スラム街
ロンメア王国は領土も去ることながら、街も広大である。
真ん中に王城があり、住居、食事処、鍛冶屋、服屋、魔道具店など、様々な家や店が立ち並んでいる。
だがそんなロンメア王国にもスラム街がある。
ここには親に先立たれた子ども、軽犯罪を繰り返している犯罪者、違法な風俗業、身寄りのない老人など、社会から爪弾きにされた者が集まっている。
ノックスがこのスラムに訪れた理由は1つ。
魔族を探していた。
先日のナバルの話では、魔族はあまり好まれていない。
偏見かもしれないが、魔族ならばこのスラムに人知れず住んでいるかもしれないと思ったからだ。
スラムには道端で生活しているであろう浮浪者が何人もいた。
スラムにノコノコとやってきた部外者であるノックスをみな鋭い目つきで睨んでいる。
ノックスはそんな浮浪者を1人ずつ確認しては魔族かどうかを吟味していた。
が、ノックスの知る魔族像は父親の容姿しかない。
魔族全てが父と同じく銀髪、長い耳、黒い結膜に赤い瞳とは限らないかもしれない。
1人ずつ吟味していたノックスはキリがないことは承知の上で継続して探す。
その時であった。
狭い路地から男たち数人が現れ、ノックスを取り囲む。
気配感知で男たちの存在は知っていたが、敢えて取り囲まれた。
「…よぉお兄さん……こんな真っ昼間にここに何しに来たか知らねえけどよぉ、ケガしたくないなら荷物を全部置いてきな…」
昔漫画で見たようなセリフに少し笑いそうになる。
従うつもりも毛頭ないが。
「断る。それよりここに魔族はいるか?」
ヘラヘラしていた男たちが急にシンとなる。
リーダー格の男が急に真剣な眼差しになり、その目には殺気が宿っている。
「…てめぇ、魔族を探しにここへきたのか…?」
「いるなら案内してくれ。危害を加えるつもりは無い。」
「だまれ!!どこの馬とも知らねえ野郎が、ノコノコとここに来て『魔族はどこ?危害は加えない』だと?なめてんのか!!」
「なめてなどいない。…が、そうだな…」
そうしてノックスは隠密スキルのレベルを調整した。
実は普段からノックスは隠密レベル10のうち9に調整してある。
10にすると完全に気配が絶たれて誰にも気付かれなくなってしまう。
なぜそうしてあるかというと、隠密レベルが無ければモンスター達はノックスに近寄りもしない。むしろ全力で逃げてしまう。
『悪魔の口』でもモンスターの近くで隠密レベルを1にしてみたら、モンスターはガタガタと震えだして、さらには口から泡を噴いて気絶した。
これは当然人もそうであろうと考えて常に隠密レベルを9にしてある。
これはノックスなりの配慮であったのだが、結果としてこの配慮がなければノックスは超危険人物として敵対されていただろう。
そして今回、実験の意味を込めて隠密レベルを7に下げた。
ノックスを取り囲んでいた男たちはさっきまでの威勢はどこへやら、足をワナワナさせて手にしていた武器を落とし、膝から崩れ落ちた。
効果は絶大のようである。
「もう一度聞くが、魔族はいるのか?」
「た、たすけてくれっ!!た、たのむ!!」
「さっきも言ったはずだ。危害を加えるつもりはない、とな。」
「ひ、ひいっ!!!!」
男たちの中には恐怖で小便を漏らしている者までいた。
その時である。
ノックスの背後から高速で近づき斬撃を与えようとした者がいた。
が、ノックスは上半身を捻り、軽く躱す。
襲撃者は不意打ちを躱されたことに驚いた。
が、すぐに我を取り戻し、ノックスに向き直る。
「…キサマ、何者だ?」
「俺の名はノックス。ここに魔族がいるのか探しに来ただけだ。」
「仮に魔族がいたとしたらどうするつもりだ?」
「どうもしない。聞きたいことがあるだけだ。」
ノックスはこの襲撃者に魔族の知人がいるのだと確信した。
襲撃者はフードのある服を着ており、性別は不明。声質からするとおそらくは男だ。
顔は狼のマスクでもって覆っているため分からない。
「案内してくれるだけでいい。先も言ったが、決して危害を加えるつもりはない。」
「…ならばなぜそのような気配を?」
「これでも調整したつもりだ。あのままではお前たちが取り合ってくれそうになかったのでな。」
そう言ってノックスは再び隠密レベルを9にした。
「……キサマ、只者ではないな?」
襲撃者はさっきまでの恐ろしい気配が消えたことに驚いた。
「そんなことはいい。…それで、どうなんだ?魔族を紹介してもらえるのか?」
「一つだけ答えろ。キサマは勇者、もしくはその仲間か?」
「違う。勇者は俺も探している。」
静寂が辺りを包む。
やがて意を決したのか、襲撃者は剣を鞘に収め
「…よかろう。ついてこい。」
と踵を返した。
腰を抜かした男たちのことは気にも留めずにノックスは襲撃者の後を着いて行った。