第九話 演習 三日目 その一
四
三日目、起床の喇叭が鳴り、忠陽は目を擦りながら、体を起こした。その瞬間に体がいつもよりも重いことに気づく。
重い体に心の鞭を打ちながら、寝ている大地の体を揺する。
「大地くん、朝だよ」
「うっせーな、典子。分かってるよ……」
「…………」
忠陽もまだ眠そうな目で大地を見ていた。
「僕は三峰さんじゃないよ……」
再度、大地の体を揺する。
「わってるよ! 起きるって!」
大地は体起こし、忠陽と目が合う。大地は無言のまま状況を確認していた。そして、忠陽の頭をポカリと殴る。
忠陽は不機嫌な顔になった。
「大地くん、明日は自分で起きて」
「そ、そんな連れないこと云うなよ、ボン」
大地は忠陽に懇願しながら抱きついた。
点呼が終わると、忠陽達はグランドに集合させられ、早朝のランニングを行った。
準備体操のときに忠陽は体が軋むのが分かる。体も重く、それが心にも影響し、気が重くなっていた。
ランニングを始める動き出しは重く、最悪な気分だった。だが、数分走り続けると不思議な感覚に襲われる。今まで走ることに気が重かったが、その気の重さが段々と軽くなる。動きも次第に良くなり、高揚感が生まれ始めていた。
今まで以上に動く体を忠陽は早く動かしたくなった。一生懸命体を動かすがスピードは上がらず、心だけが先走っているようだった。
早朝鍛錬を終え、朝食の後は昨日と同じくビリー隊との演習を行なった。しかし、忠陽たちは一度も勝つことはできず、終わってしまった。
各々中では互いを意識することが芽生えたのか、お互いの行動を気にするようになっていた。それが悪い方向へ向かったのか、全員がいつもより動きが鈍く、簡単な攻撃でやられることも多かった。
演習が終わるごとに大地、朝子、由美子は言い合いを始め、自分の考えをぶつける。初めは藤がそれを止めていたが、次第に止めなくなっていた。伏見はというと、三人がモメているのを微笑ましく見ていただけである。
昼を挟み、午後からは忠陽たちは八雲隊の奏と加織と合流し、ビリー隊と演習することなった。
良子の指示で、部隊長を奏、メンバーを奏と加織を固定にし、他三名を奏が選出することになった。
「まずは、賀茂、そこのパーマと氷見でいくわ」
奏は大地と朝子は指差ししていた。
それには朝子は不満な顔をしていたが、黙って従った。
「いい? 作戦はまずはアリスを倒すこと。加織ちゃんは、そこのパーマと氷見を連れてアリスたちと接敵して。あんたら二人は迎撃する蔵人を二人で抑えなさい」
大地と朝子は頷く。
「賀茂、あんたは平助とビリー隊長の索敵。時間を掛けず素早くやりない」
「はい」
奏はもう一度三人を見回す
「いい? 勝てるか勝てないかはあんたたちの動きで決まるの。演習っていっても、相手を殺すつもりで戦いなさい」
「おいおい物騒だな……」
奏は大地の頭を手刀で叩いた。
大地はその痛みに悶絶した。痛みが引いてくると奏を睨みつけようとしたが、奏の鋭い眼光が見え、止めた。
「いいわね?」
大地は典子とは違う圧力に屈し、仕方なく頷いた。
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忠陽は聞き慣れたブザーが鳴ると動き出す。
演習場は人工的に作られた廃墟だった。灰色のコンクリートはボロボロに風化しているものもあれば、補修して一部だけが真新しく見えた。穴の開いている大きさや、めり込んでいる訓練弾、直線的な爪痕を見ると、ここで行われていることが訓練ではないように思えた。奏が言った相手を殺すつもりというのが他の演習場よりも分かりやすい。
「賀茂! ササッと見つけなさい」
近くの建物に隠れる奏の言葉で我に返り、式紙を二匹放つ。
「数が少ない! もっと出せ!」
由美子以上の圧力を忠陽は感じる。
「でも、感覚を共有できるのは二匹が限度で――」
「あんた、バカぁ? 感覚共有は一匹でも良いのよ。数を出して、感覚を次から次に移ればいいでしょ?」
忠陽は驚いた顔をして、マジマジと見た。
奏はその反応に冷静な顔が崩れる。
「ハアァァァ? あんた、辰巳さんから何を教わってるの? それぐらい式紙の使い方の基礎でしょ。まさか、式紙の感覚共有を任意でオン・オフできることを知らないの?」
忠陽はその質問攻めに慌てた。
「どうなのよ? 早く言いなさい!」
「感覚共有をオン・オフできるのは知ってましたが、そういう使い方があることは知りませんでした」
奏はため息を付きながら辰巳の名前を呼ぶ。
「いい? 情報として必要なのは平蔵とビリー隊長の居場所よ。自動遠隔で、配置は疎らでいいわ。やれる?」
忠陽は返事をし、式符を数十枚バラマキ、鴉を生み出す。鴉たちは空に舞い上がり飛び散っていた。
「そこから一体ずつ、感覚共有を行いなさい。式紙がそれだけ舞うってことは、それでも二人に対して牽制になるのよ。相手が動けば見つかりやすくなる。でも、式紙にだけ囚われてもダメ。私たちもここから移動するわよ。ついて来なさい」
颯爽と動こうとする奏を忠陽は告げる。
「すいません、感覚共有をしているので動けないんですけど……」
奏はその言葉にズッコケた。
「なんでよ!」
「僕、あんまり緻密な操作が得意じゃなくて……」
「違うわよ! 式紙に自動遠隔命令を出してるなら、動いた後に感覚共有すればいいでしょ!」
忠陽の口から一音漏れた。
奏は肩を落とす。
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