解放者
「ノックス陛下よ。ハデスはなぜ今回このタイミングで扉を開いたと?」
セオドア皇帝の質問にノックスは少しばかり考えた。
「……奴の考えは分からんが……扉を開くのは、相応のリスクがあったのだろう。
俺たちが教会本部の地下へと訪れた時や、アシュフォード邸で再度会った時、すぐに扉を開くことはしなかった。
扉を開くというのは、おそらく扉の役目としては最後の手段。
ゼディウスは魂を集めるためにこの世界にハデスを遣わしたが、扉を開くのはハデスとて不本意だったのかもしれんな。」
「………ほう………」
「……扉を開くリスクとは、1度開けると本来は閉じられない。それはハデスの役目が終わるということ。」
「……なるほど……奴にとって最終手段であり、その手段を用いれば、自身の存在意義が無くなるということでもある、ということか……」
「……まぁ、憶測だがな。」
「……それで、ゲラートが言うには、そのゼディウスはノックス陛下の魔術により消え去った、と。」
「……あの光景は夢ではないだろう……俺が作り出したブラックホールは星をも飲み込むほど巨大に膨れ上がっていた。
向こうの世界の理がこちらの世界の理と異なるのと同じで、魔術で作り出したブラックホールに為す術なく飲み込まれたのだろうな。」
「ははぁ……さっすがノックス様ッスね…!」
「……しかしてノックスよ……ワシらが御伽噺として聞かされていた話が真実であって、そんな危なっかしい奴を倒すとは………」
「ゲラートが言った事が本当だとするなら、俺がゼディウスを倒したことで、集められていた大勢の魂が開放されたらしいな。」
「………教会の予言は、真実だったって事だねぇぇ。」
「……予言……?」
「この世界に魔王が降臨し、解放者になるって予言だよぉ。いやはや、あの予言がこんな形で実現しちゃうなんて……おじさん……長生きしてみるもんだねぇぇ。」
「……そういえば、そんな話もあったな。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ノックスが目覚めてからさらに2日が経過した。
ノックスの体は完全に回復し、いよいよ帰国する事となった。
「ノックス陛下よ。またいつでもいらしてくれ。歓迎しよう。」
「セオドア皇帝、この度は世話になった。こちらこそ、イブリースへお越しいただいた際には、存分にもてなそう。」
ノックスとセオドアは固く握手を交わした。
その際、セオドアはノックスにしか聞こえない声で
「……あのうどんは絶品だった……またお願いしても宜しいか?」
と尋ねた。
それに対しノックスは
「えぇ、喜んで。」
と笑顔で答えた。
こうしてノックスらはヘイル・ロズ帝国を後にした。
見送りにはセオドア皇帝、並びに、各統括らやその部下が大勢駆けつけ、ノックスらの姿が見えなくなるまで、いつまでも敬礼していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ノックスさん、ホンマに宜しかったんですかぁ?」
ヘイル・ロズ帝国を出発し、オーウェンの飛空艇に乗っていたノックスに対して唐突に質問した。
「……何がだ……?」
「何が……って、ヘイル・ロズからの謝礼の事に決まってますがな!断ったって聞いてますけど?」
「あぁ、そんなことか。」
「……そんなことって………」
「俺たちのほうが世話になったんだ。向こうにも恩を感じているのなら、プラスマイナスゼロだろう。」
「……はぁ………ノックスさんは、欲の無い方ですなぁ……商売人のワイからすれば、貰えるもんは貰っときますけど……」
「だろうな。商売人ならそれが正しい。それに、謝礼を全く貰わなかったわけでもない。」
「……?……何かもろたんですか?」
「あぁ。金では買えないものをな。」
「……『信用』……ですかね?」
「それもあるが、ある本を貰い受けている。およそ金では買えない代物だ。」
「……はぁ……」
ノックスはそう言うと一冊の本を取り出し、紅茶を啜りながら読書を始めた。
「……という事は、その本にはごっつい価値があるっちゅうわけですか……?」
「それはわからん。」
「………んえ?」
「だが、先人が書き上げた書物というのは、どれも決して無駄なものは無いさ。」
「……はぁ……そういうもんなんですかねぇ……」
ノックスとオーウェンが紅茶を嗜んでいたところへ、ザリーナがロザリオを連れて現れた。
「ノックス、少し、いいか?」
「……ん?どうした?」
ザリーナがノックスに了解を取ると、ロザリオがノックスの前へと歩み出た。
「……ノックス陛下……僕を拘束しておく必要は無いので?」
「……捕まりたいのか……?」
「……そんな訳は無いですよ……ただ、少し前まで僕はあなた方の敵でしたし……」
「今もか?」
「………それは………」
澱みなく答えたノックスに対し、ロザリオは少しばかり驚いた。
一瞬の沈黙のあと、ロザリオは軽く笑みを零し、すぐさま膝を着いて頭を垂れた。
「ノックス陛下、この度はこんな僕に2度目のチャンスを与えて頂き、誠にありがとうございます!
これからは、僕自身の正義を見出し、イブリースにてこの身を捧げさせていただきます…!!」
「期待しているぞ、ロザリオ。」
「……はい……!!……では、失礼致します……!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
イブリースに帰国してからはかなり大忙しであった。
ローシュらへ報告。ロザリオらの処遇。
ロンメアとウィンディア、ネブラ、ラヴィーナへの報告。
ロザリオは総隊長であるノエルの直属の部下となり、リョウヤとデュバルは開発部にてルミナの元へと配属された。
そしてレイカ。
彼女はザリーナの一存により、女王専属補佐官として任命された。
リョウヤはイブリースで作られた飛空艇や無線機に早速食いつき、地球での知識を活かしてさらに改良させたりもしていた。
「…んなっ!なんでぇっ!!?お、おまえ、天才かっ!!?」
ルミナはリョウヤの発想に対して逐一驚きを隠せなかった。
「……ほう……さすがは理学部……俺たちが作るより遥かに改良されたな……」
「……まぁ……僕から言わせてもらえば、ドローンの仕組みを利用してこの世界に飛空艇なんてものを作り出したノックス様のほうが凄いですよ。」
「……ノックス陛下……少し良いか……?」
そこへデュバルがノックスへと語りかける。
「……どうした?」
「リョウヤやロザリオはともかくとして、なぜ私まで投獄せずに自由にさせているのだ……?」
「………なぜ、というと?」
「リョウヤの知識がイブリースにとって有用なのは分かる。ロザリオも、奴はもともと教会の行いに疑問を持っていた。
だが、私はその2人とは違う。
……私がイブリースに提供出来るものなど……」
「デュバル様!!」
デュバルへ反論しようとしたリョウヤを手で制してデュバルは話を続けた。
「リョウヤよ。私自身のことは私が1番よく分かっている。私はイブリースからすれば、特に目立った能力もない。」
「デュバルよ、お前はなにか勘違いをしているな。」
「……勘違い……ですと?」
「教会で、リョウヤたちが蘇った時、教会はリョウヤたちを暗黒魔術を使用したアンデッドではないかと長年に渡り投獄されていたと聞いている。」
「……あぁ……そのようだが。」
「それをデュバルが救い出した、とも。」
「……それは違います………私は彼らの第2の固有魔法に興味を惹かれ……利用するために私が身元引受人となったまでで……」
「ならば、なぜグシオンの群れにリョウヤが殺されそうになった時お前は身を呈して庇おうとしたのだろう?」
「…………………」
「確かに当初はそういう下心で身元引受人となったのだろう。しかし、最後はリョウヤを守ろうとした。」
「………………………」
「俺がもしリョウヤらの立場であったのなら、訳の分からない世界に突然現れ、その上獄中生活を強いられるなど我慢ならん。
どんな理由にしろ、そこから救出してくれたデュバルに、恩を感じない訳がない。」
「…………そう……なの………だろうか…………」
「……デュバル様……ノックス様の言う通りです。僕らがあの牢獄で、どれほど地獄を見せられたか……
一生ここから出られないと、どれほど絶望したことか………
……その上、グシオンに襲われそうになった僕を命懸けで守ってくれた………
他人が死ぬ事なんてどうでもいいって思ってたけど、僕のせいで他人が……ましてやデュバル様が死ぬなんて………」
「………そうか………そうだったのだな………」
「デュバル。お前に任務を与える。」
「………私に………?」
「この開発部では、一癖も二癖もある者がいる。さらには、俺の妹やシャロンのような非戦闘員もいる。
デュバルには、その者たちのまとめ役となってもらいたい。」
「………ちょっとちょっとぉ!?……一癖も二癖もあるって、もしかしてそれってあたしのことぉ!!?」
「…………私に……そんな大事な役を………」
「ただし、俺の妹やシャロンに手を出した場合は容赦なく殺す。」
「……………ねぇ!!あたしは!!?」
「……できるか?」
「…………畏まりました。このデュバル、必ずやご期待に添えましょう……!」
「期待しているぞ。」
「………はっ……!!」