第九話 演習 三日目 その三
加織とアリスの戦いで土煙が上がっているのを奏は確認した。
「賀茂、まだ見つけられないの!?」
忠陽は焦りながら、式紙の共有感覚を次から次へと移していく。
鴉たちから見える視覚情報に人影は映らない。大量の鴉を解き放ったため警戒心を強めたために二人は見つからないように隠れているかもしれない。
「遅い! 式紙との感覚共有を切り離しなさい。私が式紙を使うわ」
「でも……」
使役者じゃない人間が扱えるなんてできるはずがない。
忠陽の言葉尻で奏は察したのが、忠陽を怒鳴りつける。
「うるさい、口答えするな!」
忠陽はすぐに感覚共有を止めた。
奏は目を閉じ、印を結ぶ。すぐに散らばった式紙の一つを補足すると、そこから別の場所にいる式紙を見つけ、人間には見えない線を引く。その線を他の式紙へと伸ばし、式紙同士で網目を作り、探知網を形成する。
奏はその線に触れた存在を二つ確認する。
「見つけた」
忠陽はその手早さに驚愕する。
「賀茂、ここから北西八百、西に六百の式紙と感覚共有して、二人を見張りなさい」
忠陽は言われた通りの式紙をと視覚共有を行うと、東へと移動するビリーと平助を確認する。
本当に他者の式紙を使い、敵を探索していた。忠陽の心臓は跳ね上がる。
だが、それよりも優先事項を奏に伝えた。
「二人は東へと移動しています。たぶん、蔵人さんたちと合流すると思います」
「分かってる」
奏はすぐに赤と橙に光る球体を十数個作り出し、頭上に射出する。
天高く舞い上がり、輝く球体は徐々に斜めに方向転換を行い、二手に別れながら、落下を始め、ビリーと平助の進路上に急降下する。
球体が地面に触れると爆発し、コンクリートを壊し、辺りに破片と粉塵を撒き散らす。
忠陽は式紙から見れるその光景と遠くからでも響く振幅に心が揺れる。
もし、あの場所に居たらどうなるか……。
「二人は!?」
奏の強い語気に忠陽は蹴落とされる。
「賀茂ッ!!」
「は、はい!」
忠陽は慌てて感覚共有で式紙の周辺を見ると爆発の場所から退避する二人の姿が見えた。
「二人は合流せず、その場から離れてます」
「オッケー」
奏は再度、同じぐらいの数の赤と橙に輝く球体を作り出し、解き放つ。
「賀茂、こっちに来なさい」
忠陽は急いで奏の近くに寄ると、奏は三射目、四射目の球体をすでに作り出していた。
「いい? これからアリスに対して奇襲するわ。貴方は見つかってもいいように隠形を調整して近づきなさい」
「でも、それじゃあ見つかるし――」
「見つかっていいのよ。わざとアンタを見つけてもらうんだから」
「分かりました。あと、ビリー隊長たちの監視は――」
奏は反射的に忠陽の頭を優しく叩いていた。
「何言ってのよ。それをやりつつ近づきなさい」
「でも、僕はあまり呪力を使うのが得意じゃ――ッ!!」
忠陽はさっきよりも強く頭を叩かれた。
「甘えたこと言うんじゃない。やりなさい。もし、これが実戦であれば、アンタがやらなければみんなが死ぬだけよ」
奏の鋭い目つきに忠陽は恐怖を感じない。その目に吸い込まれそうになる。由美子とは違う強引さだが、奏の目は忠陽の背中を押すように感じた。
「できるだけやってみます……」
奏は大きな溜め息を吐く。
「そこは男らしくやりますって言いなさいよ」
奏は三射目を解き放つ。
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三回目の爆撃音が鳴り響く中、加織とアリスは微動だにせず、お互いの動きを監視していた。
辺りは隆起したコンクリートと穴だらけになった建造物。さっきまで廃墟であった場所が戦場に様変わりにしていた。
アリスの背中には未だに球体が漂い浮いている。
三回目の爆撃が止むとその球体が動き、複数の光線を放つ。
加織は隆起したコンクリートに逃げ込み、光線を壁にぶつけながら追尾を回避し、光線の数を減らす。
減った光線を加織は闘気で覆った拳で迎え、弾き飛ばした。弾き飛ばすと、加織は脚を上げ、アリスに対して蹴り払う。
「闘刃脚!」
脚から放たれた三日月のような刃は真っ直ぐにアリスに向かう。アリスはそれを球体で厚い防壁を作り、防いだ。
「あははは。これも駄目か……」
加織は苦笑いをした。
「加織さん、降参して頂けると嬉しいのですが……」
「やだよ〜。アリスちゃんとこんなふうに戦えることも滅多にないし」
加織は構えでも戦う意志を示した。
四度目の爆撃音が鳴り響き始めた。
加織は笑顔である対して、アリスの顔は曇っていた。
爆撃の最中、アリスは何かを感じ取ったのか、加織から視線を外し、球体を放ち防御壁を作り出す。
防御壁は石礫を防ぎ、すぐに形を変えて四本の光線を放つ。放った先では自動で起動した呪防壁が見え、呪防壁が動作するとともに忠陽が姿を表す。
アリスは忠陽を視認すると、加織の方へ向き、二つ球体を前に出して散弾を解き放つ。
加織はすかさずコンクリートを隆起させ、防壁をはり散弾を回避した。
その時だった。アリスの側面から強力な大きな魔力弾が襲いかかる。
アリスは加織に意識を集中していたため、それに気づくことが遅れ、直撃を受けてしまう。自動で呪防壁は動作し、そのままアリスは拘束されてしまった。
アリスは魔力弾の方向を向くと奏が居た。奏のご満悦な姿を見て、深く息を吸い込み、ゆっくりと鼻から出した。
「賀茂、上出来よ」
忠陽の呪防壁が解除され、立ち上がり、奏へと近づく。
「あ、ありがとうございます」
「二人は?」
「まだ、こちらには来てません」
「そう。なら、次は蔵人よ」
「奏ちゃんにいいトコ取られちった……」
「ゴメンね。次は加織ちゃんが取る番だから。賀茂、さっきと同じ要領で奇襲しなさい」
「はい。分かりました……。監視の目はどうしますか?」
「次はいいわ。蔵人に集中しなさい。式紙は私が操作する。感覚共有は切り離しなさい」
忠陽は安堵する。
「気を抜かない! ここはまだ戦場よ」
忠陽は奏の声ですぐに背筋を伸ばし、返事してしまった。
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