陽動
「き、貴様ぁ!!よくも!!」
リーダーの男はローシュに剣戟を浴びせていた手を止め、ノエルにより仲間が殺されたことに激高した。
「戦いの最中よそ見をするとは…ナメられたものだ。」
ローシュの突きが男の腹に突き刺さった。
「なっ…!?お、おのれ…!!」
「お主らではワシらの敵にすらなり得ぬ。出しゃばったのはお主らであったな。」
ローシュはそう言うと突き刺した剣を引き抜き、さらに袈裟斬りを見舞って息の根を止めた。
その頃、アインは魔術師の男と戦闘していた。
が、ハッキリ言って勝負にすらならなかった。
なぜならアインはすでに無詠唱魔術を会得している。
威力こそまだ低いものの、詠唱と無詠唱では手数が違いすぎる。
アインは最初こそ警戒していたものの、ノックスから飛んでくる無詠唱魔術(それも殺人的レベル)に比べるとなんてことは無いと判断した。
アインから断続的に飛んでくる様々な魔術についに対応しきれなくなり、雷魔術で痺れさせた所へ巨大な氷柱が胸を貫き絶命させていた。
「なんか、あんま大したことない奴らで助かったッスね。」
「驕るなアイン。これもノックス様の訓練の賜物だ。」
「油断するなよ。別働隊がこちらへ来るだろう。」
「そちらは私が相手しよう。」
ナタリアは自身の感知スキルですでにこちらへやって来る別働隊を捉えていた。
「気配から察するに、コイツらほどではないが、油断はするなよナタリア。」
「当然よ。そんな奴らに遅れを取ってしまえば、ノックス様に会わす顔がないもの。」
別働隊がこちらへ合流したのだが、結果は火を見るより明らかであった。
ナタリアから繰り出された刺突や薙ぎ払いにより、襲撃者たちをものの見事に全滅せしめた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
襲撃者を報告し、亡骸を運ぶ手配を済ませた頃、ノックスがスラムへと戻ってきた。
「どうやら無事のようだな。」
「えぇ。勇者共でなかったのが幸いであった。」
「ノックス様のほうでも何か?」
「あぁ。だがその話は後だ。…出てこい。」
ノックスは建物の陰を見やり、殺気を放つ。
「気づいていたのか…」
「気配を殺していたようだがな。俺には分かる。」
すると建物の陰から黒いフードを目深に被った者が現れた。
「「「「「…!!??」」」」」
ローシュたちは驚き、すぐさま戦闘態勢に入る。
「…さすがにこれだけの数を相手にするのは骨が折れるな……本来なら安心して拠点に戻り、寝静まった所で暗殺を、と思ったのだが…」
「寝込みを、か。コイツらも陽動だった、というわけか。」
「あぁ…わざわざ我々が目立つようなことはしたくはなかったのだが……ん?」
「なんだ?」
「お前…さっきコイツら“も”、だと…?」
「あぁ。関所を襲撃してきた、アガルトとウェイドだったか?お前と似た格好をしていた奴らだ。
そいつらが他の者を狂戦士化させている間にお前らが密入国したと聞いている。」
「……その2人は?」
「俺が殺した。」
「……なに……こ、殺した…?貴様が…?」
黒フードは分かりやすく狼狽えた。
彼らからすれば完璧な策のはずであった。
関所を狂戦士たちに襲撃させている間に密入国。その後はスラムで派手に暴れさせ、撃退させたと安心させ、寝込みを襲う。
陽動に陽動を重ねた。
だがそれもこの男、ノックスによって全て台無しにされたのだ。
黒フードは自分たちの策が無意味に終わったことに苛立ちを覚えたが、アガルトとウェイド2人を相手に傷一つ負っていないノックスと自分との力量の差は感じていた。
この男は只者では無い。
勘が『今すぐ逃げるべきだ』と判断した。
男は確信し、
「それでは投降するとしよう…」
と言い、油断を誘う。
両手を上げつつ、右手に握りこんでいた煙玉を地面に勢いよく投げつけた。
その瞬間、ブシューっと勢いよく発煙し、一瞬にして辺り一帯に煙が立ちこめた。
「げほっげほっ…くそっ!!」
「くっ…!逃げるつもりか!!」
(当然だバカ共め。こんな化け物と戦うわけがない。
…それにしても魔族どもめ……次に会うときには必ず……)
黒フードは煙幕の中、さきほどチラッと想定していた脱出ルート通りに瞬時に移動する。
「ひれ伏せ。」
ノックスが放った重力魔法は的確に黒フードを捉え、超重力により黒フードは着地時に足の骨が砕け、地べたへと這い蹲った。