勇魔大戦
襲撃者は入り組んだ道を右に左に曲がり、迷うことなく進んでいく。
やがて、古びた建物の扉の前で立ち止まった。
「…ここで少し待て。」
「わかった。」
ここに来るまでの間、殺気立った気配がいくつかあったが、襲撃してくることは無かった。
おそらくはこの襲撃者の仲間なのだろう。
しばらくすると扉が開き、さっきの襲撃者から
「入れ。」
と許可が出る。
案内されるがまま、扉の中に入る。
建物の中はかなり薄暗い。
が、その中に2つの人影を確認した。
1人はさっきの襲撃者。もう1人は…赤い瞳がギラリとノックスを見つめている。
「…さて、部外者よ。なぜワシらを探しに来た?」
と年季の入った声がする。
「13年前、家族が襲撃され両親が死んだ。そしてルナという少女が何者かに連れ去られた。俺はその子の兄のノックスだ。俺はルナが今どこにいるのか探している。」
「……となると、お前も魔族か?」
「あぁ。厳密には俺と妹は魔族と人族のハーフだ。」
「そうであったのか。13年前…か…」
一呼吸おいた後、
「失礼したな、同族の物よ…。ワシの名はローシュ。…そしてこやつはノエルだ。」
「…先程は失礼致しました。」
紹介されたノエルは被っていたマスクを取り外した。
露わになった顔には黒い結膜に赤い瞳が輝いている。
「…さて、お前さんも見てわかる通り、魔族は本来、黒い結膜に赤い瞳を持つ。…が、お主は本当に魔族なのか?」
「俺の父親は確かにそうであった。だが俺や妹は母の影響か、そういった特徴は持ち合わせていない。」
「…して、父親の名は?」
「…覚えていない。顔は思い出せるが…」
そうして、ノックスは今日まで至る経緯を話した。
ローシュもノエルも『悪魔の口』からの生還についてはかなり驚いていた。
「……なるほどな。…お主も地獄を見たようだな。」
そう言うとローシュは部屋に明かりを灯した。
灯りのもとでローシュを改めて見やると、左腕が肘から先が無くなっており、顔にはいくつもの切り傷が見て取れた。
「…13年前に起こったことを、お主にも話しておこう。」
ローシュの口から13年前に起きた魔族討伐の話を聞かされた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
事の発端は今より15年前まで遡る。
当時の教皇が崩御し、次代としてアズラエルという男が教皇の座に就く。
アズラエルは教会のなかでも強硬派。
魔族の排斥、勇者の排出を信条に掲げている。
というのも、大昔の勇魔大戦では魔族の王が人族を迫害し、恐怖により支配していたのだという。
そんな中、後に勇者と呼ばれる一行を先頭に立ち上がり、魔王へ反逆したのだ。
魔王を見事倒すことが出来たが、勇者達一行も力尽きてしまった。
だが、勇魔大戦は人族の勝利で終息した。
その後、教会は勇者達に祝福を与えた存在として確立する。
名前をサントアルバ教会とし、魔族を倒すにあたり大いなる祝福を授けた教会として力を持ったのだ。
なので教会には魔族排斥派が多数いるのだとか。
近年では魔族排斥よりも話し合いの場を設けるべきだという穏健派が主流だったのだが、アズラエルが裏から手を回し、教皇の座についたのだとも言われている。
教皇の座に就いたアズラエルは人事を一新し、穏健派の者を排除していった。
そして13年前、一斉に勇者パーティが命令を受け、魔族排斥に動いたのだという。
魔族だけに関わらず、魔族と関係がある者や魔族を庇護した者までもが一斉に処刑されていった。
魔族が他種族にあまり好まれていないのは、過去の勇魔大戦よりも、むしろこの魔族排斥運動によるものの影響が大きいのだという。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ルナのことについては分からず終いであった。
が、やはりというか教会が関わっていることに改めて教会への怒りの感情が巻き起こる。
「…すまぬな。妹のことについて協力できずに。」
「…かまわない。大体の検討はついてる。」
「…して、お主はこれから教会を相手にどう立ち向かうのだ?」
「知れたこと。向かってくる奴らは切り捨てるまで。」
「…勇者どもを…甘く見てはいけません…」
ノエルが横から会話に入る。
「奴らはとても強いのです。貴方が強いと言えど、勇者どもが束になってくれば一溜りもありません。」
「…だからと言って妹の保護を諦めるつもりはない。……何よりあれから13年も待たせている。」
「それに相手は勇者だけではありません。教会の祝福により勇者の称号を得るのはひと握り。ですが、それ以外の者も賢者や竜騎士といった上位の称号を得ているのです!」
「………だからなんだと言う…?言ったはずだ。向かってくる奴らは皆殺しにするまでだ、と。」
ノックスから異様なほどの殺気が漏れ出る。
ビリビリとした殺気にノエルは思わず後ずさる。
「ノックス殿、仮にそれで妹を取り戻せた、としても、教会から刺客が送り込まれる。それら全ても皆殺しにする、というのか?」
ノックスはローシュの言いたいことは分かっている。
妹を保護しながら送られてくる刺客から常に守り続けるのは不可能だ、ということだろう。
「…問題が教会にあるのなら、そのアズラエルに話をつける。…まあ、取り合うわけは無いだろうがな。」
「ノックス殿よ、『急いては事を仕損じる』という言葉がある。ワシが言いたいのは、お主1人でやらずとも良かろう、ということだ。」
言われてみてハッとする。
前世でも俺は誰かに『頼る』ということをしなかった。頼まれることはあっても頼むことはなかった。
そしてそれがどんどん悪い方向へ流れていき、結果的に自滅した。
『悪魔の口』から出る前に決めていた事であったのだが、相手が余りに大きい勢力であるのと、怒りでそれを失念していた。
「…仲間…か」
「そのとおりだ。お主のように教会に恨みを持つ者はいるだろう。教会に怯えて暮らしている者はもっといるだろう。『悪魔の口』から生還したお主が主となり、そういった者達を集めるほうが、ひいてはお主の妹に安全な場所を提供できるのではあるまいか?
お主が今の立場でいきなり教会に刃を向ければ、報復にこのロンメア王国が攻め入られる口実になるやもしれん。」
「…俺にそれだけの度量があると?」
「それはまだわからぬ。…だが、お主には何かを感じる。…形容し難いのだたが、惹かれる何かがあるように。」
それがノックスの持つ称号『魔王格』の作用であることを、ノックスはまだ知らない。