第三話 学校間呪術戦対抗試合 其の四
由美子は立方体の結界を敷き始めた。
「ねぇ、神宮さん。あの先生は何をしたの? あの男は言霊って言ってたけど」
葉は結界を敷き終えた由美子に聞いていた。
「言葉のとおりよ。自分の言葉に呪力を乗せて、相手の行動を縛ったのよ」
「そんなこと出来る人なんて……」
「伏見先生にはそれができるよ。こと呪術に関して言うなら、この天谷市で、あの人以上に頼れる人はいない。性格はあれだけど……」
藤はため息をついた。
「そうね、そちらの先生の言うとおり、性格はあれだけど」
「性格はあれ?」
葉は首を傾げた
「でもでも、いい先生よ! あれでも生徒から、信頼、されてる、はず……」
「藤ちゃん、どうして言い切れないの?」
葉は藤の言い方に不安を覚える。
「だって、こんな事態になるまで手を出さないなんて、陰険でしょ。それに助けてたと見せて、恩を売ろうとするなんて姑息よ」
「姫! 人聞きの悪いことを言わんでくれへんか?」
遠くからの声に由美子は黙った。
「ったく、もうちょっと素直にありがとうぐらい言えへんのか、あの強情女わ」
「何ボヤいてんだよ。女はすぐ付け上がる。だから、こうして躾けなきゃいけんだよ」
忠陽は鞘夏を蹴り飛ばした。鞘夏は地面に倒れこみ、痛みに耐える。
「それもそうやな。と、今は言いたいところやけど、教師としては、それ以上許せへんな」
「キサマも同じムジナだろ? あそこの女よりも、もっとこっち側だ。それともキサマも綺麗事を言う口か?」
「どないやろな。昔だったら君の考えには賛同したやろな。今となっては分からへんようになった。呪術の秘奥も目指したこともあったけど、僕は、この右腕と左目がうしなってから、分からんようなってしもうたわ」
「なんだ。キサマはただの落伍者か」
「そやな。落伍者かもしれへん。もしかすると、この喪失は、一種の呪いかもしれへんな。君と同じく」
「忠陽のことか? そうだろうな。俺という存在を作り出すための――」
「違う違う。君と鞘夏くんのことや」
「はぁ? 何言ってるんだ。こいつはただの使用人だ」
「君に言ったはずや。正確には忠陽くんにやけどな。君と鞘夏くんとの関係はただの主従関係やなく、一種の呪いや。呪いを掛けた者が掛けられた者からも拘束を受ける。君が鞘夏くんを傷つける行為も呪いの一つ。その痛みは呪力となり、それは君にも還元される。ようできてる」
「なるほど、理屈は合っているな。ジジイやオヤジがやりそうなことだ」
「せやろ? 呪術師は人間としては腐った存在やからな」
「キサマも同じだろうに。……キサマ、面白いやつだな」
「なら、無駄な闘いは止めて、僕の云うことを聞いてくれへんかな?」
「冗談じゃねぇ。久しぶりなんだ、この感覚。俺が俺である感覚は捨てられない。キサマが教師として何食わない顔をして、本質は呪術師であることを捨てられないことと同じようにな」
「そうか? 僕は教師のほうが好きやけどな」
「呪術師は全員嘘つきだ」
「それは同意や」
忠陽は呪符取り出し、呪言を唱える。小さな四つの火球が現れ、伏見に襲いかかる。
伏見はその火球を、埃を払うかのように、払い除けた。
その行動に朝子や葉は驚いていた。
「ああ、全然駄目や。僕が今まで教えてきたことが、全然出来てへんで。授業が足らんかったかいなぁ」
伏見の不敵な笑みは忠陽を苛つかせていた。
忠陽は呪符を取り出し、緑色の真空の刃を放った。
伏見はその刃を手刀で切り裂いた。二つに割れた真空の刃はビルに傷をつける。
「これも駄目や」
忠陽は次の行動に移っていた。両手を閉じたまま、突き出し、高圧縮した水を放出した。水は伏見の手に集まり水玉を作り出した。その水を忠陽に投げ捨てた。水は開放され、大きな水流となり、忠陽を五メートルほど押し流した。
「君の術には欠点がある」
「欠点だと?」
「リクエストや。さっきの大きな火球。もう一度、僕に使うてみん」
忠陽は挑発に載せられたように大きな火球を作り出した。先程よりは小さいかった。小さいとはいえ、人を殺せる火球が伏見に放たれた。伏見は手をかざすとその炎を受け止め、掲げた。誰もがその実力を量り取ることができる。
「君は僕よりは呪力量が多いかもしれへん。だけど、術においては雑やな。ただの力任せや」
火球はどんどん小さくなり、人差し指の上に極小の玉となった。
「大きいからといって、威力に比例するわけでも無い。術の基本は呪いの強さや。それは呪言で決められることもあれば、自身の感情で増大する。だが、負の感情だけではその強さ引き出すことはできない。その強さを引き出すには冷静に、もっと繊細に扱わないとあかん」
人差し指が放たれた小さな玉はゆっくりと動き、忠陽前で急激に爆発した。忠陽は爆発する前に呪力の壁で鞘夏と自身を守るも、忠陽のほうが爆心地に近く呪力の壁が崩壊し、弾き飛ばされていた。
「陰様!」
鞘夏はすぐに忠陽のもとへと走っていた。
「それに呪術戦というのは君みたいに派手に戦うものやない。もっとスマートに戦い」
伏見は忠陽のもとへゆっくりと歩く。忠陽は立ち上がろうとするも、先程の爆発で脳震盪を起こしているのか、うまく立てないでいた。
「呪術戦の基本は嘘と小技の応酬や。大技なんていうのはホンマの人間の領域を外れた者がやることや」
忠陽に寄り添う鞘夏の肩を掴みながら、忠陽は立ち上がある。血痰を吐き出し、呪符を取り出す。
「ええガッツや。だけど、言うとく。もし、自分以上の力量の敵にあったら逃げることだけを考え。それは何も恥やない」
「……キサマは、逃げた口か……」
「そうや。そうして、右腕と左目と、友を失った。僕は自惚れていたんや。呪術の秘奥を目指し、神代の御業を手に入れることができるってね」
「…キサマは…ただ…逃げた…だけだろ」
「それはちょっと違うな。僕は本物の天才を知っている。はっきり言う。君や由美子君には才能はない。僕が言う、本物の天才に会った時、君等は成すすべなく殺される」
「…次は…キサマを……殺す!」
「そうか、僕はまだ君に色々と教えていことが山程あるねん。だから、今は眠りい」
伏見は忠陽の目を閉じた。すると、忠陽は崩れるように倒れた。
周りには静寂が訪れ、炎の明かりだけが、伏見を照らす。藤はそれをじっと見つめていた。
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由美子たちが戦ったフィールドは騒然としていた。辺りの火災を消しまわったり、被害状況を確認していたりと、学生というよりも大人が多い。
その中で救護車にの前に出された椅子に由美子、朝子、葉の三人が座っていた。三人は軽傷のため、委員会の事情聴取が先程終わったばかりであり、渡されたペットボトルを一様に飲んでいた。
「お疲れ様。色々と面倒ばっかりでごめんね」
「藤ちゃん、疲れた。ご飯奢って」
葉は藤に甘えていた。
「いいけど、この時間に食べたら太るわよ?」
「ええ、それはヤダ」
由美子は笑っていた。
「いいわね、その関係。うちの先生はああいう奴だから」
「そうとも言えないわよ。私があとで交渉してあげるわ」
藤は息巻いていた。
「有り難いのですが、私は遠慮させて頂きます。自分の体調管理ぐらいできますから」
藤はあれっ?と肩を落とす。
「優等生は、乗りが悪いわね」
朝子が呟いた。
「あら、私と居ると、あなたが嫌そうだから遠慮したのだけれども」
朝子と由美子は睨み合っていた。
「ふたりとも喧嘩しない!」
ふたりともふんと言いつつ、お互いに別の方向へと体を向けた。
「神宮さん、私の生徒を助けてくれてありがとう」
「いえ、成り行き上、迷惑をかけたのはこちらというか……」
「ええ、それで死ぬ思いをしたわ」
由美子はカチンときたのか、朝子に何か言おうとしたが、藤がまぁまぁと止めた。
「でも、遠くから見ても戦いぶりは凄かったな。同じ頃の私には出来ないくらいだよ。OGとしては鼻が高い。それに終わった後も治癒魔術で手伝ってくれて、ありがとう」
「まぁ、どこかのアマゾネスよりは戦えたと自負はしていますけどね」
「誰が、アマゾネスよ!」
朝子は立ち上がった
「あら? 自覚していたの。ごめんなさいね」
由美子は嘲笑していた。
「ふたりとも! 喧嘩はしない。今回の一件で委員会は、あなた達のことをこの三年間を背負っていく存在として見ることになるのよ。私達はあなた達に期待しているんだから」
「……でも、藤ちゃん。あの先生が言うには、私達には才能、ないんでしょ?」
朝子はいつにもなく弱気だった。
「悔しいけど、そいつには私なんかより才能があるし、家の格が違ういというか。そいつがあのすごい先生からすると才能がないって言われて、藤ちゃんから私達に期待してるって言われても……」
「あはは……。あの人は、誰にでもああいうのよ。私にとっても手の届かない人だから。知ってる? 私は由美子さんみたいじゃないけど、私は自分を秀才だと思っていたわ。だけど、あの人のポキっとへし折られちゃった。それに私達とは…………」
藤は自分の答えが朝子の不安を拭えないことが分かったとき、言葉が止まってしまった。
「私は、別に気にしてません」
由美子は悠然と言い放つ。
「だって、最初から分かっていたことですもの。私が見てきた呪術戦や、真剣での戦いはこんなものじゃない。皆、あなたみたいに弱気なんて発しないわ。私はどんなことがあっても諦めたりしない」
「そんなカッコイイこと言って、君、二回は諦めたの覚えてるか?」
伏見がふっと現れたことに一同驚いた。
「い、いつ諦めたっていうのよ」
「鞘夏くんに自分の腕が持っていかれそうになった時と、朝子くんへの大きな火球の時や」
「諦めていないわ!」
「君は彼女たちより先天的にええもんもろてんのに無駄にしすぎや。ああ、お父様とお母様が泣いていらっしゃってかるもしれへん」
およよと嘘泣きをする伏見を朝子は鼻で笑っていた。
「君も、君やで、朝子君。感情の制御ができてへん。あと猪突猛進なのは頂けへんな。その短鞭の使い方はおもろいけど、使う人間が面白ない。もっと嬢王様みたいにならんと」
ワナワナとする二人は同時に伏見に襲いかかった。
「今日という今日こそは、その血筋の一つ、絶やしてみせる!」
「この変態教師! その身で味わせて上げる」
「ふたりとも、よしなさい!」
藤が二人の仲裁に入るも、無理にこじ開け、逃げる伏見を追いかけ始めた。
「藤ちゃん、あんな元気があるんなら大丈夫じゃない?」
「そうね。私はあなたの事も期待しているのよ」
「あたし? ムリムリ。神宮さんや、朝子を見てもそうだし、私に呪術の才能なんてないよ」
「そんな、自分を卑下してはいけないわよ」
「いやさぁ、今日見ても分かるでしょ。それに私は決めてるんだよね。朝子と、この高校三年間を一緒に楽しみたいって」
「そうなの…」
「そうなのです、藤ちゃん」
「でも、あの嫌味で偏屈教師を一緒に倒してらっしゃい! 倒してきたら、また別で何か奢ってあげる」
藤は葉の背中を押した。
「やったー! ふたりとも、その先生を倒したら藤ちゃんが何でも奢ってくれるって!」
葉は由美子と朝子を巻き込むように伏見の元へ走っていた。