意外な申し出
晩飯時までしばらく時間があったので、村の外でノックスはノエルとアインを相手に訓練を施していた。
相変わらずノックスにより2人ともボコボコになっていたが、すかさず治療魔術を施されていた。
「ノックスざま〜…もっど手加減じでぐだざい〜…」
「アインは相手を目で追いすぎるからそうなる。魔法は無詠唱でもう問題ないが、魔法は使い所だ。接近されるのが嫌だからと言って無闇に魔法を打ち込めば土埃に紛れてより接近を許すことになる。」
「…そんな時はどうするのがいいんッスか?」
「ここぞと言う場所へ相手を誘いこめばいい。無詠唱なのだから相手に何の魔法を使われるかバレることもないのだから。
予め誘い込む場所を複数決めておけば、相手を誘導した瞬間即座に威力の高い無詠唱魔術を打ち込めるだろう。」
「…な、なるほど!!……なんか俺、強くなった気がするッス!!」
「…そう単純でもないがな…それにしてもノエルはかなり反応できてきているな。」
「まだまだノックス様の足元にも及びませんが、それもこれもノックス様のご指導のおかげです。改善点などはございますか?」
「そうだな。戦闘中、時には少し重心を下に下げたりすることで動きに緩急を付けてみても面白いかもな。」
「…動きに…緩急を付けるために…重心を……!?…ありがとうございます!恥ずかしながら考えたこともありませんでした。」
ノックスがノエルたちの反省点を伝えていた所へ、ノックスの背後からザリーナが現れた。
「…ザリーナ殿か。どうしたんだ?」
「…ノックス殿。私とも手合わせをお願いする。」
ザリーナから意外な申し出にノックスは多少驚いた。
というのも、2ヶ月程前からザリーナはノックスとの手合わせを避けるようになっていたのだ。
「…まさか真剣で、とは言わないだろうな?」
「そうしたいのは山々だが、生憎任務の途中だ。木剣でよろしいか?」
そう言うザリーナの目には、最後に手合わせをした時とは違い、何か決意をしたような目をしていた。
「分かった。相手しよう。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…はぁ……はぁ………やはり…私などでは相手にならんな……」
ザリーナとノックスとの手合わせは、当然の如くザリーナが完敗した。
体のあちこちにある打撲痕をノックスにより治療を受けていた。
「それでも見事だ。ノエルより対応出来ている。」
「…私の改善点を教えてくれ。」
意外だった。
ザリーナは今までノックスと何度か手合わせするものの、教えを乞うことは無かったのだ。
あまりに意外な言葉にノックスは一瞬ポカンとしていた。
「…どうした?私には教えられんと言うのか?」
「いや、意外だったもので。
そうだな…ザリーナ殿の剣術スキルはかなり高いだろう。
…が、少々固い。
先手必勝という言葉はあるものの、『後の先』つまりは受け流してからのカウンターなどの技をもう少し磨くほうがいい。
相手よりスピードもパワーも勝っていればなんてことはないが、そうでない相手との戦闘にはそういった小技が必要になる。」
「なるほど…後の先か…
『固い』というのは体の柔らかさのことか?」
「それも多少あるが……」
「遠慮は要らぬ。」
「…分かった。『固い』というのは考え方だ。押してダメなら引く。視野を広くすれば見えなかったものが見えるようになり、戦術にも活かせる、という意味だ。」
「………」
押し黙ってしまったザリーナにノックスは心の内で変なことを言ってしまったかと考えていた。
「…ふふ。なるほど……確かにその通りだ。」
ザリーナはノックスに聞こえるか聞こえないか程度の声で呟いた。
そしてザリーナは立ち上がった。
「ありがとう。ノックス殿。国境に着くまでの間、少しでいいからまた手合わせをお願いしても宜しいか?」
「…え?…あ、あぁ、かまわない。」
「では、よろしく頼む。」
ザリーナから手を差し出され、ノックスもそれに応じた。
「ノエル殿もアイン殿も、そろそろ晩飯が出来上がるそうだ。一段落したら宿へと戻ってきてくれ。」
「え!メシッスか!!やったーー!!!!」
「はしゃぐなアイン。みっともないぞ。」
「ノックス様もほら、早くメシ行くッスよー!!」
「そうだな。」
ノックスたち3人はザリーナの後に続いて宿へと戻ることにした。
3人よりも前を歩いていたザリーナの顔は、少し清々しい顔つきになっていた。