夜空に眩く輝く月のように
サントアルバ教国を訪れた後、ノックスらはレイロードやエストリア、ジガルダにも訪れ、同じように魔族の権利についての調印を取り付けた。
ただ、今日まで何も無かった、というわけでは無かった。
サントアルバ含めたこの4カ国には不穏分子も少なくなく、裏で結託してイブリースへ侵入し、ノックスを暗殺する計画があったのだ。
当然、表からの侵入など出来るはずも無く、地中を掘って進む先行部隊と、後から転移魔法により本陣を呼び込む作戦であり、先の大戦の折にリームスが行った策と同様のものであった。
しかしながら、その作戦は未遂に終わる。
というのも、アステル島の地中には、かつてノックスが暗黒魔術により作り上げたゴーレムがいるのだ。
ゴーレムは地中を掘り進めて来るその不穏分子らをすぐさま感知し、地魔術を用いて捕獲した。
ゴーレムに捕らえられた者へ尋問し、暗殺計画を未然に防ぐことが出来たのだった。
尋問の結果、国の関与を仄めかす供述は取れたものの、証拠となるものは存在しなかった。
この暗殺計画が国の主導によるものかは定かではないが、そういう輩がまた懲りずにイブリースへ攻めてくることもある。
サントアルバ含めたその4カ国には、すぐにでも魔族の権利を認めさせる必要があったのだ。
もしもまた暗殺を企てる者がいたとして、それが実は裏では国が主導していた、というのなら、今度は容赦はしない。
その体裁を整えさせるためでもあった。
牙を完全に抜かれたレイロードやエストリア、ジガルダの代表らは大人しくイブリースとの調印を交わしていた。
ヘイル・ロズとの関係はとても良好であり、ヘイル・ロズはイブリースと同盟を結ぶ事となった。
これには他の国々も驚いていた。
セオドア皇帝もイブリースへと来訪した。
そこでイブリースの持つ科学に、まるで子供のように目を輝かせたりもしていた。
特に科学についての談義は気に入ったらしく、ノックスへの土産として最高級のバーボンウィスキーを持参し、2人して夜中まで語り合ったほどであった。
レイカについてだが、あれからはノックスの目の前に現れることは無かった。
ノックスの『虚空』により固有魔法を消し去られたレイカだが、それを差し引いても個人の戦闘力で言えば申し分は無い。
風の噂によると、バスツール国にあるギルド本部にて、実力を見込まれて若手の冒険者らの指導員として雇われた、との事らしい。
フィオナは日に日に成長を見せ、今ではハイハイが出来るほどになっていた。
フィオナはノアにとても懐いているようであり、ノアも自身の背に乗るフィオナを嫌がる様子もなく、フィオナを背に乗せて色んな場所へと出掛けたりもしていた。
ラインハルトは24時間体制でフィオナの護衛を受けてくれた。
そんなフィオナだが、ノックスにはべったりであった。
時折ノックスの顔に張り付いており、当初は使用人や部下らも肝を冷やしたりしていたが、当のノックスは誰にも見せたことの無い笑顔でフィオナをあやし、皆は驚いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
サントアルバ連合との戦争が集結して2年。
毎年、イブリースに作られた慰霊碑に献花が行われる。
イブリース兵は正装を着用して慰霊碑に向かって整列していた。
フィオナはザリーナに抱っこされているが、この式典の意味についてはまだ分かり兼ねているようで、色々と手を伸ばしては「アー」やら「ダー」という言葉を発していた。
慰霊碑の前にノックスと並び立ち、ノックスはノエルから花束を受け取った。
ノックスはそれを慰霊碑の献花台へと捧げ、一歩下がって手を合わせた。
ザリーナはフィオナの手を合わせるように手を添えた。
されるがままのフィオナはよく分からずに「ダブーー」という言葉を発し、ノックスに甘えようと目で訴えかける。
ノックスはフッと優しく笑みを浮かべながらフィオナの頭をポンポンと優しく撫でた。
ノックスは改めて慰霊碑へ向き直り、これまでの事を振り返る。
この世界に転生してから17年。
ここに至るまで、たくさんの出会いがあり、そして別れがあった。
初めて目覚めた時には、『悪魔の口』と呼ばれる場所であり、毎日生き延びるのに必死だったこと。
リッチを倒し、フィオナ含めスケルトンたちが仲間になったこと。
地龍を倒し、力を継承したこと。
地上に出てロンメアへと行き、ノエルたちと出会ったこと。
ザリーナと出会ったこと。
ウィンディアでは、初めて12使徒と戦闘したこと。
アステル島へ行き、ベリアルと戦闘したこと。
そこで拠点を構えたこと。
ムエルテ島へ行き、衰弱病の患者たちを救ったこと。
ルナを救出したこと。
教会と戦争したこと。
フィオナやアルフェウス、キリトを含め、たくさんの仲間を失ってしまったこと。
ザリーナと結婚したこと。
ヘイル・ロズ帝国では残党と戦闘し、挙句には御伽噺にある悪魔を倒したこと。
そして、娘が生まれたこと。
本当にたくさんの出会いと別れがあった。
その一つ一つは決して無駄ではない。
これからも様々な出会いと別れが、これからの自分を形作るのだろう。
これからも、どうかそれを見守ってて欲しい。
ノックスはゆっくりと目を開け、最後に礼をした。
振り返ると、そこには何百というイブリース兵が整列し、ノックスの言葉を待っていた。
ノックスはゆっくりと口を開く。
「………今日まで、俺たちイブリース王国が来れたのは、一重にお前たちイブリース兵らだけでなく、ここに住まう住民らの協力に、他国からの支援。そしてなにより、先の戦争で亡くなってしまったここに眠る英霊たちのおかげだ。」
「………先の戦争では我々の勝利となったが、それは何の犠牲も無かった訳では無い。失った者は、二度とは戻らない。」
「だからこそ、今ある者を大事にする必要がある。家族や友人、恋人。そのどれもが、誰かにとってはかけがえの無い存在である。」
「…俺たちはようやっと平和を築き上げた。
だが、平和とは脆く、簡単なことで崩れ去る。俺たちがどれだけ安寧を求めても、それを許さない者がいる。」
「……それに、世界にはまだまだ、暗闇に囚われた者がいる。誰かの助けを求めている者がいる。あるいは、助けを諦めてしまった者がいる。」
「………俺も、たくさんの仲間に支えられた。それは今もだ。
どれだけ深い闇に囚われていても、いつの日か光が差し込む。」
「夜空に眩く輝く月のように、必ずどこかに光が灯る。」
「……俺たちイブリース王国は、その誰かの光で在らねばならない。」
「……それこそが、ここに眠る英霊たちへの、俺たちが出来る最大限の餞だ。」
「……今一度、その誓いを、彼らに捧げよう。」
ノックスがくるりと振り返り、慰霊碑へと向き直る。
そしてノックスが敬礼すると、イブリース兵全員が一斉に敬礼した。
敬礼が終わり、ノックスが壇上を降りた。
そこにはノエルとラインハルトがおり、両者はまだ敬礼を止めてはいなかった。
「………ここまで来てもらったからには、悪いが最期まで付き合ってもらうぞ。」
「望むところです。」
ノエルは即答し、ラインハルトもまた声には出さずともその様子であった。
そうしてしめやかに慰霊祭が終了した。
ノックスは改めて心に誓う。
ひょんなことからこの身体に転生した。
この身体、ノックス少年に起きた理不尽は、この世界ではまだまだ蔓延っている。
ひと握りの権力者のために、蹂躙されてよい命など存在しない。
そんな理不尽は、決して許してはならない。
それが、それこそが。
理不尽に殺された子供に転生した、俺の責務である。




