第九話 旦那と情報屋
奏はカウンターから先に出された飲み物をとり、八雲の目の前と配膳する。
それを見た忠陽は呟く。
「りんごジュース?」
「なんだ、悪いか?」
八雲は奏からストローを受け取り、グラスにさす。
「いや、そんなこと……」
忠陽はただ似合わなくてビックリしただけだった。
「コイツ、胃が悪いのよ。昔はコーヒーを飲んでたんだけど、今は胃が荒れるからりんごジュースにしてるの」
奏の説明に由美子がため息をつく。
呼び鈴が鳴り、奏が「いらっ」と言ったところで空気が固まった。そして、冷え切った状態にもなってしまった。
入ってきたのは、軍服姿の葛城良子だった。
良子は周りを見回したが、何も言わずに迷いなくカウンター席の入り口に近い端の席に座った。その距離は藤から四つ離れた場所だった。
静流は何も言わず、ショートグラスにミルクを入れて、カウンターに置き、すっと滑らせて良子の前に配膳した。
良子は視線を下げてミルクを見る。すると、良子は静流を睨みつけ、席から立ち上がり、銃をとりだす。
銃口は静流に向けられていた。
静流は気にすることなく、コーヒーを入れていた。
その涼し気な顔に忠陽は最初に感じた清流のような雰囲気とは違うものを感じた。
「何だ、このミルクは?」
「見てわからへん? ただのミルクやない」
この店の中で殆どの人間が息を呑むように見ている中、伏見と八雲だけは気にしていなかった。
「貴様……」
「そう怒ってると胃が荒れるさかい、ミルクで胃に粘膜を作ってもらう為やないの」
「そんなものは必要ない。いつものを出せ」
「はいはい。冗談も分からんなんて、おもろないな……」
良子は銃をしまい、不機嫌そうに席につく。
奏はそそっとカウンターからミルクを引き払った。
八雲と伏見以外はため息をついた。
静流はカウンターに極めて冷静にコーヒーを並べ始めた。それを奏が配膳のお盆に乗せて、まずは女子メンバーに出し、その後に忠陽たちに配った。ケーキも同じように出したが、その間会話がなく、どこかのお通夜よりも重たい雰囲気が流れていた。
伏見と藤に配膳が終わった後に、入り口の呼び鈴が鳴らないくらい勢い良く入り口の扉が開いた。
「ただいま! 帰ったよ、ハニー!」
一瞬にして、今までの重たい雰囲気が吹き飛んだ。
入ってきたのは丸メガネで、綺麗に整えられた短い顎髭を生やし、黒の髪が年のせいで灰色と白髪混じりの色白オジサンだった。
藤はその男が入ってきたとき隣にいる伏見からどんよりとしたものを感じた。
男は店に入るなり、荷物を捨てて、静流のもとへ早歩きし、抱きつこうとする。
「恥ずかしい。あっちにいってえな」
静流は抱きつこうとする男を叩いて、素っ気無くあしらった。
「なに言ってるんだい。こんなのはいつものことじゃないか!」
男は愛の接吻を求めており、静流は自分に抱きつく男を引き剥がす。
女子メンバーと藤はそれを恥ずかしそうに見ていた。
「よう、周りを見い!」
男は静流に客席に顔を固定させられると、いつもの様子とは違うことに気づく。
「そろそろ、離れてもらえませんかね。子どもたちの教育にも悪いで」
男は伏見の声に気づき、コーヒーを飲んでいる伏見を見た。
「なんだ、京介君じゃないか! 久しぶりだね。今日はどうしたんだい?」
静流は男を引き剥がして、着崩れしたエプロンを整えた。
「京介が教えている子どもたちや。四日前からこっちに来て、合宿してるって、昨日話したやろ」
「そうだった、そうだった。いやー、子どもたちには刺激的だったかな?」
「ええ。やからどっか行っといて貰えんですか?」
「なに言ってるんだい、京介君。俺と静流はいつも一緒だって知ってるだろう? あっ、でも、離れれば離れるだけで愛は強まるというからね、一度そうしてみるのもいいね!」
「ほんなら、手伝いますよ。地獄の門でも開けときましょか?」
「いや、それは止しておくよ。静流と永遠に別れてしまう……いや、待てよ。俺と静流の愛は次元を超える。別れることはないのさ、むしろ、静流が俺を助けに来てくれるよ。うん! 京介君、頼むよ!」
男は静流に頭を叩かれる。
「そんな面倒なことせんていな」
そうだねと男は大声で笑っていた。
藤は隣から男への殺意らしいもの感じていた。
「誰っすか? あの人……」
大地は八雲に聞いた。
「あん? あれ? あれは奏の親父さんだ。まあ、静流さんの旦那さん」
それを聞いた生徒たちは驚愕していた。
八雲は声が静まったときにちょうどりんごジュースを飲み終えた。
大地は奏と男を指を指しながら交互に見る。
奏はヤグされた顔をした。
「おい、おっさん。お熱い中申し訳ないんだが、自己紹介してくんねぇ?」
八雲はストローを加えながら言った。
「おっさんとはなんだ! おっさんとは!」
「ええ年して、それやったらなんやの?」
静流の冷たい問に対して、男は鼻を鳴らす。
「そりゃ、静流の旦那? ……いや、夫? いやいや、それじゃかっこ悪い。静流の愛すべき旦那、いや――」
「そんなんどうでもいいからさあ――」
「良くはないだろ!? 愛を入っていないと違うだろう! そうだ、奏も居るし、愛の結晶も入れないといけない。ゆんもいる。そうすると――」
「そうじゃねえよ、おっさん! お前の名前を教えろよ!」
「何だ、今考えてるんじゃないか!」
「ササッとしてくれない? それ以上変なことを言うと、私、もう、お父さんと口聞かないし、親だとも思わない」
奏の言葉は光の矢となって男の体を貫く。男は自然と崩れ落ち、泣き始めた。
「奏……」
八雲は苦い顔をする。
「なによ! あんな恥ずかしい人を父親だって言えって言うの!?」
奏の叫びに朝子も、鞘夏も、そして由美子すら頷く。
入り口の呼び鈴が鳴った。
そこには長い黒髪に長方形型のメガネを掛けた女性が入ってきた。格好はジーパンに半袖の白いシャツであり、リュックを背負ってカメラを下げていた。
「こんちわーっす! お久しぶりぶりでーす」
女は敬礼をしながら、挨拶した。
「あら、いらっしゃい。今日帰ってきたん?」
「はい! 今回は中華に行ってきましたよ! いやー、中華六千年の歴史は凄い! あと、人、多すぎ濃すぎ」
「そんなところおらんで中に入り、カウンターが空いてるさかい」
「はい!」
女は店の中でも一歩踏み出そうとした瞬間に周りの状況を見て、一言。
「まさにカオスの匂いがする!」
女はウヒヒと笑っていた。
「お〜、久しぶり、栞。今回は何ヶ月だったんだ?」
八雲は女に声をかけた。
「うーん、二ヶ月? 何だか、体の臭いが変になりそうだったぜぃ! あっ、良子さん。丁度いいので、これ渡しときます。お支払いはいつもの口座に」
栞は良子に電子媒体を渡した。良子はそれをすぐに内ポケットに入れた。
栞はカウンターの奥でいじけている男を見て、察した。
「おじさん、またやったな? 奏ちゃんに嫌いって言われたんだろう?」
男はウンウンと頷く。
「そこに居たら、おば……静流さんからいつもの如く口聞いてもらえなくなるから家に入りなよ。私が何とかしとくから」
男は頷き、トボトボと家の中へ入っていく。
「ありがとう。お礼になんか奢ったるわ。何がいい?」
栞は目を輝かせて喜んだ。
「えーー、本当ですか!? じゃあ、ジャンボローリングサンダーウルトラスーパー出したら誰も立ってらんないからダウンするしかないぞハイパーブローパフェをお願いします」
忠陽と大地はメニュー表を見て、そんな名前の品物ないことを確認して、八雲を見た。
八雲は呆れたように首を振るだけだった。
「はいはい、パフェね」
静流は笑みを浮かべる。その後、先に良子にコーヒーを出して作り始めた。
「さてと。八雲くん、どのへんまで話をしてるんだね?」
栞は忠陽たちの方を向いた。
「おっさんの自己紹介で止まってる」
「なるほど、今回はそこまでしか進んでないのか。おじさんのイベントはいつも自己紹介の後か、前かで悩むんだよね」
「もうええがな。それよりも自分の自己紹介をしておき」
「なんだなんだ? もしかして、おじさんは辰巳さんの仕業か? 静流さんがおじさん一筋で向いてくれないからって、意地悪するのは、もう、よしこちゃん。あっ、おじさんみたいなダンディな人と辰巳さんのみたいなワケアリヤクザの男が組んずほぐれずするっていうのは……ウヒィーー!!」
由美子はその話を聞いて寒気がした。
「あ、でも、でも! そこで八雲登場! 新一郎は俺のものだ! ……アヒヒ。そこへ、忠陽が伏見先生、僕を捨てたんですか? だけど、そこに生き別れの兄弟、宮袋大地が登場! 忠陽……俺はお前のことが……ウヒャ、ウヒャヒャヒャ、アッ! イッタ!」
静流は栞の頭をお盆で叩いていた。
「つまらん妄想は止し。子どもたちの教育上悪いわ」
栞は頭を摩りながら「はーい」と返事した。
「えっと、まずは私からかな。私の名前は直江栞、フリー記者をしてます。それで、さっきのおじさんは月影新一郎さん。大学で考古学の教授をやっていて、大和皇国の古史についての第一人者なんだ。特に、皇家、神宮家、あかつ――」
「栞」
良子の声に栞は苦笑いしていた。
由美子は以外は何を首を傾げたが、忠陽には何を言いたいのか少しだけ分かった。
「そう、おじさんはね。街道を歩いてっていう本が有名でね。あんな風なおじさんが本当に書いたのかと思うぐらいいい作品なんだよ」
「いや、なんだかよく分かんねえけど、それよりもあんた、なんで俺達の名前知ってんだ?」
「そりゃ、私がフリー記者だからだよ、ワトソン君」
「いや、俺の名前は大地だって、さっき言ってじゃあねえか」
「そういうことじゃあないわよ、バーカ」
「あれあれ、朝子ちゃんは元ネタが分かるみたいね。好きなの、推理小説?」
朝子は自分名前を言い当てられ、戸惑う。
「そうじゃないよね? おじさんが好きなんだよね?」
朝子は立ち上がり、栞を睨みつける。
それを見た八雲は栞を呼び止める。
「ごめん、ごめん。私の悪い癖……」
藤は朝子を座るように手振りしていた。
由美子がコーヒーを一口飲んで、カップを皿に乗せる音がした。
「あなた、一体何者なの? フリー記者が初対面で名前知ってるっておかしいでしょう。それに私達の事情も、知ってるみたいだし」
栞は頭を掻いた。
「あははは。なんでもは知らないよ。知りたいとは思ってるけど……」
「兄さん」
「なんだよ。ただのフリー記者兼情報屋だよ」
「情報屋は余計だよ。なんかかっこ悪い」
「ただの、じゃないでしょ?」
「そうだね、八雲くんと親密なって言ったらいいのかな?」
由美子はまた増えたと苦々しく言う。
「なんだよ、その増えたって……」
「別に」
「なに怒ってんだよ」
その兄弟のやり取りを見て、栞は興奮し始めた。
「いいね、いいね! そのツンデレ! 妹属性といい、一人っ子の私には最高だよ」
栞は口から涎が出ており、それをジュルリと啜る。
由美子は栞に恐怖を感じ、とっさに鞘夏に抱きつく。
栞は立ち上がり、手の指をワシワシと開いては閉じて、由美子に近付こうとした。
「奏ちゃんもそうだけど、どうして妹はこう可愛いのかね。さすが妹! 私達にない魅力を平然とみせてくれる。そこに萌えるぜ! ブヒられるゥゥゥ!」
栞の目は光っていた。ブヒーと声を上げながら、由美子の前に立ち、抱きつこうとする。
「兄さん、兄さぁーーん!!」
恐怖のあまり由美子は周りも気にせず叫んでいた。
「はい、それ以上はお触り禁止」
「ウゲッ」
八雲は栞の首根っこを掴む。すると、栞は二頭身になった。
八雲は栞から由美子から遠ざけ、席に座らせると元の身長に戻った。
「はぁ〜ん。いもうと〜〜」
「ったく、その変人になるの止めろよな」
「ち、ち、ちぃー。これだけはやめられないぜ」
栞は八雲に指を振りながら言い放つ。
八雲は呆れていた。
「はい、パフェ」
静流がパフェをカウンターに配膳する。その大きさはなにかのタワーかと思うぐらいの大きさが出てきた。
栞は喜びながら頭から食べていく。一口食べる度に顔が綻び、蕩けた顔になる。
「やっぱり、これだよ。あっ、そうだ。辰巳さん、取材させてよ!」
突然、栞は伏見に言う。
「取材って、何を?」
「りぃふふぇん。べるんぶぇほ?」
「食べてから話せ」
栞はパフェを一気にかき込む。食べ終わった後に、頭に来たのか、頭をトントンと叩いた。
忠陽たちはあのタワーのパフェがすぐに無くなったことに驚いた。
「リーグ戦、出るんでしょ? この子らで」
「ほなら、見に来ればええ。一般にも公開するさかい」
「そうじゃないよ。この子らの取材をさせてよ。優勝、狙ってるんでしょ?」
伏見は諦めが速かった。
「ええけど、取材は軍に許可をえんと……」
「やった!」
「伏見先生」
藤は反対の意志を示していた。
「藤くん、あの圧力に勝てるか?」
伏見は栞を指差す。
栞は由美子に迫ったように良子に迫っていた。
「良子さん、お願いしますよ。軍事機密は書きませんから、あの子たちの取材をさせてください。いいですよね? ねえ?」
良子が体を仰け反るように引いていた。
「良子さーん」
「わ、分かった。分かったからそれ以上は近づくな」
「やったー!」
藤はその圧力には流石に勝てないと悟った。
栞は急速反転をし、伏見を見る。
「これで、取材オッケーだよね? だよねー? 辰巳さん、あの子らの取材していい? いいよね?」
「ほなら、この藤くんに許可をえなさい」
伏見は悪い笑みを浮かべて、すぐに答えた。
「えーーッ!!」
藤は話を振られて、身の危険を感じた。
栞がゆっくりと手をワシワシしながら、藤へと近づく。
藤は圧力妖怪・シオリーヌの見て、恐怖のあまり悲鳴を上げながら伏見に抱きつく。
「京介! 助けてよ!」
伏見は笑みを浮かべていた。
「京介!」
「そんな怖がらんと、許可さえ出せばええやん」
「許可します!許可しますから!」
生徒たちは伏見の悪巧みに呆れていた。
「栞、奥の席を使い。これ――」
静流はそう言うと、栞に丸い水晶玉を渡す。
「ありがとうございます、静流さん。さあ、学生諸君! 私に取材をさせるのだぁーー!」
忠陽たちは渋々立ち上がり、栞に促されるように、店の奥にある個室へ向かった。
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