投降
ノックスらがこの中継地点に来てから3日後。
ブラックウッドとその部下らに強制捜査を行う日時について伝え終わった。
中継地点から貴族街へと転移し、なるべく目立たずにアシュフォード邸宅を取り囲むという手段である。
転移魔法陣によりアシュフォード伯爵に逃げられないよう、また、地下施設からゲラートらが逃げ出さないようスピードが肝心である。
正面玄関からブラックウッドが令状を持って邸宅に踏み込む。
その時は既に四方からブラックウッドの私兵が邸宅を取り囲んでおり、有無を言わさずに邸宅内に侵入。
アシュフォードに逃げられないよう、決行は早朝。
確保するにあたり、封魔の手錠を即座に掛け、転移による逃亡を許さない。
以上の取り決めが全隊に行き渡り、ノックスらはいよいよ貴族街にあるヴェイデン子爵邸宅へと向かう事になった。
「転移魔法陣はこちらです。皆様準備は宜しいでしょうか?」
レオノーラの問いかけに皆は問題無いといった表情で頷く。
「では、参りましょう。」
扉を開けた先には転移魔法陣が地面に掘られていた。
一行はその上に立ち並び、魔法陣が光を放つと一行の姿は忽ち消え去った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ようこそ……我が屋敷へ……お話は坊ちゃんより伺っております………私は当屋敷の主人…サミュエル・ヴェイデンと申します……」
「俺はイブリース王国国王ノックスだ。此度のご協力、誠に感謝を申し上げる。」
「……おぉ………これはこれは………国王直々にお越しいただきましたか………」
出迎えてくれたのはサミュエル・ヴェイデン本人であった。
かなり老齢らしく、顔には彫りの深い皺が幾重にも重なり、手や腕も枯れ木のようにほっそりとしていた。
「……お話は坊ちゃんよりお聞きしております……碌なもてなしはできませぬが……どうぞごゆるりとお寛ぎください………」
ヴェイデン子爵は使用人らにノックスらを部屋へと案内し、自身は使用人らに支えられてゆっくりと部屋へと移動していた。
案内された部屋で待っていると、ヴェイデン子爵と共に別の男が入室してきた。
ヴェイデン子爵よりも若い男ではあるものの、すでに老齢と言って過言では無いようである。
「ノックス国王陛下。わざわざイブリースよりお越し頂き誠に感謝致します。
私はダルトン・ヴェイデン。サミュエルの息子にございます。」
「初めまして。ノックスだ。」
その後お互いに自己紹介を済ませた。
「……ご覧のように、父サミュエルはかなりの老齢につき、私が変わってお話を伺います。
……なんでも、アシュフォード伯爵に謀反の企てがある、と?」
「そのようだな。」
ノックスとレオノーラの口から今回の作戦について簡単に説明がなされた。
「……なるほど………事態は思っていた以上に深刻のようですな………」
「作戦決行は明日の明朝を予定しております。」
「分かりました。くれぐれも慎重に頼みますぞ。」
サミュエルもダルトンもあまり多くは語らなかった。
サミュエルはかなりの老齢であるからだろうとも思ったが、その息子ダルトンもあまりこちらの策などに踏み込んでは来る事はなかった。
その後客室へと案内された。
ヴェイデン邸宅はかなり古くからの家系らしく、家具やインテリア、装飾には年季が入っている物も見受けられた。
案内された客室にて、ノックスらは最後の打ち合わせを済ませた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
明朝。
朝が白み始めた頃、ノックス、ザリーナ、ノエル、レヴィア、レオノーラは外套を羽織り、ヴェイデン邸宅を後にした。
その際、ダルトンがわざわざ見送りに来てくれ、さらに5人に転移のスクロールを手渡した。
聞くとスクロールはヴェイデン宅と繋がっているらしく、万が一不測の事態があった際には使用して一時的に避難するための物らしい。
ノックスらはダルトンに礼を言い、アシュフォード邸宅へと向かった。
街中はレオノーラの情報通りであり、明朝もあってかかなり静まり返っている。
時折衛兵が見回りをしているものの、数はそこまで多くは無いものの、時折迂回しながらもアシュフォード邸宅が見える所までやって来ることが出来た。
そこでブラックウッドらと合流した。
「おはようございます、ノックス陛下。」
「…ブラックウッド殿、お早い到着だな。」
「いよいよですな。皆様方も準備は宜しいでしょうか?」
「あぁ。」
「かまわぬ。」
「大丈夫です。」
「こちらも、すでに部下がアシュフォード邸宅を取り囲んでおります。」
「……では、行くとしようか。」
「了解です…!!」
ブラックウッドは部下に手で合図を送ると、一斉にアシュフォード邸宅へと押し寄せた。
ブラックウッドとともにノックスらもアシュフォード邸宅へと駆け寄る。
門を飛び越え、玄関のドアを叩く。
しばらくすると中から使用人が窓から顔を覗かせ、ブラックウッドの顔を確認するや慌てて扉を開いた。
「…こ、これはこれはブラックウッド公爵…!おはようございます…!」
「悪いが挨拶をしている場合では無い。皇帝陛下よりアンドリュー・アシュフォード伯爵に令状が出ている。」
使用人に見えやすく令状を見せると、使用人は突然の事でより一層慌てた様子であった。
「……え……あ………れ、令状……!?」
「では失礼する!」
慌てふためく使用人を気にも留めず、ブラックウッドはアシュフォード邸の中へと入って行った。
ブラックウッドに引き続き、その部下やノックスらも押し入った。
「私はアシュフォード伯爵を。ノックス陛下たちは地下施設へ!」
「了解だ。」
ノックスらは予め頭に入れてあったアシュフォード邸宅の地図を思い出し、当たりを付けていた部屋を手分けし、地下施設への入り口を探す。
いくつかの部屋を調べると、アシュフォードの書斎にそれらしき入り口を発見し、皆を集めた。
すぐさま扉を開けると、地下に続く階段が現れ、一行はすぐさま駆け下りて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
階段を降りると、そこには情報通りの広い地下施設が現れた。
まだ寝ていて誰も起きてなどいないかと思われたが、男が1人。突っ立ってコチラを振り返って頭をポリポリと掻いた。
「……随分お早いご到着だねぇ……いや、むしろ好都合かな。」
「……貴様は……あの時の……」
「んま、俺がそっち側の立場でもそう思うよねぇ。俺の能力、目の当たりにしてるんだし。」
「……ゲラート……!!」
「おっとおっと、止めてくれよ!戦う意思なんてこれっぽっちも無いんだよ。」
剣に手をかけていたノエルを制し、ノックスが前へと出た。
「……その様子では、すでに『幸運』でも使ったか?」
「ん〜、使わなくたって分かるよ。むしろ、これだけおたくらが早く到着してくれたのは、俺にとっちゃあ幸運な事だけどね。」
「……どういう意味だ……?」
「どちらにせよ、まずは俺の身の安全を保証してくれるかい?」
「……戦う気が無いのなら殺しはしない。」
「……それなら結構さ。俺らを保護して欲しくってね。」
「……保護だと……?」
「ヒロキって居ただろう?彼がねぇ……いや、『彼ら』だな。彼らを助けてあげた、までは良かったんだけど、色々あってね。ヒロキがタクト君を殺しちゃったんだよ。
それだけじゃなく、おそらくコウスケ君とミサちゃんもね。」
「………何………!?」
「だから、俺らを保護して欲しいんだよ。ヒロキは今やハデスとヨミとつるんでおたくらに復讐しようって腹積もりなのさ。逃げ出そうとする腰抜けは不要だと。」
あまりに意外な提案にノックスは驚いた。
こうまであっさりと計画通りにいくとは思ってもおらず、肩透かしを食らっている反面、ノックスは思うところもあった。
「………それで、保護してほしいのは貴様のほかに誰だ?」
「デュバルとレイカさ。出来ることならリョウヤ君も、だけど、彼は研究に忙しいらしい。」
「……ノックス様……あまりに話が出来すぎています………此奴……なにか企んでいるのかと……」
「………だろうな…………だが、今は此奴の処遇に時間をかけている暇は無い。」
「……で、ですが……」
ノエルがノックスにさらに忠告しようとした時、ゲラートは突然後ろへと振り向き、何かに気付いた様子であった。
「……おっと……どうやらそろそろ来るっぽいよ?早く決めてくんないと、おたくらにとって運の悪いことになるかも。」
その言葉通り、何者かの気配がこちらに向かってくるのが感じ取れる。
「………貴様の提案に乗るのは些か気に掛かるが、いいだろう。これを。」
ノックスは封魔の手錠をゲラートに投げ渡す。
念の為に砂粒縛をいつでも発動できるように準備をしながら。
「んじゃ、大人しくお縄にかかるとしますか。」
ゲラートは呆気なくその手錠を自らの手に掛け、捕まる事を選択した。
「レオノーラ殿、すまないが、ゲラートを連れて先に上階へ。」
「かしこまりました。」
「そいじゃ、あとは良しなに頼むよ。」
レオノーラはゲラートを連れ、先に階段を駆け上がって行った。
「……ノックス様……宜しかったので……!?」
「今はそれどころでは無い。奴の腹積もりは知らんが、どうやら不測の事態が起きていた事だけは確かなようだ。」
ノックスの見やる方向から、残党と思しき影がこちらに向かって来ているのが見て取れる。
やがてシルエットが顕になると、そこにはヒロキ、ハデス、ヨミ、そしてロザリオの姿がそこにあった。