入国拒否
「ウィンディア王国でならベッドで休めるんッスかねぇ〜…」
ノックスたち一行はウィンディア領に入って10日目にしてようやくウィンディア王国まであと一歩というところまで来た。
ここにくるまでいくつか村に立ち寄ったのだが、ノエルやアインの姿で魔族と分かるや否や、村の中に入ることすらできずに門前払いとなっていた。
ノエルたちはノックスにその事を詫びたが、「己の出自のせいで詫びる必要など無い」と一蹴した。
それならばとノエルはノックスだけでも村の中の宿で寝泊まりするよう進言したが、「そんな気配りなど不要」とこれまた一蹴した。
ノックスは改めて魔族がこの世界から忌み嫌われていることを実感していた。
ここに来るまでいくつか戦闘はあったものの、グレートアンツの大群に比べればなんて言うことも無く、全てノエルとアインにより瞬殺されていた。
「この領に入ることは許されたが、王国内にまで入国は許可されてはいないだろうな。」
先のアインの不満にノックスが答えた。
「そうッスよねぇ〜…」
「不満ばかり漏らすなアイン。」
「いや、俺たちは魔物とかで食べ物も困らなくていいんッスけど、ノアちゃんのミルクが…」
「確かに…そろそろミルクも底を付きそうだな…」
アインはノックスのボディバックから顔だけひょこっと出しているノアの首元を掻いてあやしていた。
アインに撫でられてノアは気持ちよさげにしていた。
そんなやり取りの中、ウィンディア王国の門前にとたどり着いた。
門には巨人族が守衛しており、他には背中から羽の生えている物が数名、門の上に座ってノックスたちを見下ろしていた。
おそらくは鳥人族だろう。
「…何用だ…?」
3メートルはあろうかという厳つい顔の巨人族が尋ねる。
「ロンメア領から来た冒険者のノックスだ。この国に入国させてはくれないか?」
「…………」
巨人族はノエルとアインを睨みつける。
「断る。」
「やはり、か。ならば牛乳だけでも買わせて欲しい。」
「…牛乳だと……?」
「子猫がいるもんでな。」
ノックスはボディバックから顔を出しているノアを門番に見せつけた。
巨人族はでかい体を折り曲げてノアを間近で睨みつけた。
ノアは怖がることも無く、真っ直ぐにその門番を見つめ返しては「ミャー」と鳴き声をあげていた。
それに対して巨人族はやや厳つい顔を緩めたような気がした。
「子猫は可愛い…だが入国は許可できん。」
「せめて牛乳だけでも!!お願いッス!!」
「私どもはここで待機しております。なのでどうかお願いしてはくれませんでしょうか?」
ノエルとアインは頭を下げた。
巨人族の門番がどうしようか迷い頭をポリポリと掻いて他の門番を見やった。
「それならアタシが買ってきてやるよ。ただし、1ガロンで1000ダリルだ。」
そう言って来たのは門の上に座っていた鳥人族の1人だった。
「1ガロンで1000ダリルだと!?高すぎるぞ!!ロンメアだと1ガロンで高くても10ダリルほどだと言うのに!!」
「イヤならさっさと回れ右するこった。アタシは親切で言ってやっただけだし。」
「…くっ…!…ノックス様、いかが致しますか?」
「背に腹はかえられん。1000ダリルだな。」
「いやぁ、ちょっと待って。今文句言われちゃったから2000ダリルに値上げしたよん。」
「…おのれ…!!貴様っ!!」
「落ち着けノエル。ならこうしよう。」
ノックスは5000ダリルを門番の足元へ投げ捨てた。
「その金をくれてやる。だから牛乳を買ってきてくれ。」
「ひひっ。毎度あり〜。」
そう言うと鳥人族は門の上から降りてきて金を拾った。
やがて背中の羽をばたつかせ、王国内に消えていった。
「よろしいんですか!?もしかしたらあのまま帰ってこないかもしれませんよ!?」
「それならそれで構わん。」
「それに5000ダリルって高すぎるッスよ!!いくらなんでも足元を見られすぎッス!!」
「ノアのためだ。それにどの道この領で使える金が無いのならくれてやればいい。」
「…それは…そうですが…」
「ただ突っ立って待ってるのも面倒だ。」
ノックスはそう言うと門から少し離れた場所に土魔術で3人分の椅子とテーブルを用意した。
「もしかするとあの鳥人族が戻ってこなかったり、戻ってきたとしても牛乳を買ってくるかどうか…下手したら腐りかけの牛乳をよこしてくるやも…」
「あるいは『お金落っことしちゃった』とか言わなきゃいいんッスけど…」
ノエルとアインは不安を口にしていた。
だが当のノックスはそんなことはどうでもよかった。
魔族をここまで迫害しているこの国民や国王に責任が無いとは言いきれないが、そもそもの現況は教会にある。
一時の怒りに身を任せる事は簡単だが、敵を見失っては意味が無い。
それと、舐められているくらいが丁度いい。
この国で問題を起こせば確実に魔族は尚更迫害を受けることにもなるだろう。
ノックスはそう考えつつ紅茶を3人分煎れ、ノアに尽きかけのミルクを注いで優雅に腰を落ち着けた。