第九話 演習 三日目 その七
演習が始まる前の控室、作戦を練るビリー隊は難しい顔をしていた。
「あの、ちょっとよろしいでしょうか」
由美子が手を上げる。
「なんだ、由美子ちゃん」
ビリーにちゃん付けをされ、由美子は嫌悪感を抱いた。
「月影さんの足止めは私がやるのはどうでしょうか?」
「どうやるんだ?」
ビリーは先程の軟派師の顔つきとは違っていた。
「私は相手の魔術や呪術を消すのは可能です。ただ、全部とは言えません。大規模な魔術はすぐに消すことができないのと、呪縛誓約みたいな呪いや身体向上の魔術は消すことはできないですが……」
「へー。魔術師には天敵だな……。どう思う、アリス?」
「実際に見てみないと何とも。魔術を消すのは対象を選べるんですか?」
「それはできません。正確に言うと、マナを元の状態に浄化するというのが正しいので、対象は周囲のマナをすべてになります」
「ってことは、こちらの呪術を消してしまうことになるのか?」
ビリーは顎の剃り残した髭を触っていた。
「はい。私を中心とした半径二十メートルぐらい」
「よし、ならそれで行こう」
由美子は呆気に取られた。
「どうしたんだ? まだ何かあるのか?」
「いえ、簡単に了承してくれたので……」
「なんだよ、それ。俺って、お硬い漢って思われてる?」
「いや……」
由美子は口籠る。
「隊長、逆ッスよ。軟派野郎だから、簡単に受け入れてくれたから困ってるんですよ」
平助は笑いながら言った。
「たしかに。隊長は女性とあれば何でもオッケーしちゃうからね」
蔵人も同意していた。
「おい、男ども。俺は女性には優しいが、貴様らには容赦しない」
ビリーは平助と蔵人に飛びかかる。平助は逃げ、蔵人は捕まる。蔵人の頭に拳をグリグリと当てていた。
「あの……」
由美子の声でビリーは動きを止める。
「私、月影さんに勝てるかどうかわかりません……」
忠陽は由美子の弱気が気になった。
「由美子ちゃん、それを言ったらここにいる全員がそうだよ」
「でも、アリスさんは同格だと思います。あれ程の無属性魔術を使えるのはあまり見たことがありません」
「資質に差があるのは誰でも同じだ。だが、負けるわけにはいかない。俺達は軍人だ。負ければ死につながる。だから、相手勝てるかどうかじゃない。要は負けなければいい。そうすれば生きていられる。生きていられれば、また勝つこともできる。それに、由美子ちゃん、君は一人じゃない。俺達はチームだ。君が奏ちゃんを足止めできれば、アリスちゃんが他を援護しやすくなる。それでもダメだったら、君の責任じゃない。俺の責任だ」
ビリーは由美子に笑ってみせた。
由美子はそのにこやかな笑顔を見て、顔を背けた。
「ふむ。あとひと押しだったな……」
「隊長、最低だな……」
平助は呆れていた。
「まあ、実際、攻撃的な奏ちゃんを抑えるには一人じゃあ、難しい。平助、援護を頼む」
「あいよ。由美子ちゃん、俺に任せな!」
「いえ、一人で十分です」
由美子の素っ気ない態度に一同笑っていた。
「隊長はどうするんですか?」
蔵人はビリーの手をどけながら聞いた。
「俺も前に出る。恐らく、加織はお前と戦うことになる。奏ちゃんは由美子ちゃんと平助。残りは宮袋と朝子ちゃん、鞘夏ちゃん、太郎だ。この中で面倒なのは太郎の射撃だ。俺よりも図体がデカイのにかなりの精密射撃なんだよな、アイツ……」
「桜花きっての問題児同期が勢揃いだね」
「そうですね」
蔵人の言葉にアリスは同意しながら笑う。
「問題児同期?」
忠陽の疑問に蔵人は楽しそう話し始めた。
「そうさ。奏、加織、太郎の三人はずば抜けた能力を持っているから、教官が手を焼いていたのさ。ほら、奏はああいう性格だから教官がグゥーの音もでない状態にするし、加織は教官と戦って病院送りにするし、太郎は無反応でデカイし、腕もいいから教官がビビって何も言えなかったんだよ」
忠陽は作り笑いをした。
「でも、リーグ戦のときの彼らの連携はハマってたな。視察に言ったとき一チームだけ別格だったもんな……」
蔵人は楽しそうに思い出していた。
「太郎の射撃を防ぎつつとなると、太郎の目をこっちに向ける必要がある。あいつはああ見えて、優しい性格だから、学生連中を狙えば邪魔してくるだろう。アリスは狙撃を防いでもらうなら、俺が前衛に出たほうがいい。賀茂は俺の援護だ」
「はい、分かりました」
「俺達はアリスの魔術が使えるように由美子ちゃんから離れて戦う。平助、蔵人は学生連中を倒すまで援護が来ないとおもってくれな」
二人は頷く。
「さあ、負けないようにしようぜ」
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奏が掌を掲げ、小さな炎の槍を生み出し、由美子に解き放つ。
由美子は立ち上がり、弓を生成し、弦の音を鳴り響かせる。
奏は霧散する炎の槍を見ていた。特に驚くこともなく、さも当たり前のようだった。
奏は武器を出さず、拳のみで構えた。
それに応戦するように由美子は弓を消し、構える。
由美子は奏の目を見るも、真っ直ぐに自分を見返している。
お互いが間合いまでジリジリと歩み寄り、間合いに入るとピタッと動きを止める。
周りの戦いの残響が聞こえているが、恐らくはこの二人には聞こえていない。
風が流れると同時に、二人は普通の人では捉えれずにフッと消える。次に見えたとき、お互いの拳はお互いの急所を捉えていた。
二人は顔色を歪めることなく、引き続き攻防が始まる。拮抗した状態であるが、なにか狂気じみた気迫というものが感じられた。
そう見ていたのは平助だった。
「女って……怖ぇー」
鬼気迫るやり取りの中、互いにその状況の中、内心こう思っていた。
『なーんで、急所に入れてるのに倒れないのよー。コイツはゴリラか! こんな箱庭育ちのお嬢様なんかに絶対負けられない!』
『どうして、倒れないのよ! 爺やに教えてもらった急所にいれてるのにー。だいたい、あの女の妹でも兄さんの側にいるのが気に入らない。絶対負けてやるもんか!』
根本的な考え、負けず嫌いなのは同じであり、この戦いは意地の張り合いであった。
相手の顔を見て、表情が変わることを願いながら拳を解き放つ。表情が変わらないことに内心動揺しつつも、攻撃の手は止めない。
「平助、そっちはどうだ?」
ビリーの念話に平助は率直に答えた。
「いや……なんつうかー。女ってのは怖いなって……」
「なに訳のわからないこと言ってんだ?」
「だって、目の前の戦い見てたらそう思いますよ。女のマジの殴り合いで顔色変えず、戦ってるんっすよ! さっきまでカワイイ子たちが狂気じみた殴り合いやってるんすよ!」
「……。平助、女ってのはそういうときもあるんだ……。いや、そんなことは今はいい。その様子だと、由美子ちゃんは奏ちゃんの足止めを成功しているな? だったら、お前は太郎の牽制に行け」
「そうさせて貰うと楽でいい」
平助はスッと気配を消しその場から消える。
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