ザリーナ v.s ロザリオ
「……やっぱり、こうなってしまって残念だよ。ザリーナ女史。」
「……手を引け、ロザリオ。今ならまだ間に合う。」
ロザリオとザリーナは少し離れたところで対峙していた。
「そういう訳にはいかないんだよ。」
「もう教会の戦争は終わったのだ!それなのに、なぜ貴様はイブリースと戦う!」
「……僕の、最後の矜恃のためさ。」
「……矜恃だと……?」
「単刀直入に言おう。僕は君が欲しい。」
「……何を今更……」
「君は今まで自分が強くなることにしか興味が無かった。だからこそ君は誰よりも強く、誰よりも美しかった。」
「………………」
「そんな君に僕は惚れた。……けど、君が選んだのはノックス陛下だった。」
「……だから………イブリースと最後まで戦う、と?」
「ま、そういう訳さ。ノエル君に負けてからも、僕は僕の弱さに打ちひしがれたものさ。」
「……勝ち目がないと、分かっていてもか?」
「……強さに屈するくらいなら、最後まで足掻くさ……!!」
ロザリオは剣を抜いて対峙した。
ザリーナは軽くため息をついたが、すぐさま剣を引き抜いてロザリオへと向き直る。
「……先に断っておくけど、僕と君の戦闘は不利だよ。僕の固有魔法の前には、魔術は通用しない。」
「承知の上だ。」
「………じゃあ………行くぞ……!!」
ロザリオは地を蹴りザリーナへと突進し、ザリーナも同じくロザリオへと突進する。
ガチィィンと剣がかち合い、火花を散らした。
すぐさま互いに距離を取り、激しい攻防が織り成された。
時折ロザリオの剣からは纏わせていた火や雷魔術が顕現し、ザリーナへと襲いかかる。
ザリーナはそれらを的確に魔術で相殺させつつ、反撃にも撃って出る。
両者の間には凄まじい剣戟と魔術が飛び交っていた。
拮抗していたかに見えた両者の戦いだった。
「……なぜだい……?」
「………?」
突如ロザリオが尋ねた。
「……君の実力はこんなもんじゃないはずだ。まさか、僕に遠慮してるんじゃないだろうね?」
「………………」
ザリーナは否定も肯定もしなかった。
「………そんなんで………」
ロザリオはさらに力を込めて剣戟を見舞う。
「……そんなことで……僕に勝てるとでも思っているのか!!」
ロザリオから激しい攻撃がいくつも繰り出されていたが、ザリーナはそれらを的確に対処し、傷1つ負うことは無かった。
だが、それでもロザリオはお構い無しに攻撃を続けた。
「君だって1番嫌いなはずだ!!どんな戦いであれ、手を抜かれることなど!!」
ロザリオは怒りからか、剣戟も魔術もやや大振りになっていた。
「僕を止めに来たんだろう!!それなら僕を殺せばいいだろう!!……それでしか……」
ロザリオの攻撃は尚も無意味に終わる。
「……それでしか、僕は止まらない……!!
……止まることが出来ないんだ……!!」
「……ロザリオ……」
ロザリオは一旦攻撃の手を止め、肩で息をする。
「……なんだい………今更……この僕に同情でもしているのかい?」
「………ロザリオ………貴様が戦う理由は無いはずだ。もうお前を縛るものなど何も……!!」
「……自由だからって……赦されるとでも……?
………ハハハ…………」
「僕はずっと教会を信じてきた。教会がどれだけ非道な事をしてきたとしても、それで救われた人も多かったはずだ。」
「……僕はね……あの戦いで死ぬはずだった………にも関わらず、こうして生かされた。」
「……おまけにずっと想いを寄せてた君は、今じゃあイブリースの王妃……」
「………僕は………」
「…………僕は…………」
「………信じてきたもの全てが………僕の元から消えてゆく……」
「……ロザリオ……!!」
「……僕は疫病神さ………教会も……君も…………家族も…………みんなみんな僕の前から消えて行った……」
「……失ったものばかり見るのはよせ……!!」
「………もう終わりにしよう………終わりにしてくれ………
………ザリーーナァァァァァアア!!!!」
ロザリオは地を蹴りザリーナへと突撃する。
剣に纏わせた魔術が漏れ出し、刀身が陽炎の如く揺らめいている。
ロザリオの剣戟を躱したものの、とてつもない火力の火魔術が遅れて顕現した。
「……くっ……!!」
ザリーナは氷魔術にて相殺を図るが、その魔術はすぐさま消え失せた。
ロザリオが『吸収』を使用したのだ。
ロザリオは左手でナイフを握りしめ、何やら魔術を纏わせた。
そしてそのナイフをザリーナの足元へ向けて投擲し、地面に突き刺さる。
途端にバチバチッと音を立て、蜘蛛の巣のように大地に雷が張った。
その雷にザリーナが捕まり痺れる。
その瞬間を逃すまいとロザリオが猛スピードで駆け寄り、渾身の力でザリーナへと剣戟を見舞った。
ロザリオの剣戟をモロに受けたザリーナは、さらに傷口から火魔術により焼かれ、それは全身を包んだ。
「……ハ………ハハハ…………勝った…………?…………僕が…………?」
全身が炎に包まれたザリーナが、力無くドサッと大地に倒れ込んだ。
「………勝ったのか…………僕が…………ぼ……く……は……………な……なんて……ことを……………」
自らザリーナを手にかけてしまったことに、ロザリオは膝から崩れ落ち、握りしめていた剣を落とした。
「……寝言は寝て言え……!!」
その時、どこからかザリーナの声が聞こえ、ハッとしてロザリオが周囲を確認する。
「私はここだ!!」
ロザリオが見上げると、ザリーナが自分に向かって落下してくるのが見て取れる。
だが、ロザリオが反応する暇もなく、ザリーナの剣はロザリオの腹へと深々と突き刺さった。
「……な………ど、どうして………!!?」
「……悪いな。今のは私の固有魔法、『幻惑』。お前がさっき斬ったのは、幻だ。」
「……こ……固有……魔法…………ハハハ………つまりは……僕は君を殺してはいなかった…って言うことか………」
「……もう終わりだ、ロザリオ。これ以上戦ったとて、虚しいだけだ。
お前が勝っても負けても。」
「…………………」
ザリーナが立ち上がり、剣を引き抜いた。
ロザリオの腹にあるはずの刺し傷はすぐさま塞がっており、ロザリオは驚いた。
「……なっ………!?」
「私の剣には、回復魔術を纏わせてあったのだ。固い頭を持つ者にはよく効く。」
「……どうして………?」
「私はお前に死んで欲しくはないからだ。」
「………僕は……君を殺そうと………」
「それがどうした。」
「………………」
ザリーナに敗北したロザリオは、そのまま仰向けに倒れながら目を閉じた。
「……僕は………ずっと悩んでいたんだ………僕が信じたものは、全て僕の手から消え失せる。」
「………………」
「……どうしようも無かった………最期は騎士らしく、戦いの中で死にたかった………
…………それなのに、君はそれを許してはくれない。」
「………………」
「……君を殺したと思った時は………嬉しさよりも喪失感しか感じなかった………ハハハ…………つくづく情けない男だよ………」
「……人が背負えるものなど、たかが知れている。悪政を辿る教会の中でも、お前は常に自分の中の正義を貫いてきた。」
「…………かもね…………」
「常に強くあろう、常に正しくあろうというのはどだい無理な事。私とて、過ちは犯す。
が、それを正してくれる者がいる。私の場合は、それがノックスだった。」
「………………」
「…大事なのは、折れた心をどう立ち直らせるかだ。私もお前も、他人に悩みを打ち明ける事が出来んだろう。」
「………………」
「失う事を恐れ、失った時は自分の責任だと感じる。
だが、それが本当に『責任の果たし方』か?常に孤独であり続け、本当に大切なものを自ら放棄することが、『責任の果たし方』と言えるか?」
「………………………」
「1人では出来ない事もある。私もお前も、ノックスでさえも。
人は1人では生きられん。
どれだけ強がっていても、どれだけ正しくあろうとも、心のどこかで寂しさを感じる。」
「………君も……そうだったって事かい……?」
「……恥ずかしながらな。」
「……その時に君には、ノックス陛下がいた、と……」
「私に生まれて初めての挫折を味わせてくれたのもノックスだがな。」
「…………………」
「ロザリオ。お前もイブリースへ来い。」
「………敵であるこの僕を………?……それに、イブリースが僕なんかを求めるとは到底思えないよ………」
「イブリースが求めずとも、お前が求めるものが、イブリースにはあるだろう。
そこで己の正義を改めて見つめ直し、何が本当の正義かを見極めろ。」
「…………本当の………正義……か…………
……でも、本当にいいのかい……?僕がノックス陛下を襲うことだって……」
「もしそうなら、今度こそ私の手で葬ってやる。」
「……ハハハ…………そうか………」
ロザリオは暫く黙ったかと思うとスっと体を起こした。
「………あんな思いは………もう十分だ。
………ありがとう……ザリーナ女史……いや、ザリーナ王妃。」
ロザリオは憑き物が落ちたような、少しスッキリとした表情でザリーナへと握手を求めた。
「礼には及ばん。」
ザリーナもそれに応え、ロザリオと硬く握手を交わした。