第九話 演習 三日目 その五
ビリー隊の演習控室、良子の指示で忠陽と由美子の二人はビリー隊に参加することになった。
ビリーは作戦会議を始め、行動方針に悩んでいた。
「さて、どう戦うかね……。さっきみたいな砲撃戦はないと思いたいが。アリス、どう思う?」
「賀茂さんがこちらに居るので、さっきみたいな精密砲撃はできないと思います」
「隊長、いいですか?」
蔵人が手を上げていた。
「なんだ?」
「今度は平助をこっちにください。やっぱりあの二人に集中攻撃をされるとキツイです」
「賀茂がこっちだし、平助に索敵させる必要はないから構わない。元々は賀茂を索敵にして、ダブル狙撃で取るかと考えていたが、三人で五人相手には保たないだろう?」
「確かに厳しいです。私と蔵人くんは奏さんと加織さんの足止めになると思います。でも、さすがに学生三人を平助くん一人では少し厳しいかと……」
「隊長、俺、楽な仕事がいいです」
平助は面倒くさそうに呟いた。
「お前らが乱戦に入った場合、賀茂をぶつけるつもりだったが、多分奏ちゃんには返り討ちに会いそうだからな……」
四人が悩んでいるところにスッと由美子が手を上げた。
「あの、ちょっとよろしいでしょうか」
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「なんで、あんたが居んのよ」
奏は大柄のそそり立つ壁にそう言い放つ。壁はのろり奏の顔を見ながら話す。
「そりゃ、二佐に呼ばれたからだ」
「田中くん、イエーイ!」
加織はジャンプをしながら、壁とハイタッチを試みる。壁は手をかざして、無愛想ながら受け答えた。
大地はその反り立つ壁を見ると、自分までも小学生のように感じる。顔は角ばっており、彫りの深い顔を見ると、教科書にでも出てきそうな遺跡の像にも思えた。マジマジと見るとただ無言で立っているだけでかなりの威圧感があった。
朝子もその巨体を見て、テレビで一度見たことがあるプロレスラーを想起するぐらいデカイ。本能で警戒し、加織のようなハイタッチという気分ではなかった。
「あれ、なんでここにいるの?」
加織は奏の問を忘れて、また聞いた。
「葛城二佐に呼ばれたんだ」
「あー、それはそれはご愁傷さまでした」
「ああ。だから、速く帰りたい」
屈託のない加織の笑顔に田中は無表情に答える。
「で、俺は何をすればいい?」
「決まってるじゃない。狙撃手」
奏の返答に大地は唖然とし、田中を見た。体格からして、狙撃手だと思わなかった。顔から上半身をくまなく見回し、やっぱりその要素がないことを確認する。
「具体的にだ」
「そんなの、あんたがあたし達に合わせればいいのよ」
「いつもどおりか。万有女欠」
「あんたにあれこれ指示してもどうせ聞きやしないくせに聞くんじゃないわよ。この、デクの太郎」
奏の楽しげに物言いに、田中の眉間が初めて動いた。
「田中くん、なんか楽しそう」
加織の言葉に大地と朝子は耳を疑った。
「さて、次はどうしようかしら……」
平原の地図を見ながら、奏は考えていた。
「どうするって、さっき見たいに俺達が囮になれば良いんじゃないのか?」
奏は大地を見て、ため息をつき、支持棒で大地の頭叩いた。
「なんだよ、叩かなくてもいいじゃねぇか」
「その威勢を戦いでも出してくれない?」
奏の半眼で大地に訴えかける。大地は顔を反らしてしまった。
「問題なのはあなた達の方なのよ。今回のフィールドは平原。隠れる場所も無ければ狙撃ポイントも少ない。そこの太郎なんて、デカイだけの的よ。でも、あなた達よりは役に立つ。あなた達がどれだけ成長してくれるかで勝負は決まるわ」
「自分の力不足を責任転嫁してない?」
朝子は奏を挑発した。
奏は支持棒を振り、朝子の目の前に突きつける。
「どうして?」
「どうしてって……」
朝子は口籠る。
「根拠のない言い分は通らないわよ?」
奏は笑っていたが、それが怒っていると誰もが分かった。
「私がそう考えた理由は、簡単よ。私がアリスを抑える、加織ちゃんが蔵人、太郎はビリー隊長。あとは平助と八雲妹と賀茂。この三人をあなた達三人じゃあ難しいと思ったから。八雲妹はあれで部隊に入っても戦力になる。賀茂は半人前ぐらいかな。でも、あなた達は三人で半人前かしら」
「俺がボンに負けるわけねえだろう!」
「何もできないで離脱した奴と私の指示で防壁を起動一回に抑えた差は雲泥の差よ。たぶん、賀茂は戦い方を覚えればもっと厄介になる」
朝子は鼻で笑う。
「氷見、あんたも同じ。呪力の素養でいけばアンタが一番ヘボちんなんだからね。もっと、頭を使ってもらわないと」
朝子の口が歪む。
「それで最後はあなたよね」
奏は鞘夏を見た。鞘夏はいつも通り無表情のまま口を真一文字にしていた。
「あなたって、何ができるの?」
鞘夏は何も答えなかった。
「あ、そいつ人見知りだし、人と話したがらないんだ」
大地は咄嗟に奏に言っていた。
「あたしは、あんたに聞いてない。眼の前の根暗女に聞いてるの」
大地は口を閉ざし、目のやり場がなく、朝子を見てしまう。朝子は目を合わせようとはしなかった。
奏は無言の鞘夏を見て、鼻で笑う。
「八雲が気にするはずよね。そういうとこ、アイツと同じ。アンタはアイツと同じただの人形よ。今を生きてない」
奏は加織と田中にそれ以上言うことを止められた。
「分かってる」
奏はそう返事をすると、悪魔の笑みを浮かべる。
「そうね、あなた、賀茂を抑えなさい。主人の居場所は分かるんでしょう?」
鞘夏は答えなかった。
奏はその無愛想な顔を見て、舌打ちをして、その場を去ろうとした。
「おい、月影。作戦は?」
田中の問に奏は面倒くさそうに答える。
「うるさいわね。あんた以外は全員前衛よ。突っ込むしかないじゃない」
「無謀だな……」
「このメンバーで防衛陣地作れって方が馬鹿よ。だったら、無謀に突っ込んだ方があんたが生きるってもんでしょう」
「分かった」
奏はまた歩き出す。その後を加織は慌てて、追いかけた。
大地は二人が居なくなった後、さっきまでの雰囲気が堪らず、鞘夏に話しかけていた。
「お、おい、お前、どうするんだ? そのボンと戦うのか?」
鞘夏は大地を見た。
「な、な、なんだよ……」
「私が忠陽様と戦います」
大地は返答があったことに驚いたが、すぐに不安になり、頭を掻いた。
「いや、でもよ。嫌だろう? それにボンの居場所が本当に分かるのか?」
「だいたいは……」
俯く鞘夏を見て、大地はますます不安になる。
「なあ――」
「いいじゃない。その子がやるって言ってるんだから」
朝子が口を挟む。
「だけどよ、自分の大切な人と戦うって普通に嫌だろう? お前だって、リン君って奴と戦うのは嫌だろう?」
「はあ? なんで私が麟くんと戦わなくちゃいけないわけ?」
朝子は大地を睨む。
大地は自分の言葉で面倒くさいことになったことに気づき、黙った。
「おい、お前ら。演習が始まったら後ろは振り返るな。俺がサポートはしてやる。だから、前だけ見てろ」
田中の言葉は抑揚がない言葉に大地と朝子の顔が引きつる。
「どうした? 何かおかしいことでも言ったか?」
「いや、言ってないっすけど、心になそうだなって……」
「心外だな……」
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