第九話 演習 四日目 其の三
演習の四戦目が開始して半分が過ぎた。
三戦目とは違い、学生連中が攻めてこない。ましてや気配すら感じない。廃屋が並んだこの演習場で鳥すら動かなかった。
その異変に平助は眉をひそめ、チーム全員向けて話しかける。
「隊長、攻めてこないっすね……」
ビリーはスコープ越しに辺りを見回すも、誰も発見できない。
「平助、どう思う?」
「たぶん、攻めてこないっすね」
「お前もそう思うか……。負けはしないが勝てもしない。まあ、学生連中にしてはお利口な選択だが、経験値が入らないぜ」
「いや、いいんじゃないんですか? あれだけバカスカ攻めてたんですから。八雲隊長の妹さん、外見はお淑やかに見えて、意外に攻撃的性格で、兄弟なんだなと思いましたよ……」
「バカヤロウ。そこが可愛いんじゃないか。なんとか勝たなきゃって必死なのさ」
「隊長にかかれば、どの女でもキャワイイネじゃないんっすか?」
蔵人とアリスも平助の言葉に笑った。
「おい、今笑ったやつは演習が終わった後に罰ゲームだからな。一人一名、キャワイィィ女の子を紹介しろ」
「隊長、スベってますよ」
蔵人がらしかぬ言葉を口にする。
「あー、蔵人言ったな! お前は二人だ。用意しておけ!」
ビリーは深呼吸をする。
「さて、どうするかね……。俺たちの部隊は守るのは得意だが、攻めるのはね……。かといって、このままにしておくと姐さんから何を言われるか……」
ビリーは大きなため息をはく。
「アリスが適当に砲撃するってのはダメなんっすか?」
ビリーは考える。
「砲撃はこちらの位置情報を与えることになる。囮として、アリスを一人砲撃役として残しておいて、俺等が散開すると各個撃破される可能性はあるかな……」
「僕も、彼らが五人で掛かってきたら流石に勝てないよ」
蔵人の言葉は乾いていた。
「あいつらの位置情報さえ掴めればいいが、今から探すとなると結構掛かるな。アリス、どのぐらいだ?」
「二十分はほしいです」
「その間、アリスは無防備になるし、メリットはなさそうだな」
ビリーは考える。このチームにとって次に繋がることを。その中で見えているのはこのチームは防戦では連隊内でも一番いいのではないかと考えている。だが、戦術上、防勢に回ると、時と場所は選べない。一方で攻勢ではまだまだ練度が足りない。
ビリーはまた深い呼吸をする。
「いいか、お前ら、ここから攻勢に出るぞ」
「どうしたんですか、隊長? いつも八雲隊との演習じゃあ、攻勢に出ることはしないでしょう」
平助はビリーに問い詰める。
「八雲隊とアイツらを一緒にするな。学生相手に防勢一方って言うのはどうなんだ?」
「そうですけど、攻めるのってなんか面倒くさいですよね」
「面倒くさい、言うな。フォーメーションは平助がトップ、その次にアリスと蔵人。二人は側面の警戒。俺が一番うしろだ。集合地点はγ地点。平助、頼りにしてるぞ」
平助はため息をつく。
「一番前が自分っすか?」
「お前っすよ、平助さん。罠に鼻が効くのはお前だろう? 頼りにしているぜ」
ビリー隊はγ地点で集合し、隊列を組むと廃屋をゆっくりと進む。
廃屋は風によって物音を立てる。
その靡く声と生暖かい海風が平助は気持ち悪さを感じる。今にも敵前逃亡をしたいが、ここで逃げたら隊長のビリーと一緒に合コンに言ったときにあらぬことをいわれると思い、我慢した。
そんな平助の目に淡い光の残滓みたいなものが入ってきた
「ちょい待ち」
平助は全体を止めて、光の残滓を辿る。すると、呪符が貼り付けてあることに気づく。
平助は苦無を取り出し、呪符に当てると、辺り一面が土の槍が現れた。
それを見て、ビリーは口笛を吹く。
「賀茂の奴、えげつないな」
「隊長、僕は彼の入隊を推薦します」
蔵人は笑み浮かべていた。
ビリーはそんな蔵人見て、真っ向から反論する。
「男はもういい。女の子が欲しいんだ!」
蔵人はアリスを見ると、アリスは苦笑いしていた。
「アリス、周りに誰かいるか?」
「気配は感じられません。探索範囲を広げますか?」
「いや、これ以上進行を遅らせても良くはない。平助、罠は他にもあるか?」
「いや、この先、罠だらけなんすけど……」
「良い訓練になるな」
平助は肩を落とす。
その肩に蔵人は手を乗せる。
平助はすぐにその肩をどけて、前に進もうとする。
「平助君、頑張ってください」
「ありがとうよ、アリス。身を粉にして頑張るよ……」
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忠陽はビリー隊に仕掛けるかを迷っていた。予想通り、罠はバレていて、どんどん壊しているのが音で分かる。その中でいい作戦なんて思いつかない。八雲は考える時間はあると言ったが、そんな時間があってもどうやって勝てばいいかが思いつかないのだ。
「賀茂君、三番目の罠が壊されたわ。私はひとまずここから退避するわよ」
「うん。ありがとう、神宮さん……」
由美子の連絡を生返事で答えて、忠陽は再び考える。
「賀茂君……」
忠陽は由美子の呼びかけにも気づかないぐらいに自分の世界に入っていた。
「賀茂君!」
由美子の大きな念話が頭に衝撃を与え、今まで考えたことがすべて吹き飛ぶ。
「ど、どうしたの!?」
「いや……」
由美子は言葉を渋る。
「神宮さん、何かあった!?」
「私が言うのは何だけど……私を……私達を頼っても良いんだよ……」
忠陽は呆然としてしまった。
「ちょっと、聞いてる?」
「き、聞いてるよ……」
「貴方にだけ責任を感じてもらうのものおかしいから……」
由美子が一番責任を感じているのだと忠陽は悟った。
本来、自分がこういった作戦を指示し、行動を起こす。それがリーダーの責任だと思っている由美子は忠陽に対して罪悪感を抱き、自分も何とかしようと藻掻いている。
自分だけが苦しんでるじゃないと思うと、忠陽は少しだけ楽になった。
「ありがとう。神宮さん」
「何よ。お礼を言われることじゃないわ……」
「心配してくれて、ありがとう」
忠陽は言い直す。
「べ、別に心配したわけじゃないんだからね! 私は――」
「分かってる。でも、気が楽になれたよ」
由美子は何も言い返してこなかった。
「どうしたの? 神宮さん」
「なんでも無い! それよりも、兄さんの言う通り、ビリー隊の足は遅くなってる。今、何か仕掛けられないかな?」
「ずっと考えてるだけど、思いつかな――」
そこへ大地の念話が割り込んできた。
「おい、ボン! いつまで隠れてるんだよ。もう敵は近くにいるじゃねえか! 早く戦わせろ!」
「待ってよ、大地君。いま出て行っても、敵に倒されるだけだよ」
「そんなのわかんねえだろ? 相手は纏まってんだ。そこに俺の炎を浴びせれば、一網打尽だぜ」
「あんた、馬鹿じゃないの? それこそ飛んで火に入る夏の虫じゃない。それよりも口を閉じなさいよ。居場所がバレるでしょ?」
隣で大地の言葉を聞いて入ってきたのだろう。朝子が念話に入ってきた。
「うっせーな! やってみないと分からねえだろ!」
「ごめん、大地君。僕も氷見さんの意見に同意だよ」
「じゃあ、ずっと隠れてろっていうのか? こんなんじゃ勝てないぜ」
「賀茂君、このうるさいの、行かせたら?」
「なんだと、てめえ!」
「それいいわね。賀茂、私も賛成」
「でも……」
「どのみち、このまま居てもらっても、こいつのせいで敵に見つかるだけよ。だったら、さっさといなくなって貰ったほうがいいんだけど」
「いいぜ。俺が全員を倒したら、てめえら覚えておけよ」
「はいはい。頑張ってきて」
氷見は冷たくあしらう。
「じゃあ、ボン、行ってくるぜ!」
「ちょ、大地君!」
大地は忠陽の制止を聞かずに、走り出した。その顔は頬が緩み、白い歯を見せていた。
大地は接敵するまでに数分とも掛からなかった。
ビリー隊は第四の罠を破壊するところであり、その側面を付く形で大地は突撃する。
今までの鬱憤を晴らすかのように、手に炎を猛々しく燃え上がり、ビリー隊を横薙ぎにする。
ビリーは大地を見つけた瞬間に、アリスが気づいていないことを確認すると大声を出した。
「散開!」
その声で三人は大地の気配に気づき、すぐにその場を離れる。しかし、大地の距離から近いアリスは逃げ遅れてしまい、炎を浴びることになり、呪防壁が動作する。
大地は笑みを浮かべ、追撃を与えようとしたが、ビリーの狙撃銃からの発砲により断念する。
後退しようとした大地をすぐさま平助が苦無で牽制を掛け、逃げ場をなくした。
大地はすぐに顔を歪め、炎を周りに発生させ、目眩ましにしようとしたが、その炎を苦ともせずに蔵人は突撃し、大地の腹部を殴りつけ、吹き飛ばす。
吹き飛ばされた大地は廃屋の壁に叩きつけられ、その場に倒れ込む。
大地はその攻撃を食らって、蔵人が自分に対して加減をしていたことに気づく。
「びっくりしたぜ。アリス、大丈夫か?」
ビリーはアリスの無事を確認した。
大地は立ち上がろうとするも、腹部に強烈な痛みで、思うように立てなかった。
ビリーは大地に近づき、拳銃を取り出す。
「悪いが、今はそこでおねんねしてな」
ビリーはコッキングを起こし、そのまま引き金を引いた。
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