科学の力
イブリース兵らの加勢により、グシオンの群れを一時的に押し返す事は成功したものの、それは一時的なものでしかない。
いずれ魔力やスタミナが切れればグシオンの餌食となってしまう。
さらには、ハデスは今も尚グシオンを生み出し続けていた。
ヘイル・ロズからも衛兵らが加勢に駆けつけ、グシオンが他の住居へと漏出しないようなんとか抑えこんでいた。
怪我をした者は急拵えのドームの中へと連れ込まれ、その中で治療を受けている。
『防壁』の効果のおかげでドームはグシオンの攻撃にも平然と耐えてはいるが、それも時間の問題だろう。
そこへ、ノックスが突如現れた。
「リョウヤはいるか?」
「……え……僕ですか……?」
「悪いが手を借りるぞ。」
「……え……え………!?」
ノックスは有無を言わさずリョウヤの手を取りドームの外へと駆け出して行った。
ノックスはそこらじゅうに小高い丘を作っており、グシオンが登れないよう返しを作っていた。
その上からアインたち魔道兵は攻撃を行い、遠距離攻撃を持たないグシオンの対処をしている。
その中の1つにノックスはリョウヤと共に登った。
「……鑑定の結果は?」
「……えっと………な、名前以外は…何も………」
「………そうか………」
ノックスはリョウヤの答えを聞いてしばらく考える。
「……奴らはこの世界の理から外れた存在……?
………それに、ハデスが信仰する神とやら……」
ノックスは独り言のように呟きながら思案する。
「……あ、あのう……僕に用って、鑑定結果を聞くためだけですか?」
「………いや、違う。」
ノックスはリョウヤに自身の考えを伝えた。
「奴らはこの世界のどんな攻撃にも耐える。例え暗黒魔術であったとしてもだ。」
「………………」
「龍族に御伽噺として伝えられていた、悪魔という存在。あのハデスは、おそらくそれに近い存在なのだろう。」
「……それが……僕に何の関係が………?」
「この世界の理では奴を倒せん。奴らは異なる世界の理を用いている可能性がある。」
「………違う世界の……理…………?」
「……それに対抗するには、俺たちも違う角度から奴らと対峙しなければならない。
俺たちに残された『違う世界の理』。つまりは、地球の科学だ。」
「……地球の科学って言ったって……それでもあんな化け物を倒せるような科学なんて………」
「だから考えなければならん。俺とお前で!!」
「……僕と……あなたで………?」
「そうだ。このまま奴を解き放てば、この世界はあのグシオンに埋め尽くされる。」
「………………」
「お前の知恵が……お前の科学が、この世界を救えると。証明してみせろ!」
「………僕の科学で………」
リョウヤはしばらく考えた後、ノックスに向き直り無言で頷く。
リョウヤは丘の上から戦闘を見遣り、グシオンについて分析を始めた。
「奴が体内からグシオンを生み出しているが、おそらく召喚術とは違う。」
「……召喚術……?ですか?」
「この世界に魂を呼び寄せる術らしい。だが、あのグシオンらは魂だけの存在では無く、肉体はある。」
「………なるほど……ですね………そうなると………」
リョウヤは思考を加速させ、打開策について考える。
「……無限に再生……そのエネルギーはどこから………ハデスの体内はどこへ繋がり…………斬撃も打撃も……炎や雷も効かない…………
……いや、考え方を変えろ…………」
リョウヤはうわ言のように呟きながらグシオンを分析する。
ノックスは分析はリョウヤに任せ、丘の上から砂粒縛にてグシオンらを攻撃していた。
「……異世界からの召喚………僕らと同じではないが……こちらの世界と向こうの世界………それを繋いでいるのは一体…………
………どこかに繋がって………グシオンはそこから…………」
「……奴の体内はグシオンの世界に繋がっているだろう……ゲートを閉じれば、グシオンはこちらの世界の理に捕らわれる、か……?」
ノックスは砂粒縛にて攻撃しながらもリョウヤの考察に加わる。
ノックスとリョウヤはさらに思考を加速させる。
そもそもハデスとは何者なのか?
教会本部地下ではレヴィアにより殺され、今回はノエルにより殺された。
アズラエルの不死や、『転嫁』や『保険』によって死を回避したとも言い難い。
ではなぜハデスは死亡しないのか。
龍族に伝わる御伽噺によると、大昔に天使と悪魔がこの地にて戦争を行った。
悪魔は天使と戦争をする前、この世界に『異物』を送りこんだ、とあった。
その力により、炎は燃え盛り、海は荒れ、雷は降り注ぎ、風が吹き荒れ、大地は割れた。
仮にその悪魔がハデスの信仰する神と同じであれば、天使らが行ったように倒し方があるはずだろう。
「………向こうの世界とこちらの世界…………それを繋ぐ理論は………共通の理でなければならないはず………」
「……異世界………異なる世界………マルチバース………異世界への……扉…………?」
リョウヤは何か思いついたようであり、カバンから様々な素材を取り出し『創造』を用いた。
「……何か分かったか?」
「………おそらくですけど……ハデスの体は一種のワームホールなのでしょう。そこから異世界からグシオンを送り届けている可能性があります。」
「……ワームホール……?」
「このワームホールを破壊するとすれば、効果的な方法が2つ。入口側のブラックホール、出口側のホワイトホール。この2つのうちどちらかを破壊してしまえばいいんです。」
「……よく分からんが……どうやって?」
「……それには、今作ったこの手榴弾を。」
リョウヤは先程作った手製の手榴弾をノックスに手渡した。
「……こんな爆弾でハデスの扉が閉じると思わんが……?」
「……ノックスさん、その手榴弾に、ありったけの重力魔術を流し込んでください。」
「……重力……まさか、それでホワイトホールを消し去るのか!?」
「そうです。その手榴弾には魔石を仕込んであります。それだけでなく、増幅装置も。」
「……しかし……それでは魔石が持たないぞ?」
「構いません。増幅装置は魔石が砕けるのと同時に発動するよう仕込んでます!」
「……もし間違っていれば……この世界がブラックホールに飲み込まれるぞ……!」
「………仮にそうだとしても……このまま放置していたって同じです……!!
……それに、向こうの世界の理ではこちらの世界の理が通じないのと同様、魔術で作り出したブラックホールなら、向こうの世界でそれを破壊する術が無いはずです……!!」
「………分かった………やってみよう。」
ノックスは手榴弾を握りしめ、改めてハデスを見やる。
「……いつぞやに……新術を考案するにあたって超重力でブラックホールを作ることを考えていたが………よもやこんな所でとは………」
ノックスは過去の自分に思いを馳せたが、すぐさま目を見開いてハデスの元へと駆け下りていった。
去り際に
「……科学で、この世界を救うぞ……!」
と言い残して。




