来訪
普段は厳重なヘイル・ロズ帝国の港だが、この時ばかりは様相が少し違っていた。
港にはブラックウッドの部下、第1区の兵たちで固められており、すぐ近くには窓を全て黒塗りさせた馬車が止められてあった。
「……皆の者、ご苦労。ではノックス陛下、並びに皆様。あちらの馬車へお乗り継ぎください。」
部下を労ったブラックウッドは、すぐさまノックスらを馬車へ案内した。
一応念の為にノックスらは外套を羽織り、フードを目深に被っていた。
馬車への乗り継ぎが終わり、最後にブラックウッドが乗り込む。
ブラックウッドは御者に直ぐに出すよう命じ、そのまま馬車はヘイル・ロズ城へと向かって行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ノックスらを乗せた馬車は城の裏口へと案内され、人目に付かないよう城内へと案内された。
そうしてブラックウッドの後に付いていくと、とある部屋の中へと案内された。
「皇帝陛下。ただいま戻りました。」
「ご苦労、ブラックウッド。して、そちらがイブリース王国からの使者であるな?」
「はい。……では……」
ブラックウッドから促され、ノックスらは一斉に外套を脱いで挨拶した。
「こうして顔を見合わせるのは初めまして。私はイブリース王国国王、ノックスだ。」
「……ノックス陛下……よもや国王陛下が直々にお越しくださるとは。」
そういうセオドア皇帝であったが、ノックスの来訪を予想外で驚いた、というような表情は見せなかった。
「……して、そちらの御仁は?」
「私はイブリース王国…王妃のザリーナです。」
「妾は水龍のレヴィアじゃ。」
「私はイブリース王国総隊長ノエルにございます。」
「……ほう……錚々たる面々だな……ザリーナ王妃。噂に違わぬ眉目秀麗な方のようだ。」
挨拶を済ませ、一同は一旦席へと腰掛けた。
「今回、イブリース王国に要請させてもらったのは他でもない。我が国の第3区内にて、サンドアルバ教国の残党が匿われていたことだ。
本来ならば自分の国の不始末は我らの手で始末をつけるべきかとも考えたが、ノックス陛下が危惧するほど残党は脅威的であるとの判断により、こうして貴国らに助力を願った次第だ。」
「『不始末』という言葉ならば、それは我々が残党を討ち漏らしたことが原因だ。
それをわざわざこうして我らにご報告頂いたこと、まずは感謝を述べなければなりません。」
「ご配慮、感謝する。
……では、今回の作戦概要について、お話しよう。」
そう言ってセオドア皇帝は机の上に地図を広げた。
「これは第3区の凡その地図だ。
そして、ここ。ここが、アンドリュー・アシュフォードの邸宅がある。」
セオドアの指した場所は地図のほぼ中央に位置していた。
「我らの調べによると、アシュフォード邸の地下には最近になって完成されたという巨大な地下施設があるとの報告があった。
念の為に調査を向かわせたところ、まさにサンドアルバの残党が匿われていたのが露見した、という次第だ。」
「……アシュフォード邸は、第3区のほぼ中央……この第3区、広さはどれほどの?」
「広さは約550平方キロメートル。区内の街並みはこの城下町とそこまで大差は無いものの、上流階級らはそこまで多くは無い。」
「……侵入するにしても、結構広いな……」
「地下からの侵入は如何でしょう?」
「地下からは望めないだろう。第3区に限らず、ヘイル・ロズの地下には罠があちこちに張り巡らされている。」
「……罠……?」
「ヘイル・ロズの地下のあちこちには魔力感知を付与させている魔石が埋め込まれている。
それにより、魔術で地中を掘り進めようとて、すぐさま居場所を特定される仕組みなのだ。」
「……ほほう。すでに対策済だったのか。」
「こそこそと侵入せずとも、正面から乗り込めば良かろう。」
「当然、レヴィア殿の言うことも考えた。だが、その前に確認したい。ノックス陛下よ、残党をそこまで懸念する理由、そろそろ教えてはくれまいか?」
セオドア皇帝の問いかけに、ノックスはスっと立ち上がってカバンからメモ書きを取り出し、それをセオドアへと手渡した。
そこには、ここに来る道中で纏めた残党の固有魔法について書かれていた。
「今回、我々が危惧しているのは、残党の中でもその6名。特に、リョウヤは固有魔法だけでなく、その知識にある。
彼はアポカリプスと呼ばれる恐ろしい兵器の考案者であり、その技術はこの世界を魔術ではなく科学により滅ぼしうる存在だ。」
「……ふむ……アポカリプスについては私も聞き及んではいる。
ということは、リョウヤとやらはさらに強力な兵器を作る知識があると?」
「濃縮技術もあるならば、それこそ核兵器となる。その爆弾は破壊力だけでなく、周囲に放射線を撒き散らし、人体に恐ろしい影響を及ぼす。」
「………詳しいな。ということは、やはりそのリョウヤとやら、貴殿と同じ世界からこちらにやってきた、というわけか。」
セオドアは隠すでもなく、躊躇なく転生について話した。
「…………その様子では、転生についてすでに心当たりがあるようだな。」
「……フフ……あまり驚かれないところを見るに、私がその事について知っていたこと。ノックス陛下も私が召喚術について知っているのではないかとお見受けする。」
「かつてこの国にいたというゼニオス殿も、異世界からの転生者というわけか。」
「左様。だからこそ、此度はノックス陛下自身がお越しいただいたということだろう。」
「召喚術と呼ばれているのは初耳だが、俺は元々は地球という星で生まれ育ち、死亡した。
そこに書かれている面々も、俺と同じ日に死亡した連中だ。」
「……ほう……なかなかに興味深い。失礼、本題に戻るとする。
先の話を確認したが、正面から突破というのは危険すぎるだろう。リョウヤとやらがどれほどの兵器を準備しているかは知らぬが、そこに住まう民らの犠牲は極力避けて欲しい。」
「我々も当然そのつもりだ。いいなレヴィア?」
「………良かろう。」
「アシュフォード邸には人や物の往来もある。そこに紛れ、第3区へ侵入。もし万が一怪しまれれば、許可証を見せるといい。こちらで人数分用意させてある。」
「……ふむ……で、会敵した場合の対処についてはこちらにお任せいただけるので?」
「無論そのつもりだ。有事に備え、ブラックウッドらやその部下らも送り込む。」
「……しかしながらじゃ。なぜコソコソとせねばならんのじゃ。民の被害を最小限にしたいとは言え、お主はこの国の皇帝なのじゃろう?」
「それについては、ノックス陛下自身も私の考えている通りでは?」
「あぁ。」
「……む……なんじゃ?分かりやすく申せ。」
「忘れてはならないのが、残党の中にはゲラートという12使徒がいる。
こいつの能力は転移系。俺たちが自分たちを探していると知られれば、その能力ですぐさま何処かに消え失せる。」
「………なるほどのう………厄介な能力じゃのう。」
「彼の能力が無ければ、私の命でアシュフォード邸を取り囲み、差し押さえることも可能だ。だが、ノックス陛下も述べたように、それでは残党を取り逃してしまうだろう。」
「ゲラートの能力は、自分の手で触れた者を一緒にどこかへと即座に転移できる。
……が、一度に複数人の転移は難しいだろう。まずはゲラートの身柄を取り押さえ、無力化させる必要がある。」
「………確かにそうじゃのう。」
「ゲラートに関しては、私が取り押さえたほうが良いでしょう。」
「だな。ノエルの固有魔法が1番ゲラートを捕獲するのに適している。
問題はゲラートの固有魔法である『幸運』の効果だな。下手をすれば、アズラエルの能力の『予知』と同じく強力になりかねない。」
「自分の身に危険が及ぶことがあれば、『幸運』により回避できる……というものでしょうか?」
「考えられるのはそうだろうな。」
「……どういう事じゃ?」
「ノエルがゲラートを無力化させる際に手足を切り落としたり、あるいは命を奪うことを狙うのならば、『幸運』の効果でそれを回避させられてしまう、ということだ。」
「ならばノックスの砂粒縛ならばどうじゃ?そっちなら、相手の動きを封じることもできよう。」
「仮にそれで動きを封じられたとて、転移魔術で逃げることは出来るだろう。
奴の転移魔術は、スクロールを必要としていない。」
「……ますます厄介な奴じゃ……」
その後もノックスらはセオドア皇帝らを交えて綿密に打ち合わせを行っていた。
ブラックウッドの隊がどこから侵入する予定か、侵入後の拠点の位置などなど。
特に気になったのは、アシュフォードは大量の奴隷を迎え入れたという情報であった。
セオドアが言うには、地下施設を建設するにあたり、大量の奴隷らを働かせたのだろうということだったが、問題はその後の奴隷の消息が不明になっていることだった。
更にセオドアからは『ブラックウッド邸宅の強制捜査の令状』を受け取った。
打ち合わせが終わり、一時解散となった。
作戦開始は明朝となるため、一行はそのまま王城の客室へと案内される運びとなった。
その際、ノックスはセオドア皇帝に呼び止められ、セオドアに案内されて皇帝の書斎へと案内された。