第九話 演習 三日目 その四
展望室から見える演習場の光景は戦場のような有様だった。
粉塵が舞い、コンクリートで舗装された道路は凸凹になり、奏が放った魔術の場所には残り火がある。
それを見た藤は息を飲む。
「伏見先生、大丈夫なんですか、あれ?」
「大丈夫やろう」
藤は再びその光景を目に入れるが、大丈夫とは口から言えないほど悲惨な状況だった。本当の呪術戦というものを初めて体感し、その中で自分の生徒が戦っていると思うと悍ましい。そう思う中で伏見が飄々としていること人が腹立だしい。日に連れて演習の危険度は増し、下手すれば生徒が死にかねないものになっている。
「八雲、樹は?」
良子の冷たい声で八雲の背筋が伸びた。
「え、どっかにいるんじゃねえ?」
「呼び出せ」
八雲は沈黙する
「どうした?」
「べ、別にいいんじゃね? 俺、ワクワクしてるから、俺をだせよ……」
良子の眉間が動くのを見て、八雲は立ち上がり、徐に携帯を取り出し、電話を掛ける。
「もしもし? 今どこにいるんだよ……」
電話越しから聞こえる声は騒音がしている。八雲は目を閉じながら話を聞いていたが、八雲の顔から変な汗が出ていることが藤にも分かった。
八雲は部屋から出ていった。しかし、八雲の声は漏れ聞こえていた。
「オメー、何してんだよ。早く戻れよ!」
藤は扉の奥にいる八雲の顔が何となく浮かんだ。
「あー、確変どころじゃねぇよ! こっちは良子さんに確変しちまうぞ!」
その言葉で藤はどこにいるのかが分かった。
「だぁー! 早く帰って来い! じゃねぇと、俺が殺される!」
外で揉めている中、良子がゆっくりと椅子から立ち上がる。その姿を見た藤の背中がビクッと動いた。
良子が動いた先は壁掛けされている電話機だった。受話器を取り上げ、番号押す。
「私だ。笠一尉を呼び出せ」
暫く、八雲が樹に懇願する悲痛な声が聞こえてきた。
「忙しいところすまない。貴様の隊の田中をこちらに寄こして貰えないか?」
良子の声は落ち着いており、淡々と受話器に対して話していた。
「時間があるなら貴様も来い。貴様の学友も来ていることだ」
そう言って良子は受話器を置いた。
ちょうど、その頃八雲も話に決着したのか、部屋に入ってきた。八雲は何事もなかったように元の椅子に座る。
「八雲……」
八雲は反射的に大きな声で返事した。
「樹は勝っているな?」
「はい!!!」
「なら、次、貴様の部隊が負けたら明日は貴様の隊で奢りだ」
「イエス、マムッ!」
そう八雲が答えた時、演習場にブザーが鳴り響く。
藤は呪防壁の動作確認表を見ると、二回発動したのは大地と、アリス、蔵人だけだった。ビリーと平助はリタイヤの方に表示しているのを確認した。
「伏見先生、どうしてビリー隊長はリタイヤしたんですか?」
「勝てへんからな。ここで無駄に消耗しても意味はないから撤退しただけや」
「それじゃあ、演習にならないんじゃ……」
「撤退は戦端を切り開くより難しい。そのタイミング、方法、確実に生き残ることのない不安と戦う必要があるんや。だから、逃げられるときは思い切って逃げなあかん。今のタイミングは敵から距離が離れている場所やから、撤退が成功する確率は高い。それが分かっていて蔵人くんは残りの二人から敵を遠ざけようとしとった。これも演習や」
「そんな死ぬことを前提での演習なんて……」
「それが軍人や」
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