しばしの別れ
同行者を選定し、そろそろ出立しようかとノックスは挨拶にロンメア城へと赴いていた。
3ヶ月前の襲撃以降、教会からは新たな刺客が送り込まれていることもなく、至って平穏な生活を過ごしていた。
ただ、国王は当然教会に対し厳正な抗議文を送り付けていたのだが、教会からはなんの音沙汰も無かったことにかなり憤慨していたが。
今日を迎えるまでノックスが王国図書の閲覧と引き換えに王国兵の訓練の相手をしていたが、ザリーナは伸び悩んでいた。
ノックスは単なるスランプだろうと考えていたが、ワーグナーやハルバートはそれだけでは無いと断言していた。
「今まで奴はエリート街道まっしぐらだったからのう!生まれて初めて土をつけられたことで、プライドがへし折れたんじゃ!」
「それもあるが、ノックス殿の異常な強さを目の当たりにしたことで目指すべき方向性を見失ったのかもしれませんな。」
「なんにしても、ザリーナとて人間だったということよの!ガッハッハッ!!」
「ノックス殿にはスランプなどの経験は?」
「『悪魔の口』で毎日生きるか死ぬかだったからあまりスランプなど考えている余裕も無かったな。」
「左様ですか。さすがはノックス殿ですな。ですが、ノックス殿から受けられる訓練も今日が最後。それまでにザリーナが立ち直るかと思いきや…難しいようですな。」
「難しいことなど考えずにひたすらに打ち込めばよいものを!」
「そう言ってやるなワーグナー殿。…それに、おそらくザリーナが訓練に集中できないのは、それだけではないように見えますがね。」
「ガッハッハッ!ザリーナとて女だと言うことよのう!」
ハルバートやワーグナーを余所に、ザリーナの心中は複雑であった。
自分の中に生まれて初めて持つ感情を素直に受け入れられず、それを『弱さ』だと切り捨てる。
切り捨てたにも関わらず、日増しにノックスの事を考え、ノックスと対峙すると思うように体が動かない。
ノックスに見つめられると鼓動が早くなり、顔が紅潮する。
ザリーナはこの3ヶ月間、その葛藤に悩まされた。
剣を捨ててしまおうかとも考えた。
だが、それは必ず後悔することも自覚していた。
部下にザリーナは気丈に振る舞うも、隊員たちも皆、ザリーナの変化に気づいている。
今日はその問題のノックスがロンメアを立つために国王へと報告しに来た。
つまり、しばらくか、おそらくは永遠にノックスと会うことが無くなるのだ。
後輩であるアイシャは、ザリーナへと発破をかけた。
「統括。少しよいですか?」
ザリーナのいる執務室の扉を開け、アイシャが入ってきた。
「アイシャか。何の用だ?」
「その…ノックスさんのことです。」
『ノックス』という単語を聞いたザリーナは姿勢を正す。
「ノックス殿がなんだ?」
「今日国王陛下にご挨拶しに来てましたよね?てことは、今日か、もしくは明日にはこの国を立つのでは?」
「……それがなんだと言うのだ…」
「…では、ご無礼を承知で申します。
統括、このままでいいんですか!?ノックスさんをこのまま行かせちゃっても!もしかしたら永遠に会えなくなっちゃうんですよ!?」
「…それがなんだと言うのだ………」
「統括……今の統括は……見てられません。
統括はノックスさんのこと、好きなんです!
でもそれを『弱さ』だと認められないんです!」
「ア、アイシャ!貴様に私の何が分かると言うのだ!!」
「分かります!!統括はノックスさんのことが好きなのを認めたくないんです!!」
「分かっておらん!!わ、私は断じてノックス殿に対して浮ついた心を持ち合わせてなど!!」
「浮ついたっていいじゃないですか!!好きだっていいじゃないですか!!
人を好きになることは、悪いことじゃないです!!
それは……それは……絶対に『弱さ』なんかじゃありません…!!」
アイシャは目に涙を浮かべつつ訴えた。
「認めたっていいじゃないですか……ノックスさんのことを好きだって。
私だって…いや、誰だってノックスさんに憧れますよ。
あんな風に強くなれたらいいなって。
それに、あたしは統括にだって憧れてるんです…あたしと同じ女なのに強くて、他人だけじゃなく自分にも厳しい方で……」
「私に憧れるだと…?……こんなにも弱い私になど…」
「弱くなんかありません!!
お願いです統括。今の自分の気持ちを認めてあげてください!」
「………」
「あたし達みんな、統括が好きなんです。強くてカッコイイ統括のこと、その人の部下であること、自慢なんです。
だから……だから……」
「…もういい、アイシャ。」
「統括!」
「もうよい!!」
ザリーナは立ち上がり、泣いているアイシャを後に執務室を出ていった。
「……アイシャ。…ありがとう。」
立ち去り際、アイシャに感謝を述べて。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「早いものでもう貴殿がこの国に来られて4ヶ月か。」
「色々とお世話になりました。俺たちはこの国を立ちますが、どうか残された魔族たちのこと、宜しく頼みます。」
「当然だ。して、出立はいつ頃に?」
「明朝には出ようかと思ってます。」
「ほう。そのままウィンディアへ、か。心配せずともウィンディア国王にはすでに話を付けておる。お主ら魔族でも歓迎してくれるじゃろう。」
「それについてもありがとうございます。」
「たまにはこの国に帰ってこられよ。その時は存分にもてなそう。」
「それは楽しみです。その時には俺たちも何か手土産をお持ちさせていただきます。」
ノックスは国王へと報告を終え、謁見室を後にした。
部屋の外にはハルバートやワーグナーが迎えてくれており、それぞれ声を掛け合った。
「お主がこの国にまた戻ってくるまでには、ワシも今よりももっと力をつけておる!その時はまた再戦するぞ!!」
「ノックス殿が戻ってくれねばまたフェリスが騒ぐもので、いつでも帰ってきてください。」
「分かった。いつになるかは分からんが、必ずまた戻ってこよう。」
「ガッハッハッ!今から楽しみだ!!」
「ナバル殿たちは?」
「彼らは今は関所で警護です。」
「それは残念だ。彼らにも宜しく伝えておいてくれ。」
「了解です。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
明朝、集合場所にはノエルとアインがすでに到着していた。
そこには他にナタリアやモズ、リドルにローシュ、他にも非戦闘員の魔族達が見送りに来ていた。
ノックスがそこへ現れ、一人一人に声を掛けていた。
シャロンは気恥しそうにしていたが、最後にはノックスの足元に抱きついて涙をポロポロと流していた。
ノックスはシャロンと同じ目線まで腰をかがめ、シャロンの頭を撫でた。
「しばらく留守にする。その間、良い子にしてるんだぞ。」
穏やかな顔でシャロンに言い聞かせ、シャロンは流していた涙を袖でゴシゴシと拭き、大きく頷いた。
「皆も、しばらくの間よろしく頼む。」
スっと立ち上がりローシュたちそれぞれに目をやりながら簡単に挨拶を済ませた。
ノエルやアインも皆との挨拶を済ませ、そしてノックスたち3名はウィンディア領へと向けてロンメア王国を旅立った。