第九話 彼杵の裏街
彼杵市は人口百万人ぐらいの一都市である。
大和皇国で人口が多いのは、東の都市、武陽で千七百万人。
ここは昔に右近衛大将と呼ばれる職に就く者が夷敵を排除するために府を置いた場所だ。政治は一時期、右近衛大将が取り仕切っていたため、大和皇国の経済中心地となっていた。それが今でも残っており、経済の中心である武陽は一番人口が多い。
彼杵の都市区画は港湾・工業区、商業経済区、住居区とはっきりと別れている。これは一条財閥が都市開発をする上で、その区画ごとに目的を分けて、住宅地にある工場の騒音問題や商業地でのトラブルをなくし、住みやすい都市にするのが目的だった。
港湾・工業区画では排ガスや廃棄物の制限は厳しく、環境にも優しい年としても有名であり、その都市の作り方を研究する者が訪れるという。
商業区は海側よりは陸地に入り、娯楽施設や商業施設が多く存在する。一条財閥はここに住居区から遠く離れた場所、どちらかというと港湾に近い場所に賭場を作っていた。その賭場を観光産業の目玉として、打ち出し、多くの観光客が日々この都市に訪れる。
中には荒くれ者たちが訪れるが、一条財閥が有する警備会社やこの地に根付いたマフィア、自衛軍によって治安が保たれており、事件が起こることは少ない。
商業地区の中心、浜町と呼ばれる場所へ到着すると、伏見は時計を見た。
「ほなら、三時にここへまた集合や」
全員頷き、思い思いの行動を取る。
伏見は近くの百貨店に入っていき、藤はその後を追う。
由美子、朝子、鞘夏は一纏りになり、デパートの方向へ向かっていく。
「お前らはどうするんだ?」
八雲は忠陽と大地に聞いた。
「俺らはその辺をちょっとブラブラしてみます」
大地はよそよそしく八雲に答える。
「そうか。おれはゆみたちを見てるよ」
大地は忠陽と肩組をして、歩きだそうとした瞬間、八雲に止められた。
「おい、お前ら。変な気を起こすなよ。この浜町は表街だけど、白浜町とかには行くな。あそこは裏街でマフィアの巣窟だ。お前らみたいなガキが言っていい場所じゃない。分かったか?」
「八雲さん、何言ってんすか……。行くわけ無いでしょ? 白浜町っすね、気をつけます! なあ、ボン?」
大地は焦りながら言った。
「は、はい! そんなところには行きませんよ」
八雲は疑いの目をしていたが、それ以上追求せずに由美子の後を追って、走った。
大地はため息を吐く。
「大地くん、本当に行かないよね?」
「何言ってんだ! そんなところに行くわけねえだろう?」
大地の満面の笑みを忠陽は信じられなかった。
「本当?」
「いや、たしかに雑誌でやべえところだっていうのは事前に調べたぜ。俺だって少しは学習してるし、行こうと思ってないって。それよりよ、ここに行きたいんだよ。このジャンパーを買いたいんだ!」
大地は携帯に映るジャンパーの画像を忠陽に見せた。
そのジャンパーの派手さは凄いもので、虎と龍が円を書くように睨み合っている。色は赤いのエナメル質のように光っている。
忠陽はそれを見ただけで胃が持たれていた。
「分かったよ。でも、これどこで売ってるの?」
「確か……」
大地は携帯を操作して、住所を探した。その住所を見た途端、固まった。
「どうしたの? 大地くん」
ゆっくりと大地は顔を上げる。その顔は青ざめていた。
「し、し、白浜……町……」
忠陽も一瞬止まってしまった。
大地は笑いはじめ、頭を掻いた。
「ま、まあ、大丈夫だろう。…………大丈夫だよな?」
二人はその場で固まってしまった。
結局のところ二人はそのジャンパーを売っている店に行くことにした。表街である浜町からすぐ裏手にある白浜町。昼の一時というのに、人だかりはすくなく、薄暗いなにかねっとりするものを忠陽達は感じた。
「ボ、ボン。こういうときは堂々してれば、目をつけられねえよ」
「そ、そうだね……」
店は携帯の地図の案内ですぐに見つけられた。
店構えは山荘のようなロッジであり、周りのビル群からするとかなり浮いていた。
二人は中に入ると、思ったよりも照明は明るく、周りの鬱蒼とした気分を晴らしてくれるものだった。
大地はお目当てのジャンパーを見つけると感動していた。購入するとすぐにそのジャンパーを着て、店に出た。
「どうだ、ボン! カッコイイだろう!」
忠陽は苦笑いしていた。
「なんだよ、お前にはこの良さがわかんねえのか?」
「僕にはそういうのは似合わないからね」
大地は忠陽に飛びかかり、じゃれ合っていると、通行人の誰かにぶつかった。
「あ、わりい」
大地の軽口にぶつかった男は野太い音で喉を鳴らす。
忠陽はその人物を見て、鳥肌がたった。
男の姿はサングラスを掛けており、顔には傷があった。体格も大地より一回り大きく、大きな壁のように見える。ヒョウ柄のシャツを着て、胸元は明けており、黒いジャケットを羽織っていた。
「てめえら、人にぶつかって、その謝り方ってのはどういうことだ? 躾がなってないようだな」
大地にそういう言い方をしたら、逆効果だと忠陽は思った。
「はしゃぎ過ぎたのは悪かったよ。だけど、謝り方一つで目くじら立てんなよ」
「ああ? てめえ、俺らを舐めてんのか? 俺等は梁山泊だぞ!」
大地は気だるそうに耳の穴に指をツッコミ、指を出すと指先に息を吹きかける。
「リョウダンパクだか、りょうさんだくだかよく分からないけどよ、テメエらそんなに偉いのかよ?」
「貴様!」
男は大地に殴りかかる。大地はその前に自分の周りに炎を発生させた。それを見て、男はひるみ、殴るのを止めた。
「なんだよ、火遊びしかしてねえのにビビってんのか? ここも大したことはねえなあ」
男は悔しそうな顔をして、大地を睨みつけた。
「なんだお前ら、なんでこんなところで喧嘩してんだ?」
しゃがれた声が男に声をかける。
「張のダンナ!」
体型は小太りで顎髭を蓄えた男が現れた。張の顔を丸く、大和皇国の顔ではない。同じ東洋の人間ではあるが、中華出身であろう。体格はさっきの男より大きく、丸めた手の大きさが岩にも見える。
張は大地たちを見て、不敵に笑う。
「おい、お前ら。ここが誰の縄張りか分かってて、喧嘩してるのか?」
「知らねえよ……」
大地は警戒をしながら答えた。
「威勢のいいガキだ。嫌いじゃあね」
「ちょ、張さん。アイツは俺たちを舐めてやがるんですよ」
張はその大きな手で男を張り倒した。男は地面に叩きつけられ、気絶した。
「だまりやがれ。この面汚しが」
その一撃を見て、二人は構えてしまった。
大地の中では逃げろと叫び続けている。
「俺はテメエみたいな狐の威を借る奴は嫌いだ。だがよ、売られた喧嘩は買うタチでよ。梁山泊に喧嘩を売ったことは見逃せねえな」
大地は歯を食いしばる。
「おい、ボン……」
その言葉だけで忠陽は理解した。次の瞬間、逃げようとしたときその進行方向に先回りした張が居た。
「誰が逃げていいって言った」
獣が歯を見せるように笑いながら、岩のような拳を張は振り上げていた。
「おっと動くな、クソデブ」
その言葉で全員が動きを止めた。
「なんだ、アバズレか?」
張の後ろに銃を抜いた樹が立っていた。
「悪いな。テメエの相手は夜にしてやるよ。ヒンヒン言わしてやるか、今は帰んな」
「テメエみたいな豚みたいな細いそれであたしが喘ぐとでも思ってんのか? その前に去勢しやがれ、クソデブ!」
「テメエ……」
大地達は張の怒り狂う顔を見て、ゾクリとする。
「そいつらに手を出してみろ。第八連隊総出で、今日はこの辺り一帯のお掃除だ。テメエみたいなヘドロを撒き散らす糞豚はまず殺処分だ」
「ふざけんな。喧嘩を売ったのはコイツらが先だ」
「やれるもんならやってみろ。姐さんのお気に入りを半殺しにして、テメエらこの島に居られると思うなよ」
「どっちだ?」
「そっちの気弱そうなやつだよ」
「喧嘩を売ったのは威勢の良いやつだ。そっちはやっても構わないな」
大地は唾を飲み込む。
「そっちは八雲のお気に入りだ」
張は舌打ちをする。大地を睨みつけながら、その場を去っていった。
忠陽達は呼吸を忘れていたのか、息を大きく吐き出し、それから浅い呼吸をし始めた。
樹は二人の頭を小突いた。
「なああにやってんだよ。喧嘩を売るなら相手を見ろ!」
「スイマセン……」
大地は素直に謝っていた。
「ったく、あたしがたまたま通りかかったから良いものの、でなけりゃ、あんたらペッシャンコだったぜ」
「あ、あ、アイツ何者なんすか?」
「この島にいる中華系マフィア、梁山泊の張沖。梁山泊の武闘派の中では五本の指には入るやつだよ」
「マフィア? そんなものとは違うぜ……」
港湾事件で感じたとき、中山に感じたものとは全然違っていた。
その後、樹が八雲と連絡を取り、すっ飛んできた八雲に大地は殴られて、連れて行かれた。
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