セオドア・ヘイルストーン17世
ヘイル・ロズ帝国。
ストール大陸の南にある離島、ミディール島という、アステル島よりやや大きめの離島にて、このヘイル・ロズ帝国があった。
サントアルバ教国に次いで歴史のある国ではあるが、今まであまり対外的な国では無かった。
人族を中心としたこの国は、知る人ぞ知る、軍事帝国でもある。
今までサントアルバから加盟国の打診が無かった訳ではない。
しかしながら、今まで教会加盟国とならなかったのは、人族中心の国であるという理由以上に、強大な軍事力を保有していたからであろう。
現在の皇帝はセオドア・ヘイルストーン17世。
先代の皇帝が病に倒れ、若くしてその息子であるセオドアが皇帝の座に就いたのだ。
それにより、旧態依然の閉鎖的国家から、若干対外的な国に変わりつつはあるものの、必要以上に外交をしない国に変わりはなかった。
「皇帝陛下。イブリース王国より使者が参られておりますが、いかが致しましょう?」
セオドア皇帝のもとへ、兵が報告にあがる。
「……イブリースから……?」
「はい。以前締結した『相互不可侵条約』。その打診をわざわざデクスター大臣に御足労いただいた、そのお礼にと。」
「………いいだろう。通せ。」
「はっ!」
セオドアは窓辺へと移動し、窓に移る風景を眺めながら少しばかり物思いに耽け、軽く笑みを零した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お待たせ致しました。ただいま皇帝陛下より入国許可が下りました。
……ですが、入国前に、手荷物検査をさせていただきます。悪しからず。」
「それはありがたい。どうぞ、お気の済むまで検査してください。」
今回、ヘイル・ロズ帝国へとローシュが訪れ、護衛としてリドルとホークを伴っていた。
近くまで飛空艇にて航行し、その後海へと着水して港へと訪れていた。
番兵らは飛空艇の技術力の高さに目を丸くしていた。
ローシュたち3人は早速手荷物検査を受け、その後、城へと案内されることとなった。
「わざわざこのヘイル・ロズにまでお越しいただきありがとうございます。申し遅れました、私ヘイル・ロズ帝国国境警備主任のワイアットと申します。」
「ワシはイブリース王国、国王補佐官のローシュと申します。右は第1部隊隊長のリドルで、左は第2部隊副長のホークです。」
「ローシュ殿、ご丁寧にありがとうございます。しかしながら、イブリース王国の誇る飛空艇の技術には目を見張るものがありますな。」
「そう仰っていただき光栄に存じます。」
ローシュがワイアットに応対している中、リドルとホークはヘイル・ロズ帝国内を見える範囲で見渡していく。
海上には国境警備艇が何隻も展開されており、海からの侵入はネズミ1匹とて許さないかのようである。
国内に至っては、さすがは軍事国家というべきか。
兵は綺麗に1列に並んで敬礼していた。
兵装は基本的に皆帯刀していたが、中には見慣れない装備を着用している者もいた。
透明な布のようなものが、中にある鉄製の芯を覆っているものが見て取れる。
地球で言うところの、ビニール傘のようなものであった。
「……あれはなんでしょう?」
リドルらに代わってローシュがワイアットに尋ねた。
「……ん?…あれとは?」
「兵が腰に持っておられる、透明な布のようなものです。差し支えが無ければで宜しいのですが。」
「あぁ、大丈夫です。あれは通称『フリッパー』。有事の際には、あの透明な布を広げ、前方からの攻撃を弾く役割があるのですよ。」
「……ほう………魔障壁とは違い、弾くのですな。」
「魔障壁では、相手の攻撃力が高ければ破られてしまいます。フリッパーは、相手の攻撃を受け止めるのではなく、外へ逃がす役割を持っているのです。」
「……ほほぅ………貴国の技術力も、素晴らしいのですな。」
「ははは。そう言っていただき光栄です。
……さ、皇帝陛下がお待ちです。こちらからどうぞ。」
案内された部屋へ入ると、セオドア皇帝と思しき若い男が真ん中におり、その背後に4人の男女が整列している。
その中には、以前イブリース王国へ不可侵条約を持ち掛けてきたデクスター大臣の姿もあった。
「ようこそ、我がヘイル・ロズ帝国へ。わざわざ遠いところ、お礼にと御足労いただき、感謝する。
私がヘイル・ロズ帝国皇帝、セオドア・ヘイルストーン17世だ。」
「皇帝陛下に直接お会い出来るとは光栄でございます。私はイブリース王国国王補佐官のローシュと申します。」
「私はイブリース王国第1部隊隊長のリドルです。」
「同じく、第2部隊副長のホークです。」
その後、背後にいた4人も自己紹介をした。
1人はデクスター大臣。国王の秘書という立場であり、ローシュと同じポジションのようである。
1人は壮年の男、第1区統括のブラックウッド公爵。鎧を身につけていても、その屈強な肉体は歴戦の戦士を窺わせていた。
1人は中年の男、第3区統括のアシュフォード伯爵。見たところ魔道士のようで、装備自体はブラックウッド公爵より軽装であった。
最後の1人は若い女、第4区統括のウィンチェスター伯爵。兵装を一切身につけてはおらず、黒のドレスを身にまとっていた。
「急な訪問だったのでな。もう1人、第2区統括にドレイク伯爵がいる。そちらは生憎出払っていてな。」
「構いません。こちらが突然お邪魔させていただいたので、こうして皇帝陛下にお会い出来るだけでも感謝しております。」
「……ふむ。それで、要件を聞こうか。」
「先日、そちらのデクスター大臣がわざわざイブリース王国にまで御足労いただき、相互不可侵条約の提案を持参していただいた、そのお礼を持参して参りました。」
「…ほう……それで、お礼の品とは?」
「コチラです。」
ローシュはカバンから包みを取り出し、中央のテーブルへと差し出した。
早速ブラックウッドが中を改めた。
「……これは………?」
包みからはカップ麺やキュア、醤油や味噌など、イブリース王国にて作られた品々が現れた。
「それは我が国イブリースにて作られた特産品でございます。キュアについてはご存知かもしれませんが。」
「……ふむ………確か、ガンを治す秘薬だと伺っているが。本当に効果がおありで?」
「はい。効能に付きましては私が保証致します。」
「……ほう………他の物は?」
「こちらは醤油と申します。砂糖や塩、酢に並ぶ調味料となるばかりか、生魚に付けて食べる事も出来る代物にございます。
味噌についても醤油と同じく調味料ですが、熱い湯に溶かして食べるととても美味しいものにございます。」
「……魚を生で……ですか……?」
「……ほほう……どれもこれも聞いたことも無いものだが………最後のこの紙製のコップは?」
「こちらは、カップ麺でございます。」
「……カップ麺……?」
「こちらは、先に紹介した醤油や味噌を使用したラーメンという食べ物にございます。」
「……食べ物……?……カラカラしておりますが?」
ブラックウッドは信じられない様子で、カップ麺を振って中身の音を確認していた。
「信じられないでしょうが、熱湯を注ぎ入れて、3分で食べられるという驚きの品でございます。」
「「「………は………?」」」
「嘘ではありません。」
「ハハハハハ!!面白いでは無いか!!おい、ブラックウッド。1つここで食ってみるがよい!!」
「……はっ。」
皇帝の命令により、ブラックウッドがカップ麺の蓋を開け、早速魔術で熱湯を作り、カップの中へと注ぎ入れた。
「……ん………なんか……凄いいい匂いが………」
作られたのは、味噌ラーメンであった。
部屋の中に忽ち味噌の良い香りが充満し、部屋にいた者から誰となしにゴクリと生唾を飲む音が聞こえる。
そうして3分後。
「……で、では………」
ブラックウッドが恐る恐る蓋を開けると、熱々の味噌ラーメンが顕になった。
「……こ、これは……!!?」
「………信じられない………!!さっきまで固そうだったのに……!!」
「………ほう………!」
「どうぞ、召し上がってください。」
「……で、では………」
ブラックウッドが箸で麺を一掴みし、早速麺を啜ってみた。
刹那。
ブラックウッドはさらに2口3口と麺を啜り、まさに箸が止まらなかった。
「……お、おい、ブラックウッドよ。どうなのだ?」
「……味は……!?」
ハッとしたブラックウッドは口元をハンカチで拭い、姿勢を正す。
「………今まで食べた事もないほどに美味でした……!!美味だけでなく、こんな代物が3分で食べられるなど……!!」
「……ふむ………ブラックウッドにそうまで言わしめるとは……私も少し頂こう。」
続いてセオドア皇帝がカップ麺に手を付けると、皇帝も同じく、箸が止まらずに次々に麺を啜り、中のスープも味わっていた。
「どうでしょう、皇帝陛下?」
「……うむ……ブラックウッドが褒めたのも頷ける……良い手土産を頂いたようだ!」
「お気に召して頂き光栄にございます。」
「このカップ麺、そちらは味が違うのか?」
「先程召し上がられたのは、味噌をベースにしたものでございます。他には醤油や塩、魚介をベースとした物もございます。」
「………ほう………聞くだけで垂涎ものだな……」
「これらが、我が国からの感謝の印でございます。」
「……ふむ………ローシュ殿よ、ノックス陛下に感謝を申し伝えておいてくれ。貴殿の計らい、そして、配慮。誠に感謝する。と。」
「ありがとうございます。」
「しかして、よもや我らの国に寄ったのは、それだけではないだろう?」
「…………」
ローシュは一瞬考えた後、話し始めた。
「……皇帝陛下のお耳にもすでに入っておりますでしょうが、我らは先日、サントアルバ、及び、その連合との戦争を致しました。
その際、サントアルバ教国の残党、その居所が不明でございます。」
「……ほう……」
「残党にもう戦おうという意思がなければ良いのですが、だからと言って日和見という訳にもいきませぬ。
現在、連合各国に兵を派遣させ、目下捜索中ではありますが……」
「……つまりは、このヘイル・ロズに匿ってはいやしまいか、というわけか?」
セオドアはローシュが言わんとしていることを先に述べた。
「……無論、貴国が我らと不可侵条約を結んでいるのは承知の上にございます。
……我らとして脅威となるのは、その者らがこの国で匿われ、我らに再度刃を向けぬか?ということでございます。」
「……だろうな。私がイブリースの王であったのなら、私でもその考えに至っていたであろう。」
「杞憂であれば良いのです。我らは、決してヘイル・ロズとの戦争など望んではおりません。」
「それだけの力、技術を有していながら、無用な侵略は犯さぬ、というわけか。」
「それは、ノックス陛下が一番してはならぬ事だと申しております。」
「ふむ。でなければ、こうしてローシュ殿が手土産を持ってくるよりも前に、大艦隊をもって取り囲んでいただろう。」
セオドア皇帝は窓辺へと移動し、窓からの光景を眺めながら少しばかり思案した。
「……ローシュ殿。私が今、我が国に残党を匿っていない、とここで申しても、それをそのまま信じるわけも無かろう?」
この質問には慎重に答えねばならないとローシュは考えた。
「……失礼を承知で申し上げますが、すぐに信じるわけにもいきません。」
「だろうな。余程の間抜けかお人好しでなければ、いきなり信じる者などおらん。
ローシュ殿よ。我らとしても、イブリースとの戦争は望んではおらぬ。それに、その残党を匿うことなど、我が国にとってあまりにも無意味ではあるまいか?」
――『無意味』という訳では無い。
残党の中には、アポカリプスを作り上げたリョウヤ達がいる。
彼らの技術や知識は、ともすればこの世界に核戦争を巻き起こす。
しかし、果たしてセオドア皇帝はその辺りまで知っているのか――
ローシュはここに来るまでに想定していたことを反芻する。
「無意味とお考えであれば、我らとしても捜索は不要でしょう。しかしながら、ノックス陛下は、その残党を野放しには出来ぬとお考えです。」
――不要な戦争など望んでおらず、不要な血も流すつもりもないのだと、ここまでは理解してもらえたはず。
そのノックス様であっても、残党をそのまま放置するという判断はしなかった。
つまりは、残党は野放しにしてはいけない理由がある。
そして、その彼らを匿うということがどういう結果を招くのか――
ローシュの言葉を聞いたセオドアは、しばらく黙考した。
「……ローシュ殿よ。貴国の意図については把握した。我らとしても、出来る限りの事をしよう。」
セオドア皇帝はそれ以上深くは踏み込まず、会話を中断させた。
ローシュもこれ以上踏み込むのは無理だと判断した。
「…ありがとうございます。」
「長旅で疲れたであろう。デクスター、彼らを宿へと案内して差し上げよ。この国にいる間、存分にもてなしてくれ。」
「畏まりました。」