オーウェン商会
ロンメア王国から東へ伸びる街道。
比較的道が整備されており、所々に休憩所が設けられている。
そこを旅人や行商人、あるいは冒険者などが行き交っていた。
ノックスたち一行もまた、東のウィンディア王国領へと向けて馬車に揺られていた。
そこから見える風景からは所々に集落も見えていたが、日本で住んでいたノックスからすれば田舎のように殺風景であった。
モンスターの襲撃にも備えていたノックスたちであったが、街道にはいくつか駐屯地もあり、衛兵が控えていたり、街道の護衛を任されたであろう冒険者たちがモンスターの討伐を行っているようであった。
手持ち無沙汰だったアインは荷台の中で魔力制御の訓練をしたり、ノエルは座禅を組んでイメージトレーニングをしていた。
そんな中ノックスは荷台から御者席へと顔をのぞかせた。
御者席にはザリーナの他に衛兵がもう1人座っており、その者が手網を引いていた。
「ザリーナ殿、ウィンディア王国領まではどのくらいかかるんだ?」
「…ここからだと、あと5日といったところだ。」
ノックスから急に話しかけられたザリーナは少し驚いたが、すぐさまノックスの問いに答えた。
ノックスはザリーナが日増しに自分と目も合わせてくれず、合わせたとしてもすぐさま顔を逸らされていた。
言葉尻がキツく、その理由も相まってノックスはザリーナに嫌われていると完全に勘違いしていたのだが。
「となるとどこかの村で休息だな。」
「大きい村だと今日はダリア村、4日後にはマンデル村で休息をと予定しております。」
手綱を握っていた衛兵が答えた。
「ダリア村にマンデル村、か。その村に特産品などは?」
「ダリア村は紅茶の栽培が盛んですね。ロンメア王国内でも人気が高い茶葉を育ててますよ。
マンデル村は私よりも…」
そう言いその衛兵はザリーナを見た。
が、ザリーナはにべもなく手であしらい、それを見た衛兵が自分で答えた。
「では私が。マンデル村も農村部ですが、あちらは小麦やトウモロコシの栽培が盛んですね。」
「なるほど。わかった、ありがとう。」
ノックスは荷台へと戻った。
軽く仮眠でもしようかと考えたが、舗装されているとはいえ荷台はかなりガタガタと揺れるため、とても寝られる状況ではなかった。
荷台から車輪を覗き込むと、そこにはサスペンションなどのクッション材などは無く、車輪の衝撃がそのまま荷台へと伝わっていた。
ノックスはそれを確認すると、頭の中で前世の記憶を引っ張り出し、車のタイヤ部分についていたサスペンションのしくみを考えていた。
もしも自分たちの馬車を手に入れられたなら、車輪部分にそういう仕組みを取り入れてみるのも面白いと考えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
馬車に揺られること6時間。
間に休憩を挟みつつも、一行はダリア村へと到着した。
早速馬車を繋ぎ、宿を取った。
先に聞いていた通り、ダリア村には広大な紅茶畑があり、商店にもたくさんの紅茶葉が売り出されていた。
ナバルの指導のおかげで紅茶の楽しみ方を知ったノックスはあれからも色々な品種の紅茶を飲んでいたので、摘みたての紅茶葉が少し楽しみであった。
ちなみにアインは馬車の揺れに酔い、顔を真っ青にしていたので取った宿で早速横になっていた。
ノックスが商店で紅茶葉を吟味していた時だった。
「兄さん、若いのに紅茶を楽しんでるんですなぁ。ワイも紅茶にはちぃとばかしうるさいんですけど、ここの紅茶葉は絶品ですわ。」
「…そうなのか。」
いきなり話しかけてきた男を訝しみつつも応答した。
「あぁ、いきなり話しかけてすまんです。若いのに紅茶葉を吟味しとる兄さんを見かけたもんで、堪らずに声を掛けただけですわ。」
その男はスーツを着用していたが、上から下まで白のスーツに白の中折れ帽を被り、サングラスという出で立ちであった。
「…あなたのオススメは?」
「そうですなぁ。…これなんかどないやろ?渋みの中にも深いコクがあって中々楽しませてくれますよぉ。こっちなんかもオススメですなぁ。こっちは香りが豊かでフルーティな味わいですかねぇ。」
「…ふむ。わかった。それならば両方いただこう。」
ノックスは言われるがまま男がオススメした紅茶葉を手に取った。
「いやぁ、やっぱり紅茶はええですなぁ!こんな見ず知らずのワイの話を真面目に聞いてくれる紳士っぷり。兄さんはまだ若いのに向上心があって素晴らしいですわぁ!」
「…その言葉遣いはどこかの方言で?」
「あぁ、この喋り方ですか。これはネブラ地方の方言ですわ。ワイはロンメアの西にある領の中でもちいさい村の出でして、この喋り方が抜けんのですわ。
お気に障ったんなら悪しからず。」
「いや、そういう訳じゃない。」
「話の分かる兄さんで良かったぁ!いやぁ、ここで出会ったのも何かの縁ですなぁ。ワイ、行商人をやっとります、オーウェンと言います。オーウェン商会っちゅうちいさい商会の一応代表です。以後お見知り置きを。」
オーウェンはそう言うとノックスに名刺を手渡した。
「ノックスだ。」
「ノックスさんですな。ノックスさんは冒険者で?」
「まぁそうだな。」
「ワイの見たところ、かなりのやり手ですなぁ。長いこと行商人やってるもんで、人を見る目には多少自信があるんですが、どないやろか?」
「想像に任せる。」
「ははぁ、内緒っちゅうことですか。それはそうとして、もしもノックスさんが何か他所のもん買う時は、是非ともオーウェン商会に一声掛けてください。それなりにサービスしますよぉ。」
「行商人ということはウィンディアにも赴いたりするのか?」
「そらもうどこでも!『あなたの街にオーウェン商会♪』がモットーですから。」
「ということは教会にも?」
「…あそこだけはダメなんですわ。あそこに出入りできるのは入信者だけで、逆にあそこに入信したらこっちに来られへんなりますからなぁ。」
「そうなのか。いや、それなら安心した。教会と俺たちは相性が悪いものでな。」
「ノックス様、紅茶葉は見つかりましたか?」
「あぁ、良さそうな物をこちらのオーウェン殿が教えてくれた。」
ノックスの元にノエルが合流した。
「…これはこれは、そういう事でしたか。やっぱりワイの見る目は落ちてはいませんなぁ。安心してください。ワイらは教会とは無縁ですから!」
「ノックス様、こちらの方は…?」
「オーウェン殿と言う行商人で、オーウェン商会の代表だ。」
「左様でしたか。申し遅れました、私はノエルと申します。」
「これはご丁寧に。改めましてオーウェンです。
それにしても今日はツいてますわぁ。風の噂ではここにロンメア王国が誇る女性統括殿も来られてるらしいですからなぁ。」
「ザリーナ殿か。」
「おぉ!ノックスさんも耳が早いですなぁ!遠目でしか見たことがないもんで、一目でいいからその凛々しい姿を拝められればええんですけど。」
ザリーナと同行していることを明かしてもいいのか迷ったノックスだったが、そこまでの義理は無いと判断して黙っておくことにした。
「それじゃあノックスさん、ノエルさん、ワイはこの辺で失礼します。どうぞ、オーウェン商会をご贔屓に。」
「あぁ。覚えておく。」




