『背信』
それからあっという間に2ヶ月が過ぎた。
イブリースにリョウヤが加わった事で、技術革命が巻き起こっていた。
リョウヤは持ち前の科学知識と、『鑑定』による知見を増やし、それらを組み合わせて様々な物を作り上げた。
その1つとして、テレビの存在である。
カメラにより映し出された映像を電気信号として飛ばし、テレビ側はそれを受信して映像として出力する。
この仕組みを再現するにあたり、ルミナが過去に作ったマジックパウダーの理論を組み込む。
特に、マジックパウダーの素材の中にはサイコウモリが使用されており、彼らはテレパシーで会話を行う。
そこに着目し、テレビにも応用が出来るのではと考えたのだ。
ただし、サイコウモリの捕獲にあたってはデュバルが先だって行うこととなり、サイコウモリの恐ろしさを知らないデュバルらは泣きを見たのは言うまでも無かったが。
その苦労の甲斐もあり、テレビがこの世界で初めて映し出された時は、涙を流して喜んでいた。
原理そのものが違うために、地球にあるブラウン管型やプラズマ、液晶とは違い、ホログラムを投影させる形のテレビとなったのだが。
さらにもう1つとして、『発光石』を用いた発明である。
アポカリプスに使用されていた『発光石』。
出力を調整することにより、電子レンジに応用させる。
それだけでなく、無線機に使用することでこれまで以上に広範囲にまで通信することが可能となった。
リョウヤが齎した科学知識により、中世を思わせていたこの世界が、一気に近代化したのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さらにそれから1ヶ月が経ち、イブリースにさらに嬉しいニュースが飛び込む。
それは、ザリーナ王妃が第1子を懐妊した、というのだ。
そのニュースは瞬く間に世界に知れ渡り、各国王から挙って祝いの言葉を贈られた。
ザリーナの妊娠を知ったノックスはそっと抱き寄せ、
「……ありがとう………!!」
とザリーナへ感謝していた。
街中はお祝いムードで溢れ、さらに活気で満ち溢れていた。
しかし、それをよく思わない者がいた。
――なぜ。
どうして私はこれほど惨めな思いをしなければならないのか。
ノックスは私の全てを奪い去った。
そんな男が、幸せそうにしているなど不愉快極まりない。
私には何も無い。
これから先、私は人を愛することは出来ない。
それもこれも、全てノックスのせいだ。
王妃のあの幸せに満ちた表情を見る度、本当に反吐が出る。
あのノックスから、今度こそ全て――
「……レイカ、少し、よいか?」
物思いに耽っていたところへ、突如ドアをノックする音と共に、ザリーナが現れた。
すぐさまいつもの表情へと取り繕い、何事も無いかのように振る舞う。
「……如何なされました?ザリーナ王妃。」
「いや、こちらに来てから、あまり元気そうでは無いだろうと思ってな。」
「私にお気を使わなくて構いませんが……」
「慣れぬ土地で、その上肩身も狭い思いをしているだろう。」
「……そんなことは……」
「レイカ、本当にありがとう。本来ならもっと早くに伝えるべきかとも思ったが、存外に忙しくなかなかその時間を取れなかった。」
「……いえ。ご配慮、ありがとうございます。私なら本当に大丈夫ですので。」
「……そうか。」
ザリーナはスっと椅子へと腰掛け、窓から見えるイブリースの城下町を見やった。
「……それで、レイカはこの国はどう思う?」
――どう思う、ですって……?
私にとっては苦痛極まりない場所よ。
私から全て奪い取った男が幸せそうにするだけでなく、その妻の補佐官に任命させられるなんて、誰が好き好んでやるというの。
……でも、その我慢もそろそろいいわよね。
「……とても素晴らしい国だと思います。」
そう、ここがあなたの墓場にして差し上げますわ。
「住民たちみんな活気があって、子供たちも元気に走り回れる。教会のように格差があるわけでもなく、みんな笑顔で素敵な国だと思います。」
「……ふふ……私もそう思う。産まれてくるこの子のためにも、今より良い国にしたいと、私もそう思っている。」
そうなの?それは残念ね。
ザリーナ王妃。
あなたには何の恨みも無いけど、あなたも腹の中のガキも。
もうおしまいにしてあげる。
あなたは私を信用してくれた。
だからこうして私の部屋に来て、無防備にも背中を晒してる。
確かに、実力ではあなたには到底及ばない。
でも、私の第2の固有魔法の前には
そんな力なんて、無意味なのよ。
……ただ、念の為に――
「……ザリーナ王妃。教会にあった本の中で、子供が無事に産まれてくるおまじないがあるのを思い出したのです。」
「……おまじない……?」
「はい。今からそのおまじないを行いますので、王妃はそのままリラックスしていてください。」
「ありがとうレイカ。では、頼む。」
「……いえいえ………」
ザリーナは椅子の背に凭れ、リラックスする。
レイカはその様子に歪んだ笑みを浮かべながら、魔力を練り上げてザリーナの肩に触れた。
レイカの固有魔法のうち、1つは『吸収』。
ロザリオも持つ固有魔法であり、相手の魔術を吸収することのできる固有魔法である。
レイカの第2の固有魔法。
それは、『背信』。
これは、相手が自分を信用している場合にのみ発動可能な固有魔法である。
この『背信』に掛けられた者は、意志を操作されてしまう。
そればかりか、自殺させることもできる魔法なのであった。
前世でノックスを裏切ったレイカに相応しい固有魔法である。
「……さぁて……ザリーナ王妃。このナイフで、赤子もろとも自殺してくださいね……」
そう言って机の上にナイフを置いた。
この3ヶ月の間に、レイカは計画を練っていた。
『背信』を使用して自殺させたとしても、逃走経路の確保が必要なのだ。
レイカはその為にこの3ヶ月間、ザリーナのためにと真面目に働いた。
そうして気を許した使用人らに『背信』を利用して、着々と逃走経路を確保したのだ。
王城外へと繋がる転移魔法陣を各所に配置させる。
そのほとんどがダミーであり、撹乱させる。
ザリーナを自殺させた後、転移魔法陣にて王城外へと転移し、その後はすばやくアステル島を去る。
警戒しなければならないのは、ノックスと、その配下にいる魔族組。
彼らは結局この3ヶ月間、誰一人としてレイカを信用してはいないだろう。
ゆっくりと、そして着実に計画を遂行させ、ようやく今日、実行に移した。
ザリーナは虚ろな目を浮かべながら机に置かれたナイフを持ち上げ、逆手に持ち直す。
ナイフの切っ先が腹部を目指し、ザリーナが振り下ろす。
――やった!!!!
レイカが歪んだ笑みを浮かべた。
「…………?」
しかし、すぐさまレイカの表情が変わる。
普通なら、何度も何度も繰り返しナイフで刺し続け、自殺を図るはずなのだ。
なのにザリーナのナイフは、あろうことか腹の手前でピタリと静止している。
「………な……なにが…………どうして…………!?」
狼狽えるレイカを他所に、操られていたはずのザリーナがレイカへと向き直り、手にしていたナイフを机に戻した。
「………こうなるとは、残念だ。レイカ。」
「……な………!!?」
「もしも本当に心を入れ替えているのなら、赦すことも考えていたのだ。特に、ノックスは。」
「………ノ………ノックス……が…………!?」
「「「「そこまでだ!!!!」」」」
その怒号と共に扉から衛兵らが駆け込んだ。
――暗殺計画は失敗した。
レイカはそう思うが早いか、すぐさま転移魔法陣を展開させ、取り抑えようとしていた衛兵らの手を掻い潜り、まんまと王城外へと逃げ出してしまった。