ティータイム
ノックスの朝は早い。
朝日が昇る頃にはすでに起きている。
『悪魔の口』でのサバイバル生活の賜物である。
窓を開けてベランダに出て清々しい朝の空気を満喫していた。
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実は昨夜、ノックスが買い物から戻った際に、宿屋ではたくさんのご馳走が用意されていたのだ。
そんな事は露知らず、串焼きを6本も食べてしまったノックスは少し後悔していたのだ。
昨夜のご馳走は、無理やりにでも全て平らげた。
味付けは文句の付けどころがない程美味であった。
ただし、すぐさま満腹感に襲われたが。
それでも本当に美味しかった。
次の機会があるなら今度は腹を目いっぱい空かせて味わう、と心に誓った。
同じ至福の顔と言えばフェリスも同じく至福の顔をしていた。ただし、彼女は口いっぱいにご飯を頬張っていたのだが。
聞けば、この宿はドランの母親が経営している宿であった。
会食の後、ノックスはナバルを個別に呼び出し、ある話をしていた。
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ノックスがベランダで街の様子を見ていると、隣室のナバルもベランダへと出てきた。
「…おや、ノックス殿、お早いですな。」
「おはよう。」
「ノックス殿、良ければ私の部屋で朝の紅茶でもいかがか?」
「喜んで。」
やや食い気味で即答した。
ナバルの嗜みの1つが紅茶だ。
ただし、最高級品のみを楽しむというものではなく、ありとあらゆる紅茶を彼自身の舌で確かめ、時には自身でブレンドをしたりと彼は紅茶オタクであった。
ナバルの部屋へ入るとすでに紅茶の良い香りが鼻腔をくすぐる。
「こう見えて私は紅茶は少々嗜んでおりまして。ノックス殿の舌にも合うと宜しいのですが。」
とノックス用のカップに紅茶を注ぐ。
「……とても……良い香りだ……」
ノックスは前世は紅茶よりもコーヒーをよく飲んでいた。
紅茶が嫌いというわけではない。
起き抜けにコーヒーを飲んで目を覚ます、というのがいつの間にか日課になっていただけだ。
「どうぞ。」
ナバルが紅茶を入れたカップを差し出す。
ノックスはカップを鼻元に近づけ嗅ぐ。
紅茶独特のほんのり甘い香りがあり、あとからほのかにハーブのスッキリとした香りがした。
「……はぁぁぁ……」
ノックスは目いっぱい香りを楽しんだ。
そしてズズズッと紅茶を一口。
「……………」
「いかがですかな?」
「……これほどまでに美味しい紅茶は初めてだ……」
「はっはっはっ。ノックス殿、大袈裟ですぞ。ですがお気に召していただいたようで私としても嬉しい限りです。」
ナバルはノックスが思いのほか自身の紅茶を気に入ってくれたことに誇らしげであった。
「こちらにレモンも用意してますので、一絞りしますとまた変わった味わいになりますぞ。」
言われるがままレモンを絞り、香る。
そして一口。
「………………」
口には出さなかったものの、ノックスの顔が全てを物語っていた。
「……それで、ノックス殿。昨日の話であるが…」
とナバルは先程とは打って変わって真面目な顔をした。
「13年間『悪魔の口』にいたこと。そして貴殿が人族と魔族のハーフであること。それを打ち明けてくれたことに大いに感謝いたします。」
実は昨夜の会食の後、ナバルにだけはその旨を打ち明けていた。
ある程度真実を語ることで、ナバルの出方を測ったのである。
だが、実際のナバルの対応はノックスが想定していたのと違う反応であった。
「ノックス殿の言うように、我ら人族の中には魔族を嫌う者がいることも確かです。
ですが、子は親を選べない。出自でもって人を区別するなど以ての外だと私は思います。
それは我が国ロンメアでも同じこと。
ロンメア王国では実に多くの種族が暮らしております。
何よりもノックス殿は命の恩人。もしも貴殿が現れてくれなければ、私共々部下も全滅。
仮に生き残ったとしても、この宿の女将であるドランの母に悲しい報告を知らせなければなりませんでした…。
故に私個人としましては、ノックス殿に感謝こそすれど、恨むことはありません。
もしもロンメア王国にて貴殿をぞんざいに扱うようであれば、微力ではありますが、私が証人になりましょう。
…まあ、ノックス殿程の実力者であれば、力づくで乗り切れるでしょうが…。」
ナバルは昨夜の会食の後、ノックスに個別に部屋へ招かれ聞いた事を彼なりに考えてくれたようだ。
「…ナバル殿、感謝する。」
「いえ、感謝は不要です。それにこれは私個人の考えであり、ロンメア王国全ての民がそうであるとは限りませぬ。
あと…私としましては、下心が無いわけではありませぬ。」
「…え?…下心…?」
「そう構えてくださらなくとも。下心というのは、もしもロンメア王国を気に入ってくださったのなら、我らに少しでもいいので剣術や魔術をご教授いただければ、というものですぞ。」
「あ、あぁ、そういうことか。」
「それに、昔の勇魔大戦に比べて今の魔族排斥には、私としても少し思うことがありまして……いや、そのことはノックス殿には関係ありますまい。」
「勇魔大戦?」
「えぇ。今から約800年ほど前に起きた大戦です。それまで魔王が驚異的な力でもって人々を恐怖で支配していた時代があったのですが、一部の人々が反乱軍を立ち上げたのです。
詳細は省きますが、その反乱軍が魔王を倒し、『勇者』の称号を手に入れた、とされております。
これが現在の勇者の原型とされております。」
「…なるほど。」
(……『魔王』……。俺の称号に『魔王格』というものがあるが、それの上位か。『魔王』と『勇者』、まさに前世のRPGそのものだな。)
「今も勇者がいるのか?」
「えぇ。教会により祝福を授かった者の中には『勇者』の称号を獲得したものがおります。」
「ということは勇者は何人も?」
「はい。冒険者の中にもいずれ『勇者』の称号を得ようと努力している者もおりますな。」
ノックスは紅茶の最後の一口を一思いに呷った。