第18話 立場が違えば
どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。
「今日は洗い物、私がするわ」
食べ終えた紗奈の申し出に、万里子は「あら」と目を丸くした。
「珍しい。平日は疲れて家事しんどいて言うてたのに」
「今日は身体の疲れそれほどや無いねん。お母さんはゆっくりしとって」
今日は事務所内の「小さな」仕事だけだったし、お料理当番は牧田さんの番だった。牧田さんが作ってくれた回鍋肉は相変わらず絶品だった。甜麺醤を使いながらも、隠し味で日本のお味噌も使われていて、とても舌に馴染んだ。牧田さんは中華もお得意なのである。
「じゃあありがたく」
3人分の食器は数が多かったので、シンクまではふたりで運ぶ。紗奈はそのまま洗い物を始め、万里子はダイニングテーブルで麦茶を入れ、のんびりと傾けた。
玄関から音がしたのはその時だった。閉めていた鍵ががちゃりと開く音。清花が帰って来たのだろう。
清花がお付き合いをしているのは、同じ会社に勤める先輩だ。週末の休みにデートをしているのだが、水曜日にも仕事帰りに待ち合わせをして、晩ごはんを一緒に食べている。
順調に関係が進んでいるのだな、と紗奈も万里子も微笑ましく思っていた。
ドアが乱暴にしまる音がして、ばたばたばたと足早に廊下を歩く音がする。その雑な動作音に(これ、ほんまにお姉ちゃん?)と紗奈は不安になって泡だらけの手を止める。
だが、ばたんっと大きな音をさせてダイニングに顔を覗かせたのは確かに清花だった。ただしその顔はくしゃくしゃに歪んで涙で濡れていて、紗奈はぎょっとした。
「さやちゃん、どうしたん?」
万里子も驚いた様で、立ち上がって清花に駆け寄る。清花は「う……」と小さく呻いたと思うと、その場に崩れ落ちる。
「ふられたぁ〜!」
そう叫んで、わぁぁと泣き出したのだった。
紗奈はもう水で流すだけになっている洗い物を一旦置き、手をすすいで清花の元に向かった。
清花は万里子に取り縋って鳴き声を上げている。紗奈は清花の肩にそっと手を添えた。そうして紗奈と万里子は清花が落ち着くまで待つことになった。
まだ涙が完全に止まったわけでは無いが、ひとしきり泣いて少しは落ち着いたのか、紗奈たちはリビングのソファに移動していた。清花を労わる様に囲んで掛けている。
「家の手伝いを、せえへんのがそんなに悪い? 家にお金、入れてへんのがそんなに悪いん? お父さんもお母さんも、何も言わへんかったのに。それに、なんで結婚したら旦那の世話までせなあかんの?」
清花はしゃくり上げながら、途切れ途切れにか細い声を上げた。
「少女漫画でも、そんな描写あんまり出て来うへんやん……」
清花が好んで読んでいる少女恋愛漫画、紗奈はああいうものはファンタジーだと受け止めているので、清花の発言に驚いた。現実世界にあんな都合の良いことが、そうそうあるわけ無いでは無いか。
清花と彼氏さんは、婚約をしているわけでは無かったが、そういう話が出てもおかしくない年齢になっていたし、ふたりとも何となく意識をしつつ、互いの家庭の話などもしていたそうなのだ。
その時、清花は家の手伝いを何ひとつしておらず、だから当然家事もできず、家に生活費も入れていないことを、悪いとも何とも思わず話したそうなのだ。すると彼氏さんはドン引きしてしまったらしい。
家事は結婚が決まったら、一緒に暮らすまでにできる様になったら良いと思う。共働きをするのであれば、互いにそうしたら良い。だが彼氏さんも実家暮らしで、お母さまに全てをやってもらっている人だったので、結婚したら奥さまに世話をして欲しがっていたのだ。
「なんで? なんで奥さんがあんたの世話までしたらなあかんの?」
「清花のお母さんかて専業主婦で、お父さんの世話とか全部してるって言うてたやん。俺は嫁に同じことをして欲しいだけや」
「じゃあ共働きやったらどうすんの?」
清花がそう聞くと、彼氏さんは「え?」ときょとんとして言い放ったそうだ。
「働いてたかて、家事育児は女の仕事やろ」
それにはさすがに清花も我慢ができずに言い返したそうだ。なんで女ばかりが損をしなくてはならないのか、と。
「家事育児して損って。そんなん言う女とは付き合うてられへんわ」
清花も清花だが、彼氏さんも大概だ。紗奈と万里子は、俯いてハンドタオルを握り締めながら、さめざめ泣く清花の頭上で顔を見合わせる。万里子は苦笑しつつも、清花を慰める様に震える背中を優しく撫でていた。
紗奈は戦慄していた。紗奈自身がこの清花の様になっていたのかも知れないのだ。紗奈が雪哉さんと諍いを起こしてしまった理由は、まさにこれでは無いか。
紗奈と雪哉さんの場合、結果として雪哉さんが折れてくれる形で決着したが、そうならなかった可能性だってあったのだ。
紗奈と雪哉さんの絆、清花と彼氏さんの関係性、その差異はあるのかも知れないが、紗奈と清花の違い、雪哉さんと彼氏さんの違いもあるはずだ。
自分の価値観を押し付けて来たところは、雪哉さんと彼氏さん同じだっただろう。だが自立している雪哉さんと自立しようとしている紗奈、そして甘ったれ同士の清花と彼氏さん、その正反対の意識が結果を分かったのだ。
紗奈だって、甘やかされていただけの時だったら、事務所の皆さんとの出会いが無かったら、こうした結末を迎えていたのかも知れなかった。
そんなこと、清花に言えるはずが無い。紗奈が悪いわけでは無いのに、清花に対して申し訳無いと言う気持ちが沸き上がる。紗奈は雪哉さんと縁を繋げることができたことを、あらためてありがたいと思っていた。
(お姉ちゃん、ごめん)
紗奈はそう思いながら、嗚咽する清花の肩にそっと手を添えた。
ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)
2章これにて終了です。
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