新たなる命
残党との戦いが終わってはや1年が経過した。
イブリースの発展は留まることを知らず、今では住民の数が10万を超えていた。
飛空艇はさらに進化を続け、天候の変化に強く、燃費が良くなった。
さらに、従来は回転するプロペラにより巻き起こった風を飛空艇の底部から噴射していたが、それを斜め横方向に射出するよう改良もされた。
これにより、飛空艇の真下からくる強風を軽減させることに成功し、安定性まで増したのだ。
小型の飛空艇が量産され、交通の便は飛空艇が主流となっていた。
空域はノックスの指示により厳密に区画分けされ、違反者には相応の罰金を科していた。
住民の生活では、各家庭に風呂が設けられ、シャワーまで完備されている。
ルナの発案により各家庭には冷暖房の設備が配備された。
従来は寒ければ薪を燃やし、暑ければ魔石に氷魔術を付与させて冷やす、というのが主流だった。
ルナはノックスから聞いた地球の冷暖房に着目し、この世界でどうすれば作れるかを模索した。
魔術がある、とはいえ、部屋全体を暖かくしたり涼しくするというのは大変である。
ただ、その設備を作ろうにも今度はエネルギー問題に直面する。
ダムによる水力発電には限界があった。
そこで、ルナはノックスから以前に聞いていた太陽光発電に着目する。
当初は太陽からくる熱を魔石に吸収させ、エネルギーとして使えないかと考えていたが、こちらは失敗に終わった。
太陽の熱エネルギーのみを吸収させるとなると装置が大掛かりになり、必要とする魔石の量も膨大になるためだ。
そこで、仕組みについてリョウヤに尋ねた。
地球での太陽光発電の仕組みでは半導体を使用する。
リョウヤは『鑑定』を使用し、半導体素材を見つけ出す。
それにより大量の太陽光発電設備を拡充させた。
あとはそのエネルギーを冷暖房へと割り当てる。
太陽光発電により得た電気を、火魔術や氷魔術に変換させるのだ。
これにより国内の住居に冷暖房が完備され、夏は涼しく冬は暖かい、さらには環境に優しい設備が設置された。
これらの施策は国民に大いに受け入れられ、特に女中や普段家事をしている奥様方からは、ルナは女神として祭り上げられた。
リョウヤは開発部に所属しながらも学校で教鞭を執り、その科学知識は広く国民に知れ渡っていた。
そんなリョウヤの知識に魅了されたのか、最近ではルミナの矛先はノックスではなくリョウヤへと向いていたが。
ミラもリョウヤの元で知識を蓄え、その深い知識に驚かされたりもした。
しかし、当のリョウヤはミラの持つ天才的な数学力に舌を巻くほどだった。
「……さすがリョウヤさん……なんでも知っていて凄いです……!」
そう褒めるミラに対し、リョウヤは頭をポリポリと掻く。
「……まぁ、僕は教えられた知識を披露してるだけに過ぎないよ。僕から言わせれば、この世界でそこまで数学的知識が深いミラのほうが凄いと思うけど……
……虚数の概念もすんなり受け入れたし……」
「……そ、そうですかね……」
そう言うミラは嬉しそうにしていた。
一方で、ロザリオはあれからもノエルの直属の部下として精力的に働き、今では総隊長補佐として任命されている。
普段から生真面目なノエルであったが、ロザリオも同じく生真面目な性格であり波長が合ったのか、2人は自作ダンジョンで訓練を欠かさずに行ったりもしていた。
それにより2人の実力はみるみると高まり、今ではベリアルと肩を並べる程にまで成長しており、ベリアルは焦ってダンジョンでレベル上げを行ったりもしていた。
ナタリアとモズは相変わらずであり、未だにノックスの第2夫人の座を狙っている。
だが、レヴィアは少しばかりノックスへのアプローチが少なくなっていた。
と言うのも、どうやらロザリオがレヴィアへと猛アプローチを行い、最初こそ相手にされていなかったものの、最近では若干距離が縮まっているとのウワサのようである。
アインとマイナの関係性については、少しばかり進展があったようだった。
普段はあまり頼りないアインだったが、マイナはそんなアインを放っておけない性格のようであり、何かにつけて面倒を見ていたりした。
しかし、ここぞと言う時には男気を見せるアインに、マイナは少なからず心を惹かれたりもしていた。
リドルは後輩の面倒見も良く、若い子たちからの人気が高かった。
そんなリドルだったが、半年前に結婚式が行われた。
相手は人族で、控えめな女性であった。
結婚式といえば、コンラッドとジーナもリドルらよりも2ヶ月前に結婚式が行われ、すでにジーナのお腹には2人の子どもを授かっていた。
コリンとアテナは相変わらずの距離感であり、互いにまだ恋仲に進展はしなさそうな雰囲気であった。
アイザックはその容姿から女性からの人気が高く、ファンクラブも存在するほどであったが、まだ誰とも恋仲になっている訳ではなかった。
というのも、アイザックの目当ての女性は、ルナだったのだ。
アイザックはコリンとアテナに協力してもらい、ルナから理想の男性像を聞いたりしていた。
ルナは
「お兄ちゃんみたいな人!」
と答えたことで、アイザックの目標はノックスのように強くたくましい男になると目標をかかげ、たまにノエルとロザリオと共にダンジョンへと通ったりもしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王城の医務室では、新たな命が誕生しようとしていた。
これにはいつも冷静に見えるノックスでも狼狽え、産気づいたザリーナをノックスが抱えて医務室へと運び込もうとしたが、いくらか部屋を間違えたりしていた。
医務室の前ではノックスは神妙な面持ちで出産が無事に終わることを祈っていた。
それから数時間後、医務室からは元気な赤ん坊の泣き声が聞こえ、ノックスの表情は緩み、肩の力を抜いていた。
その後助産師が扉からノックスを呼ぶ。
「おめでとうございます!!元気な女の子ですよ!!」
赤ん坊は毛布に包まれ、ザリーナの腕に抱かれていた。
「……俺たちに……娘が………!」
「……ふふ………どうやら目元はノックス似のようだ……私に似たらどうしようかと思っていたが……」
「……そんなことはない。ザリーナ、よく頑張ってくれた……」
ノックスは優しくザリーナのお腹に手を添えて、治癒魔術を施した。
「両陛下、お名前はもうお決めになられているのでしょうか?」
様子を見守っていた助産師が尋ねる。
「あぁ。ザリーナと相談してすでに決めている。」
ノックスらは生まれるより数日前に、2人で子供の名前について相談していたのだった。
「この子の名は『フィオナ』。」
「『フィオナ』ちゃんですね。とても良いお名前だと!」
その後助産師はフィオナを連れて王城のバルコニーに出た。
そこではザリーナの出産を今か今かと待ちわびている住人が大勢詰め寄せていた。
「たった今、両陛下の元に新しい命が誕生致しました!とても元気な女の子です!
お名前は、『フィオナ』ちゃんです!!」
その瞬間聴衆から歓声が聞こえ、拍手喝采が巻き起こった。
その様子はテレビを通して大通りにある広場にも映し出され、国中がお祝いしてくれていた。
医務室にいたノックスとザリーナにもその歓声や拍手が聞こえ、これだけたくさんの人から祝福されていることに嬉しさがありながらも、ザリーナは少し不安そうな表情をしていた。
「……こんな私でも、良い母親になれるのだろうか……?」
「……そんなことを言えば俺だってそうさ。」
「………私が母親になるとは……昔は思ってもみなかった………」
「………フィオナの誕生日でもあるが、同時に俺たちが父親母親の誕生日でもあるわけだ。」
「……ふふ……言われてみれば確かにそうかもしれないな。」
フィオナの誕生はストレンジ夫妻も初孫ということで急いで駆けつけ、目に入れても痛くないほどに可愛がっていた。
ルナも初めての姪っ子にとても喜び、毎日のようにフィオナの面倒を見てくれたりもしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ノックスはサンドアルバ教国に訪れ、魔族の権利を正式に認めるよう調印を取り付けた。
その際、ノックスはキリトの妹であるリーネが司祭から司教へと格上げされていたことを確認した。
ノックスはリーネの元へと歩み寄り、リーネを見下ろす。
「………なんですか………?」
リーネはノックスを睨むような鋭い目つきで見て問いかけた。
「俺たちが憎いか?」
「…………………」
リーネはノックスからの質問には黙ったまま答えなかった。
「お互い、過去の遺恨をすぐさま解消することは出来ん。
だが、俺は戦争などしたくはない。殺し殺されを続ける修羅の世界など、一体誰が望む。」
「…………………」
「だからこそ、歩み寄りが必要なのだ。俺が今後も力で教会をねじ伏せることも可能だろう。だが、それでは新たな火種を生む。
……リーネと言ったな。」
「………はい…………」
「まだ若いお前は、今後この教会を背負う事になる。
いつの日か、本当の意味で互いの手を取り合えることを切に願う。」
ノックスは踵を返し、リーネの元から去っていった。
リーネは当初、ノックスの事が怖かった。
だからこそ身構えた。
何かこちらを罵倒するなら望むところだと。
しかし、ノックスから発せられた言葉になにも言い返せなかった。
あの戦争では、互いに多くの死者を出した。
……いや、死者の数なら、圧倒的に教会側が多い。
だが、イブリースは本当に悪なのだろうか?
魔族は、教会が教えてきたような悪なのだろうか?
『魔王』は、本当に危険な存在なのだろうか?
ノックスは、教会を滅ぼす魔王なのだろうか?
過去にいくつもの戦争が行われ、そこには当然勝者がおり、敗者がいた。
勝者は敗者に対し、今までどんな仕打ちを行ってきたか。
ある者は見せしめになぶり殺され、ある者は面白半分で殺された。
敗者に人権など無いのだ。
だがイブリースはどうだろうか?
この戦争で勝者となったイブリースだったが、敗者に圧政を強いることはしなかった。
そう考えているリーネに、ノックスの先の言葉が胸に突き刺さる。
『殺し殺されを続ける修羅の世界など、一体誰が望む。』
誰も望んで戦争なんかしたくはない。
けど、そうせざるを得ない状況もある。
『だからこそ、歩み寄りが必要なのだ。』
リーネは去ってゆくノックスの背に向き直り、先程とは違った、決意に満ちた目でノックスを見送った。