マンデル村
ロンメア王国を出て4日目。
ノックス達一行はマンデル村付近まで来ていた。
ここに来るまで途中の集落で体を休め、ノエルとアイン、それにザリーナも交じってノックス相手に訓練していた。
さすがにロンメア領の外れともなると衛兵や警護の冒険者も少なく、道中にモンスターと会敵することも少なからずあったが、その度に御者席に座っていたザリーナが瞬時に対応し、切り伏せていた。
ノエルがそんなザリーナを見て交代しようかと申し出たのだが、『任務なので』と頑なに断られた。
後で手綱を引いている衛兵がこっそりと教えてくれたのだが、ザリーナは乗り物酔いするため荷台には乗らないのだそうだ。
ザリーナもダリア村での手合わせの件以降、ノックスとの接し方や態度がかなりと柔らかくなっており、心無しか距離が近くなっていた。
昼間は移動。夕暮れ前に訓練。夕飯後には反省会。というサイクルがこの4日間の日課となっていた。
「そろそろマンデル村に到着しますよ!」
御者席から荷台にいるノックスたちに声がかかった。
アインは吐く物がなくなるほど吐いており、顔が真っ青になっていたが。
ノックスが荷台から顔をのぞかせると、話に聞いていた通り小麦やトウモロコシの田園が広がる村が見えていた。
やがて馬車は村の入口へと差し掛かったころ、そこの門番の男2人が声を上げた。
「やっぱり、ザリーナじゃないか!!」
「久しぶりだなぁ!」
「ザイールにヒューゴか、久しぶりだな。」
御者席からザリーナが降りて対応した。
どうやら顔見知りの様だ。
「久々の帰郷か?」
「いや、護送の任務のために立ち寄っただけだ。明日には出ていく。」
「せっかく来たんだ。親御さんらにも顔見せてきたらどうだ?」
「…気が向けばな。」
「そう嫌な顔をするなよ。親御さん、お前の活躍を聞く度に声には出さねえが嬉しそうにしてんだ。」
「さっきも言ったが任務のために立ち寄ったんだ。」
「へいへい。んで、誰を護送してんだ?」
「ロンメア王国の恩人だ。身元は私が保証する。」
「そうは言っても確認だけさせてもらうぞ?」
「かまわん。」
そう言い、ザイールが荷台を開けて改めた。
「…ま、魔族…?…おいザリーナ、本当に大丈夫なんだな?」
「信用しろ。陛下の認可証もここにある。」
「わかった。すまんな、あんたら。なにぶんここは国境から近いもんで色々と厄介なこともあるもんでな。」
「慣れているので構いません。」
門番2人の許可が下り、馬車はそのまま宿屋へと直行した。
その道中もザリーナを見かけた村人から『ザリーナちゃん、おかえり!』『みんな!この村の英雄が帰ってきたぞ!』と歓声が上がっていた。
「ここはザリーナ殿の故郷か。」
「そうだ。…騒々しくてすまんな。」
ザリーナは少し照れながら言う。
「両親もいるんだろう?せっかくだし挨拶に伺おうか。」
「い、いや、べ、別に私の両親になど会わずとも……」
ザリーナは分かりやすくたじろいだ。
「ザリーナ殿にはここまで連れてきてくれた礼もある。せっかくだし渡したい物もある。」
「……わ、分かった…」
「なんでもいいがら…早ぐベッドに連れでっで……うっぷ……」
一先ずアインは部屋で横になり、ノックスとノエルはザリーナと共に両親の元へと向かった。
その道中、すれ違う村人全員がザリーナに駆け寄っては色々と声をかけていた。
普段ツンとしたザリーナもそんな村人たちに半ば気圧されているほどであった。
「2人とも、すまんな。たまに帰郷するといつもこうなのだ。」
「構わないさ。村人たちも皆、ザリーナ殿を誇りに思っているんだろう。」
「そんな所だろうな。」
そんなやり取りをしていたが、敵意をむき出しにノックスたちを睨みつける男がいた。
「ザリーナ!帰ってきたんだな!!早速俺と勝負しろ!!」
「…デューク……その暑苦しさだけは変わらんな。」
「ガハハ!!この俺から逃げるなんぞ許さん!!…それになんだこの男らは!!この俺という者がありながら!!」
「私は貴様の女になどなったつもりはない。」
「俺がお前に勝ったら俺の女になる約束だろうが!!」
「そんな約束など知らん。」
「寝ぼけたことを!!『自分より弱い男に興味がない』とほざいておっただろうが!!」
「それはその通りだ。だがそれとお前の男になるのとは話が違う。」
「それだというのにそんな男と仲良くしやがりやがって!!そんなヒョロい男に!!」
「言っておくが、ノックス殿は貴様なんぞ欠片ほども相手にならんほど強者だ。」
「なにぃ!?」
「さあ2人とも。先を急ぐぞ。」
「待てザリーナ!!!!…それに、ノックスだったか?この俺と勝負しろ!!」
「戯けたことを抜かすな!ノックス殿は客人であり、ロンメア王国の恩人。貴様なんぞと手合わせさせるわけにもいかぬ!」
「ハッ!!そうやって逃げんのか!?ノックスとやらも!!所詮はその程度だってのか!?」
「貴様…言わせておけば…」
「いいさ、ザリーナ殿。そちらのデュークとやら。相手をするが、ケガをしても知らんぞ。」
「ノックス殿、こんなゴロツキの相手など…」
「左様です。ノックス様を侮辱する輩などこの私が…」
「それでは意味が無い。こいつは俺と手合わせをしたいと言ってるのだから。」
ザリーナはさておき、ノエルに任せるわけにはいかなかった。
というのも、ノエルはノックスが侮辱された事に腹を立て、殺意を漲らせて今にもこの男を殺そうかとする形相であったためだ。
「ガハハハハ!!後悔するなよ!!」
「さあ、かかってこい。」
「武器は!?」
「不要だ。」
「…後悔するなよヒョロガキがぁぁ!!」
デュークはあっさりとノックスの挑発に乗り、鍛え上げた右腕からノックスに向けてパンチを繰り出した。
ノックスはそれを左手で払い除け、肘鉄を鳩尾へと滑り込ませた。
「ごあっ…!!?」
ノックスからのカウンターをまともに受けたデュークは顔を顰め、顎が上がる。
ノックスはそのまま右手の掌底でデュークの顎を撃ち抜いた。
衝撃で顎の骨が折れ、前歯は全て折れ飛び、デュークはその巨体を何回転かさせて地面へと転げ落ちた。
デュークは白目を剥いて泡を吹き、完全に失神していた。
その様子を見守っていた野次馬から盛大な拍手と歓声が上がった。
「…手加減したつもりだが…やはりまだ調整が難しいな。」
ノックスが少々やり過ぎたと反省しつつ回復魔術を施そうかとした。
「ノックス殿、かまわん。このような馬鹿にまで情けをかけてやる必要などない。」
「ザリーナ殿の言う通りです。このような不届き者、殺されずに済んだだけでありがたく思わせるべきかと。」
ザリーナとノエルの両方から止められた。
「…まぁ、完全にとは言わず、これぐらいならかまわん。」
ノックスは全て折れた前歯だけ治療した。
「ノックス殿も甘い…まあ、ノックス殿が良いと言うなら構わんが。さぁ、私の家はすぐそこだ。向かおう。」
失神しているデュークを他所に、ノックスとノエルはザリーナの実家へと足を運んだ。