神の如き所業
【称号】とは、自身のステータス補正の掛かるものもあれば、周りに影響を与えるものも存在する。
例えば『勇者』。
この称号は自身の正義感により周りのものに希望を与え、奮起させる効果がある。
自身も正義感のもと、ステータス補正がかかり、普段の何倍ものステータス補正がかかるというもの。
まさに勇者と呼ぶにふさわしい称号である。
そしてノックスの持つ『魔王格』。
この称号は周りの者を畏怖させ従えさせる効果がある。
とりわけ同種にその効果が表れやすい。
そして、自身もまた、従えさせたもの達から崇拝されればされるほどにステータス補正がかかる。
本来は『魔王格』ではなく『魔王』なのだが、ノックスはまだ皆からは『魔王』として認められてはいない。
スケルトンは魔物であるため対象外であった。
それゆえに称号にはまだ“格”がついている。
ノックスは魔族と人族のハーフ。
魔族はもちろんのこと、人族のナバルらにもこの称号の影響が少なからずあったのだ。
ノックスはそんなことなど当然知らない。
ローシュの口から語られたように、仲間を募れという話に納得はするものの、果たして自分にそれだけの度量があるのか不安である。
だがやってもみないことにあれこれと考えたとて仕方は無い。
だか少し気がかりな事がある。
「仲間…か……確かにそういった存在はいたほうがいいだろう。だが、果たして教会との戦争に着いていきたいという者など集まるのか?」
「…確かに、そのような気概がある者など少ないかもしれん。
だがワシらの現状を見てくれ。ワシらは皆、教会に言われなき罪とやらで迫害され、仲間は次々と処刑された。
…家族もだ…
外の領ではまだ同族達が怯えている。
あるいは殺されている。
ここにいる者も皆、教会を恨みこそすれど、感謝など皆無。
もしもお主が本当に教会に楯突いて戦うというのならば、ワシらはそれに命の限り続くまでだ。」
ローシュは煌々と輝く赤い瞳で決意を込めてノックスに向ける。
隣にいるノエルも同じく決意を漲らせている。
近くから一連のやり取りを聞いていた他のもの達もゾロゾロと部屋へ流れ込む。
「俺たちも戦う!!」
「このまま教会の良いようにはさせない!!」
などと口々に言い合う。
改めて見やると10名ほど入ってきたのだが、五体満足な者は1人だけ。それも子供。少女だ。
だが子供の割に感情が宿っていない。
さながら人形のような顔。
おそらくは凄惨な過去があり、絶望し、感情が消え失せてしまったのだろうと推察する。
ノックスがその少女のことについて推察しているとローシュが
「…この子は目の前で両親をいたぶられ、殺されたのだ。その後、姉共々捕えられ………面白半分で嬲られたのだ………ワシらが見つけ、人間共から姉妹を助け出せたのだが、姉のほうは衰弱が酷く事切れていたのだ……
その子だけは助けられたが、…もう二度と子を産めんだろう………」
ノックスは妹のルナと重ね合わせる。
ルナがまだ生きているならば、この少女はルナより年下であろう。
想像してはいたものの、凄惨な過去を聞いて眉間にシワが寄る。
ノックスが少女に近づく。
少女は虚ろな目で口を半開きにしたままであった。
少女を同伴してきた女性に
「確認する。すこしいいか?」
と尋ねる。
女性はローシュを見やると、ローシュが頷く。
「…え、えぇ…」
とノックスに回答する。
そしてノックスは少女の服をめくり始めた。
少女の体は手足こそ欠損は無かったものの、とてもひどい状態であった。
体には複数の打撲痕。裂傷の痕も見られる。
傷口の周りから毒が入り込んだのか、変色している部分もある。
両腕は骨折し、骨が正常な状態でくっついておらず、軽く湾曲している。
口にも何本も折れた前歯が見て取れた。
ノックスはそれらを確認し、静かに立ち上がる。
そして
「…他にも重傷者は…?」
とローシュへ向き直る。
「他に3名おる。……が、金も無くまともに治療もできん。あったとしても……その3名はもう…無理だろう。」
ローシュは沈痛な面持ちで答えた。
ノックスは少女の頭に手を乗せ
「…解毒し、治療せよ。」
と唱えた。
ノックスの手の平から放たれた温かみのある光が少女を包み込む。
するとみるみるうちに折れた両腕の骨が正常な位置へ、折れた歯は生え、体を蝕んでいた毒が消え体色が戻り、傷や打撲痕が消えていく。
少女は自分の体に起きた異変に気づき、失われていた光を再び目に宿す。
そして自身の両腕や身体にあった傷跡が消え失せているのを見るや、ペタンと腰から崩れ落ちた。
そして、声も出さずにノックスを見つめたまま、やがてポロポロと涙を流し始めた。
「「「「「…なっ…!!??」」」」」
「なんと、すさまじい…!」
ローシュ達皆が驚嘆する。
その後ノックスはそこにいた全員を治療した。
ノックスの治療により手足が戻り、潰れていた眼球が再生され、体を蝕んでいた毒が解毒し、大小含めた様々な傷が消え失せた。
皆は信じられない奇跡を目の当たりにしたかのようにその場へと崩れ落ち、涙を流してノックスに感謝した。
「伏せている3人のところへ案内を。」
とノックスはローシュに促した。
「ノックス殿、ありがたき申し出だが、その3名は…」
「そんなことはいい。早く見せろ。」
「…わかった。ついてまいれ。」
ローシュに案内され、伏せている3名の病床へとやってきた。
ローシュの話で何となく察していたものの、本当に酷い有様だった。
1人は手足全て失い、傷口が壊死している。
体にも複数の毒が回っているせいか、体色がまだら。
もう1人は足が1本失われ、顔には包帯が巻かれている。
だが包帯越しに見ても顔の面積が異様に小さい。片方の肺が潰れているのか、ヒュー、というすきま風のような頼りない呼吸音でもってかろうじて生きている。
最後の一人は右腕が肩から先が失われており、それ以上き目に付いたのは体の半分以上が焼けただれている。既に炭化している部分まである。
3人が3人とも、性別すらも分からないほどに凄惨な状態であった。
既に3名とも意識が混濁しており、いつ死んでもおかしくない状態である。
ノックスはすぐさま解毒し治療を施した。
光に包まれた3名はみるみる回復・再生していく。
死の瀬戸際にいた3名はノックスの手により完全に回復したのだ。
その光景を見ていたローシュはドサッと腰から崩れ落ち、
「し、信じられん…こんなことが…!」
と驚嘆している。
それも無理もない。
ロンメア王国でも治療院はある。
だが、魔導師による治療にも限界はある。
失われた四肢が再生したり、潰れた眼球を元通りにするなど治療院でも不可能だ。
ましてやこの3名に関しては、治療できる魔道士などこの世界中のどこを探してもいるはずがない。
まさに神の如き所業。
ローシュ達はその神の所業とも言える奇跡を目の当たりにしたのだ。
「あ…、ありえない……こんな…こんなことが……」
ローシュ達はノックスの治療を未だに信じられないでいた。
「失われた血までは回復できん。まだ体がダルいだろうが、栄養は摂れるだけ摂るようにしておくんだ。」