第九話 演習 三日目 その九
大地は立ち上がり、手で顎を拭う。
大地は本格的な呪術戦というものを行ったことがなく、今回が初めてだった。その中で相手の力の差を感じていた。特に、奏やアリスだ。二人の呪術の発生やその多彩さ、そして強さには歴然とした差がある。それを埋めるには奇跡に近い。
もう一方で、忠陽の強さを勘違いしていたのかもしれないと思っていた。普段は大人しく、弱そうに見える忠陽が敵にいると以外に厄介な存在だということに気づいた。攻撃の強さはアリスやビリーよりも劣る。だが、援護では眼の前にある土壁のように死角を塞いでいき、他の人間の次の攻撃を生み出す。
大地は「へっ」と言葉を発した。
今更、何を弱気になっているんだ。ここでオメオメと負けてしまったらそれこそ負け犬になる。
大地の体から炎が漏れ出す。
「おい、お嬢。このまま負けられないよな……」
念話で聞こえてくる大地の言葉に朝子は不機嫌そうに見る。
「当たり前じゃない」
「だったら、あの土壁をすぐに壊せよ。邪魔くせえ」
「うっさい! 私に指示するな!」
そう言いつつも朝子は短鞭を鞭へと変え、すぐに薙ぎ払った。
土壁は横薙ぎに砕かれた。壁がバラバラと飛び散る中、ビリーが顔を覗かせ、朝子に銃弾を放つ。その放ち方はわざと、大地に合流させるように放っていた。
朝子が避けようがなく、大地の元へと走り、合流するとアリスが放った氷の小さい槍が襲う。
大地はその氷の矢を炎で薙ぎ払いかき消す。
その無防備な状態にビリーは朝子から大地に狙いを変え、引き金を引く。
大地は舌打ちをした。
大地は銃弾を喰らうのを覚悟したが、薄紫の板状の防壁が目の前に現れ、銃弾を弾き飛ばした。
ビリーは続けて引き金を引くも、薄紫の防壁は以前と銃弾を防いだ。ビリーは攻撃を止め、相手の様子を伺う。
大地は辺りを見回すと、朝子が驚いた表情で鞘夏を見ていた。
鞘夏は大地たちに手をかざし、呪術を発動していた。
「あんた……」
朝子は言葉を発していたが、頭に鞘夏の言葉が響いた。
「急いでください。あの方の魔術は防ぎきれません」
大地と朝子は我に返り、目の前にいるビリーへと走り出す。
ビリーは引き金を引き、二人に銃弾を浴びせるも、薄紫の板状が現れ、防いでいく。
「まじかよ。アリス!」
アリスは無言で無数の光の球体を生み出し、すぐに解き放つ。
アリスが放った光弾は三人に均等に分かれた。
鞘夏は呪力を解き放ち、大地と朝子の薄紫の防壁を厚くした。自身には防壁を展開することなく、アリスの光弾を受け、呪防壁が展開される。
朝子は足に力を貯め、一気に開放し、瞬時にビリーとの間合いを詰めた。
ビリーは反射的に引き金を引き、薄紫の防壁の表面にヒビを入れる。
朝子は短鞭を振れる間合いに入ったとき、さらなる銃撃で薄紫の防壁は砕けた。それを気にせず、朝子は短鞭でビリーを攻撃する。
ビリーは双銃でその攻撃を受け止める。
朝子はそれを見ると、叫んだ。
「あんたはあの女!」
「うっせぇ!指図すんな!」
大地は迷わず、アリスのもとへと走っていた。
朝子は力を込め、双銃を壊し、ビリーの頭を叩き割ろうとしていた。
「おいおい、力むなよ。綺麗な顔が台無しじゃないか」
朝子はビリーの余裕よりもそう言えば女が喜ぶと思っている態度が気に食わなかった。
「そう言えば女が喜ぶとでも思ってるの? 冗談じゃないわ! ホント、男って、反吐が出る生き物ね!」
朝子の纏う呪力の質が変わっていた。短鞭にも呪力が入り込み、受け止めていた双銃をどんどん押しつぶしていく。
「悪いな。こいつは性分なんでな。カワイイ女の子、綺麗な女がいればそう言いたくなるものさ」
「なに自己正当化してんのよ。あんた達、男は女を欲望の捌け口にしてるだけじゃない!」
さらに呪力は上がる。短鞭から朝子の感情が溢れ出すように、呪力も見えるようになっていた。
双銃にかかる力が大きくなり、ミシミシと悲鳴を上げ始めていた。
「なんだ、これはッ!」
ビリーも足を踏ん張り押し返すも、呪力で底上げされた朝子の膂力に勝ていない。
「潰れ――」
朝子がそう言いかけた瞬間に、側面から大きな石礫が飛来した。石礫によって呪防壁を発動し、呪防壁を作動さながら朝子をその場から押し飛ばした。
朝子は石礫が直撃しなかったが、飛ばされたことによって呪防壁内で頭を強く打ち、意識を失った。
ビリーは力が抜け、その場にしゃがみ込む。
「大丈夫ですか!?」
忠陽はビリーに走りながら近づく。
ビリーは手を上げながら無事なことを知らせる。
「助かったよ、賀茂。おまえに隠形させて正解だった」
「いえ……」
「それにしても、俺を殺すつもりだったな、あの子」
「なんか、怨みみたいなのを感じました」
「怨み? まあ、俺は女を泣かせるのが上手いからな」
「えっ?」
ビリーは飄々と大真面目な態度をしていた。
「いや、俺に言い寄ってくる女性は沢山いる。もしかして、俺は、昔、彼女を泣かせたのかもしれない……」
忠陽は何故そのような分析になるのか理解できず、無言になってしまった。
「おい、賀茂。ここはツッコむところだぞ?」
「えっ、あ、はい。そ、そうですよね」
ビリーは立ち上がり、忠陽は肩を叩く。
「お前はアリスちゃんの所へ行け。俺が鞘夏ちゃんを倒しておくよ」
忠陽は黙って、ビリーを見つめていた。
「なんだよ、気色悪い。俺はそっちの気はないぞ……お前、もしかして……」
「違いますよ!」
忠陽の大声にビリーは耳を塞ぐ。
「冗談じゃねえか。そう怒るなよ。さあ、行け」
忠陽は憮然としながらアリスの元へ走っていった。
ビリーは忠陽の背中を見送り、双銃の動きを確かめる。片方の銃は使えず、その威力を改めて確認した。
「女の愛情や恋心は簡単に恨みや憎しみなるんだよ、賀茂……」
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