ノエル
ノエルは後悔していた。
自分だけが生かされていることを。
ロンメア王国領に入るまで幾度となく戦闘した。
仲間はどんどん傷つき、倒れ、死んでいく。
捕らえられた仲間は面白半分で手足を斬られたり、魔法の実験台にされたり、あるいは、嬲られた。
傷を負った時でもローシュは自分にではなく俺に回復薬を使わせた。
1番の手練であるローシュになぜかと問うと
「老い先の短い自分よりも将来のあるお前のためだ。」
と返ってきた。
俺に将来などない。
守るべき仲間を守れず、次々に倒れ、幾度となく仲間の死を見てきた。
無力。
俺は無力だ。
ロンメア王国に着いた時、五体満足なのは自分だけ。
モンスターの攻撃で怪我を負っていたが、ロンメア王国の治療院で治療を受けさせてもらえたのは自分だけ。
俺はその意味を自分なりに解釈した。
なぜ俺だけが生かされているのか。
それは、もしまた勇者共が来た時には俺が壁となり、死を賭して戦うためだ、と。
この日、俺の元に妙な男が1人でスラムに来たという情報が入った。
俺はいの一番にその男の元へと駆けた。
背後から伺ったその男は強者の気配をしていない。
なんならそこらに歩いている一般人と同じレベルだ。
男はゴロツキ共に魔族の居場所を聞いていた。
だがゴロツキ共が取り合うこともなく、その後男がなにかゴロツキ共と話したと思うと、急激に悪寒がした。
その気配にゴロツキ共が腰を抜かしたのだ。
だがまだこちらに気づいた様子は無い。
何よりもこれほどの気配をする者が我々を探しているなど見過ごす訳にはいかない。
磨いた暗殺の腕で背後から忍び寄り、一閃。
本来ならこれで首と胴が泣き別れている。
はずだった。
俺は躱されたことにすら一瞬気づかなかった。
振り返ると斬ったはずの男は先程居た場所から1歩も動いた様子はなく飄々としている。
男の話によると危害を加えるつもりはない、と。
さらに何やら調整すると言うと、さっきまで感じていた恐ろしいほどの気配が消え失せていた。
戦う意思は無いようだ。
もしかするとそれが嘘で、仲間の元へ案内されたところで皆殺しにしてくるかもしれない。
が、勇者達のような嫌な感じを受けない。
騙し討ちを画策してきた勇者達とは違い、ヘラヘラとした嫌な笑みを浮かべてもいない。
むしろ憐れむでもなく、真っ直ぐ真剣な眼差しには何か信用していいような、そんな感じがする。
その感覚に委ねていいのか悩む。
俺はその感覚に賭け、男を仲間たちの元へと案内した。
男は名をノックスと名乗り、ローシュの話を真剣に聞いていた。
驚いたのは彼自身は魔族と人族のハーフだというのだ。
彼の境遇にはさらに驚かされた。
そしてその後、俺は信じられないものを見た。
仲間の怪我はおろか、死を待つばかりの仲間の傷を治したのだ。
俺はこの時確信した。
俺が今日この日まで生かされていたのは、このお方と出会うためだったのだ、と。
そして俺は生涯このお方、ノックス様に仕え、従うのだ、と。
ノエルはそう心に誓った。