真剣
「報告には聞いていたが、あれほどの傷を一瞬で回復し切るとは…」
「恐れ入りますが、この国の医療魔術師とは比べ物になりませぬ。おそらくノックス殿の医療魔術でなければ、ワーグナーの左腕は一生使い物にならなくなっていたでしょう。」
「うむ。スラムに住んでいた魔族を治療しきったというのは、あながちデタラメではないようだな。」
国王とハルバートはノックスの回復魔術について話していた。
「それにあの剣術。力勝負でもスピード勝負でも、付与魔法を施したワーグナーを一蹴……ここからでもノックス殿の動きが微かにしか見えませんでした。」
「はっはっはっ!さすが『悪魔の口』の生還者は伊達ではないようだのう!」
「果たしてあれほどの戦いを見せられて、ザリーナ殿はどう戦うのか…」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
医療班がワーグナーを医務室へと運ばれていくのを見送ると、控えていたザリーナが闘技場へと現れた。
ザリーナは相変わらず鋭い眼光でノックスを睨みつけている。
「あのワーグナー相手にかすり傷一つ負わぬとは。少々貴殿の実力を見くびっていたようだ。」
「次はザリーナ殿とだな。このままやるのか?」
「…少し提案がある。」
「なんだ?」
「次はお互い、“真剣”でやらぬか?このような木剣ではなく。それに貴殿には木剣などでは力不足だ。」
ノックスの攻撃に耐えられず、木剣は既に折れかかっていた。
「俺はどちらでも構わない。…が、その場合、最悪命を落とすこともあるが?」
「それならそこまでの実力だっただけのこと。
…何より貴殿とは、本気でやり合いたい。」
「…分かった。いいだろう。」
「お互い手を抜くのは無しだ。よいな?」
「あぁ。」
そこまで話し、一旦お互いが闘技場から立ち去った。
ザリーナはこれからは真剣での勝負という旨を国王にも伝え、さらに魔障壁の強度を最高硬度へと変えさせた。
更に、ザリーナの申し出により第1支部の部下を集め、観覧席から戦いを観覧させてもらうように国王へと願い出た。
国王もザリーナの願いを聞き入れ、第1支部の部下たちを観覧席に招集させた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ザリーナはワーグナーと戦うノックスを見て胸が高鳴った。
それは恋という物ではなく、単純にノックスの強さを見て、底が知れない実力に恐怖と、そして、そこまで実力を付けたノックスに敬意を持ったのだ。
ではなぜ真剣での勝負を申し出たのか。
1つはザリーナの戦闘スタイルでは木剣では活かされないという点。
もう1つは自身への戒めのため。
木剣では命まで取られないためどうしても緊張感が緩んでしまう。
そして、何よりもこの男に自分の実力がどれほど通用するのかを試したい。
おそらくこの男は、自分が出会った中でも比べ物にならないほどの強者。
もしも自分がこの戦いで命を落としたとしても悔いは無い。
そう思えるほど、ノックスの計り知れない力に半ば魅了されてしまっていた。
鎧を改めたザリーナは観覧席にいる部下たちの元へ行き、自身の胸の内を話した。
「この戦いで、もしかすると私は命を落とすやもしれぬ。
だが、こうしてお前たちをここに呼んだのは、いざと言う時の仇討ちのためではない。
これ程の実力者がいるのだということを、お前たちにも見てもらい、知ってもらいたいのだ。
このような我儘を言って申し訳ないのだが、これから戦うノックスという男とは、私の全身全霊をかけて戦う。
そして、それをお前たちに見てもらいたい。
ただそれだけのためだ。
許してくれ。」
と言い頭を下げた。
「総括!頭をお上げください!」
「そうです!!」
部下の衛兵たちがザリーナを気遣う。
そんな中、1人の女性の衛兵がザリーナへと問うた。
「総括ほどの御方にそこまで言わしめる程、そのノックスというのは驚異的なのでしょうか?」
「あぁ。私が今まで出会ってきた者の中で、間違いなく最強の男と断言しよう。」
「…総括は、自分とその男との戦いを見て、我々に学んでほしい。そういう事でしょうか?」
「それは各々に任せる。ハッキリ言ってあの男は比べ物になどならぬ。が、そこから何かを学び、活かせる者がいることを願うのみだ。」
「…かしこまりました…!では我々は、総括のその勇姿を見届ける義務があります!」
その言葉に部下の衛兵たちは皆、敬礼した。
「…すまんな。」
ザリーナは振り返り、口元をかすかに緩めた。
普段『冷血女王様』などと呼ばれている彼女は、皆にそのような姿を見られたくなかった。
そして、すでに闘技場にいるノックスへと目を向け、心の内で自身に喝を入れ、鋭い眼差しでノックスを睨みつけた。