未来の技術
「此度のイブリース王国から使者の訪問。貴様らはどう見る?」
ローシュらがヘイル・ロズを立つより少し前、執務室にはセオドア皇帝を筆頭にデクスター大臣、ブラックウッド、ドレイク、アシュフォード、ウィンチェスターと、各統括もそこにいた。
「……イブリースは、それだけ12使徒の残党を脅威に感じていると考えているのではないかと。」
「…デクスター大臣、以前話した通り、火龍や水龍はノックス国王の配下になってるのよね?」
「左様です。」
「……先のサントアルバ連合との戦争でも勝利を収めたほどの国が、そこまで残党を懸念するということは、それだけ脅威的な何かを持っているということでしょう。」
「………ふむ…………」
「恐れながら、皇帝陛下はどのようにお考えで?」
「イブリースからの書簡によると、打ち損ねた12使徒はデュバル、ロザリオ、ゲラート。さらに、ヨミとハデスも生死不明。
この中で、ノックス国王が脅威に感じるとすれば、能力がいまいち不明なハデスだろう。
しかし、ハデスはノックス国王の配下に下った水龍により一度は倒されていたと聞いている。
それを恐れるとは考えづらい。」
セオドア皇帝は腕を組み、しばらく考えた後に続けた。
「……イブリースの狙いは12使徒ではない。おそらく、ヒロキ、レイカ、リョウヤ、タクト、ミサ、コウスケ。その中の誰かか……もしくは、その全員か。
………そして、この6名には繋がりがある。」
「……繋がり……でしょうか……?」
「聞き慣れない名だとは思わんか?」
「………確かに………あまり聞き慣れない名ではありますが………」
「7代前の皇帝はあらゆる書物をかき集めるのが趣味だった。そこには、先の勇魔大戦にて、魔王がかき集めていた文献などもだ。
俺も読んだことはあるが、不死の研究やら悪魔の研究やらと、中々に面白い研究結果がそこに記されてあった。
そして、その中には、『召喚術』についての記述もな。
その召喚術とやらは、異なる世界から魂を呼び寄せる術、とだけ記されてあった。」
「…………まさか、陛下はその聞き慣れない名を持つ者たちは、その召喚術によって召喚された者だとお考えで……?」
「……ノックス国王がここまで残党に拘る理由。こじつけにも聞こえるかもしれんが、こうは思わんか?
『ノックス国王自身も召喚された者であり、同じく聞き慣れない名の者たちも召喚された者。異世界の技術には、この世界をも滅ぼしてしまうほど恐ろしい技術があり、それを作れる存在が残党にいる。だからこそ、野放しにはできない。』と。」
「……ほ……本当でしょうか……?」
「……そ、それに、ノックス国王がすでにその技術を使い、この世界を滅ぼすことも可能なのでは……それを防がれないために、残党を捕まえようと躍起になっているのでは……?」
「……ふむ……俺の見立てでは、ノックス国王はこの世界を支配しようとは考えてなどいない。あれほどの実力者ならば、そんな技術に頼らずとも、力でねじ伏せることすら可能のはずだ。
先の戦争でも、『アポカリプス』という兵器。報告によると、照射された者の血を即座に沸騰させ、爆散させるという物。それを作り上げたのは教会のはずだ。」
「………で……では……その残党を匿うということは……」
「あぁ。世界を滅ぼす存在を匿うということ。だからこそ、こうしてローシュ補佐官がわざわざ出向き、我々に楔を打った。」
「し、しかし、そのような兵器が作られているとは限らないのでは……?」
「確かにな。恐らくは、ノックス国王が懸念しているのは、『不可侵条約を締結しているヘイル・ロズが、被召喚者らを匿って裏ではその兵器を作らせていやしないか?』ということだ。」
「……辻褄は合うかとは存じます。ですが、その仮定でいきますと、召喚術を行った『術者』が居るはずです。」
「術者ならある程度見当は付いている。」
「……え……?」
「……ほ、本当ですか……!?」
「………フフ………それにしても、ノックス国王とは噂に違わぬかなりの策士だな。」
セオドア皇帝は机に置いてあったカップ麺を手に取った。
「このような代物、まずこの世界で生きる人間ならば考えもせん。それに飛空艇もだ。あれに使われている技術は、凡そこの世界に生きている者からすれば考えの外。未来の技術とも言えよう。」
「……どういう事でしょう?」
「お、恐れながら皇帝陛下、我々には何のことか……」
「ノックス国王は、これらの品を持ってくる事によって、自分は異世界から来た事を暗に示しているのだ。
つまりは、俺がどこまで知っているのか、どこまで予測を立てるのかを試している、とも取れる。」
「「「「………!!」」」」
「とは言え、このカップ麺は絶品だな。」
「……言われてみれば……確かにこのような代物を考えつくなど……」
「それにイブリース王国発の新しい技術の数々……」
「まさに、この国に居たという、ゼニオスのようではあるまいか。」
「「「「「!!!!」」」」」
「…………ま……まさか…………」
「…へ……陛下は……ゼニオス様も召喚された者だと……!?」
「彼の技術は今も尚健在だ。当時は『未来の技術』とまで呼ばれたほどにな。真相は定かではないが、少なくとも今回の件で俺はそう確信した。」
その場にいた者は互いに顔を見合せた。
「……それで……陛下はこの先……イブリースとどう向き合われるおつもりで……?」
「……まずは腹の探り合いだが……その前に貴様らにもう一度確認する。」
「「「「「はっ。」」」」」
「イブリースの探している残党、心当たりは無いか?」
「……いえ……ありません。」
「私も…ありません。」
「……同じくです……」
「存じません。」
「本当だな?」
「「「「はい。」」」」
「ならば結構。そろそろ使者らも立つ頃だろう。それまでにこちらで書簡を作る。ブラックウッド、それを持ってローシュ殿に渡しておいてくれ。
それと、カップ麺は大いに気に入ったと伝えておいてくれ。」
「はっ。」
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一方、ローシュらはヘイル・ロズへの訪問を終え、無事にイブリースへと帰国した。
早速ヘイル・ロズで得た情報やセオドア皇帝とのやり取りなどを報告し、最後にブラックウッドより手渡された書簡をノックスへと渡し、中を改めて読んでみた。
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イブリース王国初代国王、ノックス陛下
まずは、先のサントアルバ連合との戦争において、勝利を収めた貴国の栄誉を讃えます。
そして、その戦争において犠牲となられた方々には、深く哀悼の意を捧げます。
此度、我が国ヘイル・ロズとイブリース両国において、相互不可侵条約を締結頂き、誠に感謝を申し上げます。
さらに、わざわざ我が国にまで使者を派遣していただき、素晴らしい品を献上頂いたことにも、重ねて感謝を申し上げます。
貴国の発明した品々は、どれもこれも未来の技術とも呼べる代物であり、まさにこの国のかつての発明王ゼニオスを彷彿とさせるほどでありました。
さて、ローシュ補佐官が此度の訪問の際に仰っていた、12使徒、並びに、その部下の残党につきましては、第1から第4区全ての統括に改めて確認させていただきましたところ、やはりそのような者については確認出来なかった、というのが我が国としての回答です。
ノックス陛下が危惧しておりますように、我が国としても捜索において出来る限りの協力は致す所存です。
これからも、我がヘイル・ロズとイブリース王国の関係を良好へと築いていければと思うところです。
P.S. カップ麺は絶品で御座いました。我儘を承知で申し上げますが、今後とも、是非ともカップ麺を取引頂けると幸いです。
ヘイル・ロズ帝国皇帝セオドア・ヘイルストーン17世
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「………ふむ…………」
読んでみたが、内容としては残党については知らず、捜索には協力してくれる、という旨であった。
続いてローシュも書簡に目を通し、内容を確認した。
「……ふぅむ………やはりと言うべきか、やはり残党については知らぬ、というわけか……」
「あぁ。……が、今回の訪問が全く無意味だった、という訳では無さそうだな。」
「………と、言うと……?」
「ヘイル・ロズにはゼニオスという発明王がいたらしいな。セオドア皇帝は俺たちの発明を『未来の技術』と呼んでいるが、そのゼニオスもそうだったのだろう。」
「……ふむ………魔鉄の精錬、ソーサリーマント、フリッパー。どれもこれも、ヘイル・ロズ以外では見られない技術であった。」
「セオドア皇帝は、俺たちの技術もそれを彷彿とさせる、とある。ということは……だ。」
「………まさか………ゼニオスという者も、異世界からの……!?」
「可能性としてはある。俺と同じ世界から来たのかは不明だがな。」
「………なるほどのう………それで、セオドア皇帝の言葉は信用なさるので?」
「信用するかはまだなんとも言えん。……が、とりあえずの楔は打てたはずだろう。」
「……ふむ………それにしても、良かったのか?もしもそのゼニオスが転生者であり、それをセオドア皇帝が知っているのならば、ノックス様も、そして残党も転生者である、と気付かれるのでは?」
「むしろそれでいい。ゼニオスの技術を悪用してこなかったヘイル・ロズなら、『未来の技術』の危険性については重々承知しているはずだ。
もしかすると、俺がこの世界に転生されてきた方法について、何か知っていたりするかもしれんな。」
「……転生術……とでも呼べるもの、か………もしそんな術があるならば、術者がおるはず。」
「………あぁ………フフ……にしても、セオドア皇帝もカップ麺の虜になったわけか。」
「無理も無かろう。あれほど美味く、熱湯を入れて3分で食える物など、この世界の何処を探しても見つからぬであろう。
そういえば、ブラックウッド公爵も気に入ったと言うておったの。」
「ならば、これを足掛かりにヘイル・ロズとの取引、としよう。こちらからは、ヘイル・ロズの技術提供をしてもらえればありがたい。」
ノックスは机に置いてあったカップ麺を持ち上げ、軽く笑みを零した。