよ!」
大地はアリスの背後に移動して、炎弾を放つ。
ビリーは呪防壁が解けるとその炎弾を双銃で弾き返す。
「マジかよ!」
「アリス!」
「ハイッ!」
アリスは朝子な二階に達したときに散弾のように光弾を放つ。
「鞘夏!」
その光弾は風の衣を纏う朝子に当たる前に鞘夏の防壁によって弾かれた。
朝子は由美子の風の操作でそのまま一階に降り立つ。
その朝子に由美子は得意げな顔をした。
「ほら、上手くいったじゃない」
朝子はその顔を見て、舌打ちをした。
「私だからよ。あのヘタレじゃあできないわ」
「素直じゃないこと……」
「あんたもね……」
光弾の散弾が降り注ぐが二人の前に再び鞘夏の防壁が展開される。
「まだ終わりではありません」
鞘夏の言葉に前を向くと、上から物凄い勢いで飛び降り、地面に振動が伝わる。
着地した蔵人が顔を上げると、由美子たちを見て、すぐに攻撃態勢に移った。
「なによ、あの男! サイボーグなの!?」
朝子は蔵人を見て、狼狽した。
「何してるの! ここは私達で足止めするから速く外に出なさいよ!」
由美子も急なことに冷静をかいた状態だった。
「わ、わかってるわよ!」
朝子は出口へと走り出す。
それを阻止しようと蔵人は踏み込み、地面を蹴る。
その速度は一瞬に朝子との間を詰めるが、由美子が間に入り、蔵人の拳を受ける前に呪防壁が発動し、朝子ごと出口へと押し出す。
「あっ!」
蔵人は自分の攻撃の仕方が間違ったことに気づいた。
「速く走りなさいよ!」
「わ、分かってるわよ!」
朝子はそそくさと立ち上がり、出口へと走り出した。
その後、由美子が再び蔵人を足止めしてる間に終了のブザーが鳴り響いた。
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