監視者
「………死ね………!!」
ハデスの手から火魔術が撃ち出され、ノックスへと襲いかかる。
『虚空』を使用しようにも、魔力枯渇に陥ったノックスにはその手段は取れず、動こうにも動けない。
ハデスの火魔術がノックスの眼前に広がり、視界を覆いつくそうかというその時。
『今回だけ、特別だよ。』
という声と共に、何者かが現れノックスの手を引いた。
その後、ハデスの火魔術は巨大な爆炎となり、高熱により大地は容易く融解する。
爆風によりハデスの展開していた魔障壁は砕け散り、その余波は周囲にいたノエルやナタリアをも巻き込む。
やがて爆煙が収まると、ハデスが自身の魔術による爆風を間近で受けたせいか、体のあちこちに火傷が見て取れる。
対称的に、ノックスが元いた場所は大地が完全にマグマと化し、そこにはノックスの姿は消え失せていた。
「……ノックス……様………?」
「……そ、そんな………ノックス様……!?」
「………魔力枯渇の中………逃げられるとは……到底思えん…………貴様らも………私の手で………!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………ここは……………?」
ハデスの火魔術により焼かれる直前。
ノックスは突如現れた何者かの手に引かれ、見たこともない場所へと転移させられていた。
そこは宇宙空間のようであるが、不思議なことに呼吸が出来た。
「……気が付いたようだね。お久しぶり、と言うのは少しおかしいかな。」
ノックスが声の主のほうを見やると、そこにはゲラートの姿があった。
「………お前は………!?」
「本来、俺が干渉することは許されては無いんだけどね。でも、君には感謝をと思ってさ。」
「………どういう意味だ………?」
「大昔にこの世界に、天使と悪魔が戦争をしたって話は、君も知っているだろう?
ハデスの信仰する神は、まさにその悪魔ゼディウスなのさ。」
「………それがどうした?」
「俺は、言わば監視者。この世界がどんな命運を辿るのか、監視するために遣わされたのさ。」
「………何の話だ………?」
「混乱してるのも無理はない、か。全て話してあげたいところだけど、生憎そこまで時間は許されていなくてね。」
「…………………」
「大昔、悪魔ゼディウスがこの世界に突如現れ、異物を送り込んだ。それは君たちが戦ったグシオンさ。
奴はグシオンを使役し、この世界のありとあらゆる生物を根絶やしにしてやろうとしていたのさ。
でも、それは天使たちにより阻まれ、戦争は天使側の勝利で終わった。
ゼディウスは、自分の元いた世界に送り返されたんだよ。」
「…………それで…………?」
「だが、ゼディウスは保険としてハデスを残したらしい。いつの日か、ハデスが世界の扉を開くためにね。最初は単なる悪魔崇拝者だと思っていたけどね。」
「……結果として、扉は開かれた……と。」
「そうだね。けど、これはいずれそうなる運命だった。」
「………お前はどちらの陣営だ………?」
「俺に陣営も何も無いさ。俺は世界の監視者。天使にも悪魔にも、ましてや人間にも加担しない。」
「…………意味が分からん。お前の目的は一体なんだ?……監視者と言う割に、ハデスに殺されそうになっていた俺を救った理由は?」
「……さっきも言ったろう?『感謝』ってさ。」
「……………」
「君たちは知らないだろうけどね、ゼディウスはとても凶悪な奴でね。奴はあらゆる世界に現れては、その星の魂をかき集めていたんだよ。
俺たち監視者は、ゼディウスには手が出せない。」
「…………………」
「……君は、そんなゼディウスに終止符を打ったんだよ。それによって、ゼディウスに囚われていた大勢の魂を救済したのさ。」
「………終止符………だと………?……覚えは無いが……?」
「後ろを見るといい。」
ゲラートに促され、ノックスは振り返った。
そこには、巨大な漆黒の球体が、周囲の星を引き寄せている光景であった。
「………ブラックホール………?」
「その通り。君はハデスの扉からブラックホールをゼディウスの世界に放った。それはとてつもなく強大でね。あのブラックホールによって、ゼディウスが飲み込まれたのさ。
あのブラックホールは魔術によって作られた。グシオンが君たちの世界の理から外れていたように、魔術で作られたブラックホールは、ゼディウスの世界の理が通用しなかった、というわけさ。」
「……リョウヤの理論は正しかったわけか………それにしても、ここまで巨大になっていたとは……」
「あとは君にひと仕事さ。あのブラックホールを解除してもらいたい。そうすることで、奴に囚われた魂が解放される。
心配しなくても、ゼディウスはブラックホールの中で完全に死亡しているさ。」
「………解除………と言われてもな………」
「君の持つ『虚空』1回分なら回復させてあげたよ。」
ノックスは試しに左手をブラックホールへ向けて翳してみる。
ゲラートの言う通り、試しに魔力を練り上げ、『虚空』を使用してみた。
すると、ブラックホールは異様な光を発し、突然光の残滓となって消失した。
「………!!!!」
「ふぅ。いやあ、お疲れ様。これでたくさんの魂が解放されたよ。」
「………待て………お前に聞きたいことがある。」
「……ん〜、さっきも言ったけど、そこまで時間は許されていなくってね……でもまぁ、特別に一つだけ質問に答えようか。」
ノックスは慎重に質問を考えた。
この空間のこと。
監視者のこと。
ゼディウスのこと。
いくつも聞きたい質問がある。
ノックスはしばらく考えたのち、質問を1つに絞り、ゲラートへと投げかけた。
「……お前が俺たちの世界で行ってきたこと……それら全ては、ゼディウスを倒す為だった。そういう事か?」
「………ふむ………いい質問だ。」
ゲラートはノックスの質問に少し考えた後、答え始めた。
「全て上手くいったわけじゃあない。君たちの世界は絶妙なバランスで成り立っている。少しでも不確定要素があることで、そのバランスは簡単に崩れてしまう。
君たちの魂が、あの世界に召喚されたことも含めてね。」
「あらゆる選択肢がある中で、君たち被召喚者に賭けたのさ。
リョウヤ君が持つ科学の知識。君が持つ強大な力。その2つが合わさるためには、リョウヤ君が誤ちに気づき、協力しなければならない。」
「けど、ヒロキという不確定要素もあった。ゼディウスを倒すためには、君とリョウヤ君、2人の力が必要になる。
彼がふとした事でリョウヤ君を殺す可能性だってあった。」
「……つまりは、俺たちはお前の手のひらで良いように踊らされた、というわけか。」
「結果的にそう言われるとそうかもね。だからこそ、『感謝』しているのさ。
………さて、時間だ。俺は二度と君たちとは会えないだろう。」
ゲラートが指をパチンと鳴らすと、見覚えのある景色へと突然転移した。
辺りでは大量のグシオン相手にイブリース兵が戦闘し、中心部ではノエルとナタリア、ファウストがハデス相手に対峙していた。
だが、誰一人としてノックスらの姿を認知してはいなかった。
「最後に監視者として、君に言葉を贈ろう。」
「………なんだ?」
「君が得た力はとても強大だ。その力をこの世界でどう扱うのか、監視者として、楽しく見させてもらうとするよ。」
ゲラートがそう言うとスゥっと姿が消えてゆく。
ノックスは大地に降り立つと、途端に辺りがノックスに気付き始めた。
「……ノ、ノックス様!!?」
「……て………てっきり…………ハデスの魔術で…………!!」
「心配させたようだな。」
そこへグシオンの群れが襲いかかるが、ノックスがいつの間にか刀を抜いており、遅れてグシオンの群れが細切れにされていた。
「……ノックス様……!!」
「さて、そろそろ終幕としよう。この戦いを終わらせる。」
「「「「「はっ!!!!」」」」」
ノックスは中心部にいるハデスを見遣り、歩き出していった。




