伝えたい想い
空に月が浮かび、月明かりが2人を照らす。
ノックスとザリーナだ。
あの後ストレンジ夫妻を宥め、この日の夕飯はストレンジ夫妻の元でご馳走になった。
その後、宿屋で寛いでいたノックスだったが、ザリーナが部屋の扉を叩き、外へと呼び出されたのだ。
「…今日はすまなかった。私の両親があれこれと要らぬ事を言ってしまって。」
「構わない。それにしても豪快な両親だな。」
「…忘れてくれ。」
「それで、俺をここに呼び出したのはそれだけじゃないだろう?」
「……ノックス殿たちは明日にはウィンディア領へと着く。そうすればしばらくは戻っては来んのだろう?」
「そうなるな。」
「………」
「どうした?」
「…ノックス殿。…その、色々と…すまない…」
「…?…なんのことだ?」
「…私は今まで貴殿に冷たかっただろう。」
「…まぁ、正直嫌われているのかと…」
「ふふ…違うのだ。私自身、こんな気持ちになるのは初めてでどうすればよいのか分からなかったのだ。」
「………」
「………最後に私の我儘を聞いて欲しい。」
「…なんだ?」
「…私の剣を受けてくれ。」
「……いいだろう。」
「……ありがとう……ノックス殿…」
ザリーナとノックスは距離を取り、ザリーナは自身の剣を抜いた。
ザリーナは目を瞑って深呼吸し、やがて目を開けてノックスに改めて対峙する。
その目にはもう迷いなどない。
不器用なザリーナはこうすることでしか自分の思いを告げられなかった。
地を蹴り、猛スピードでノックスへと迫る。
剣を振り上げ、ノックスへと斬り掛かった。
ノックスはその剣を両手で白刃取りした。
受け止められた剣はなおもカタカタと小刻みに震えていたが、やがて加えられていた力がフッと抜けた。
「さすがだな。」
「今回は魔法は使わなかったのだな。」
「私本来の実力を見せるためでもあったからな。」
「…まだ続けるのか?」
「いや、もうよい。」
ノックスは受け止めていた剣から手を離し、ザリーナもまた剣を鞘へと戻した。
「ノックス殿。貴殿と出会えて本当に良かった。そして、貴殿がまたこの地へと戻ってくるまで、私は更に剣の腕を磨いておく。その時はまた手合わせをお願いしたい。」
「あぁ。楽しみにしておく。」
「それから…その……」
「……?」
「…貴殿は……私にとっての目標であり……その…尊敬もしている……だから…その………
……無事を……祈る……」
「あぁ…ありがとう。」
ザリーナはとうとう言えなかった。自分の気持ちを。
だがノックスとてそこまで鈍感では無い。
火龍を下し必ず帰る。
ノックスもザリーナもお互いの言いたいことは何となくではあるものの伝わった気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。
早速国境へ向かうべく一行は馬車に乗り込む。
たくさんの村人に囲まれつつも、ザリーナの両親は一際大きい声で
「ザリーナ!ノックスさんたちを無事に届けるんだぞー!!」
「ノックスさん!娘のこと宜しく頼みますねー!!」
と叫んでいた。
馬車がマンデル村の門を出た所で、いきなり大男が道を塞いだ。
急に馬車が停車したのでノックスたちも見てみると、道を塞いでいたのはデュークだった。
「デューク!貴様しつこいぞ!!本当に首を斬り落としてやろうか!!」
「は、はっへふへ!!ほふひゃひゃい!!」
折れた顎の骨はまだ治りきっていないため全く聞き取れなかった。
ノックスたちが馬車から降り立つ姿を見たデュークはすかさずノックスの前に来た。
「ふ、ふはへぇ!!ほっふふはん!!」
何を言ってるのか分からず、仕方なく治療魔術を施した。
「…っ!!あ、顎が!?」
「要件はなんだ?」
「これ以上無礼を働くならばノックス様が許したとてこの俺が許さんぞ…」
ノエルが凄む。
「ち、違うんだ!!昨日のこと、すまねぇと思って!!」
「ほう?」
「あんな絡み方をしちまってホントにすまねぇ!!それなのに俺の歯を治してくれたって聞いてよ!!ホント…!ホントすまねぇ!!ありがとうございます!!」
「そんなことか。それならもういい。」
「これ、詫び代だ!!受け取ってくれねぇか!!」
デュークは懐から小袋を取り出した。
中を見ると数百ダリル入っていた。
「少ねぇかもしれねぇけど、これをアンタに渡しておかなきゃ俺の気持ちが収まらねぇんだ!!受け取ってくれ!!」
デュークはそう言い土下座した。
「ノックス様、いかが致しましょう?」
「ふむ…くれるというのなら有難く頂戴してもよいのだが……」
ノックスは土下座しているデュークの近くに屈んだ。
「デューク、顔を上げろ。昨日の俺たちに掛けた迷惑、その後の治療費。いくら見繕ってもこんなはした金じゃ割に合わん。」
「は、はい…俺にできることなら…なんでもします…!」
「なんでも、だな。ならば、ストレンジ夫妻のモーリス殿が近々リンクス村に行く。お前にはモーリス殿の護衛を命ずる。」
「へっ…?ザリーナのおやっさんの護衛…ですか?」
「不服か?」
「滅相もございません!!このデューク、命に変えてもおやっさんをお守りします!!」
「いいだろう。言葉だけでは無いことを証明しろ。それを約束にできるなら今回の件は不問だ。」
そう言い、金の入った小袋をデュークへと手渡した。
「け、けれどこの金は……」
「護衛とならば何かと入り用だろう。」
「ありがてぇ…ありがてぇ……!!守ります!!必ず守ります!!」
デュークは再度土下座しながら、人目も憚らずに涙を流して感謝した。
「よいのかノックス殿?」
「あぁ。ザリーナ殿もかまわないか?勝手に決めてしまったが。」
「私とて両親に付きっきりという訳にはいかない。護衛がいるのなら安心だ。」
「という訳だ、デューク。宜しく頼んだぞ。」
「ははぁ!!」
デュークは深々と頭を下げ、マンデル村へと戻って行った。
「ノックス殿は本当に甘いな。あの様な者にまで情けをかけるとは。」
「『情けは人の為ならず』だ。それに…」
「それに?」
「奴は自分の非を認めて頭を下げた。大の男がプライドを捨ててな。ならば更生する余地は与えるべきかと。」
「…ふっ。本当に甘い……が、嫌いでは無い。」
マンデル村へと走っていたデュークがくるりと踵を返し、手を振りながら大声でザリーナに声をかけた。
「ザリーナぁぁ!!ノックスさんとの結婚式には俺も呼べよなぁぁ!!」
「なっ!デューク!!貴様何を…!!」
ザリーナが顔を真っ赤にしながら反論しようとするも、すでにデュークはザリーナの声が届かぬ所まで行ってしまっていた。