至福の時
登録を終えてギルドを出ようとする。
「ではこのまま魔石の買取といきましょうか。」
「すまないな。色々と。」
「命の恩に比べれば容易いことです。…ん?」
ギルドの扉を開けると衛兵の魔道士がいた。
フェリスが2人を待ち構えていたのだ。
「あ、あの!隊長はお疲れでしょうし!魔石の買取に関してはあの!あ、あたしが!」
ナバルは額に手を当てている。
「フェリス、宿はどうなった?」
「それはもう!もちろん!既に確保しております!そ、それより…」
「はぁ……フェリス。お前がノックス殿の魔法に憧憬しているのは分かる。が、時と場合と立場を弁えろ。」
「め、迷惑はかけません!!」
フェリスは魔法に関してはナバルの言うように本当にオタクだった。
彼女は容姿については美人の部類であったが、魔法に関してのみ興味がある性格であり、他のことなど二の次だ。
そんな性格が災いして第3支部の関所の警護という最前線に飛ばされてしまっている可哀想な者である。
だがフェリスは実践で魔法を磨けることに喜んでいたのだから本人は全くといっていいほど自分を可哀想だとは思っていなかった。
「そ、それにあたしなら!魔石に関しても知識があります!もしも買取価格を誤魔化されたとしてもあたしなら見抜けます!」
隊長に顔を近づけ、鼻息をフンスフンスとしながら力説している。
「わ、わかったから……ノックス殿、すまないがフェリスを同行させても?」
「あぁ。俺も魔石の相場が分からない以上、精通者がいるのは心強い。」
「あ!ありがとうございますー!!」
彼女はペコりと勢いよくお辞儀をした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
店に着き、魔石の鑑定を行ってもらう。
この店に来る道中、フェリスは物凄く上機嫌であった。
反対にナバルは困ったような顔をしていたが。
「…ふむ。どれも純度が高いですな…。それにこれは大きさも申し分ない……して…あの…」
魔石の鑑定人と同じかそれ以上にフェリスも魔石を鑑定している。
「ここまで赤が濃く澄んでいる魔石は相当な代物ですよ…!見てくださいよコレも!小さいけど藍色の魔石!!コレも相当に……!!」
「フェリス…!」
ナバルは顬に青筋を立ててフェリスの首根っこを掴んで持ち上げた。
「た!隊長!まだ鑑定がー!!」
「先も言ったが、お前は時と場合と立場を弁えろ!」
「そ、そんなー!!」
こうして見ると本当に残念な美人である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「鑑定額ですが、全て買取となりますと4400ダリルですな。」
フェリスはナバルに雷を落とされ肩を落としていたが、鑑定額を聞くやいなや
「おかしいです!!その藍色の魔石なら800ダリル!ヘルハウンドの魔石なら4000ダリルはありますよ!!」
と憤慨した。
その後も色々あって、買取額は5800ダリルと落ち着いた。
ノックスはその間商談には口を挟めないでいた。
そもそも魔石の知識がなく相場も分からない、というのもあるが、フェリスの気迫に気圧されてしまっていた。
彼女は世間的に言えばオタクで残念な美人と評されているが、ノックスからすれば有難い存在であった。
その後、ナバルとフェリスは衛兵達がいる宿へと戻った。
ノックスはすぐに宿に戻らずに村の中を見て回ることにした。
簡単に物価を確認するためだ。
商店を見て回り、様々な物価を確認する。
リンゴ1籠・・・5ダリル
串焼き1つ・・・2ダリル
鉄の剣・・・280ダリル
鉄の盾・・・300ダリル
紙・・・10モンド
回復ポーション・・・60ダリル
マジックポーション・・・100ダリル
(なるほど…1ダリルは日本円で100円程度か。モンドはダリルの下、おそらくは1モンド1円か0.1円か?
となると手持ちの5800ダリルは日本円だと58万円か。結構な金額だな。)
ノックスは日本円と照らし合わせて大体の相場を把握した。
となると、フェリスがいたおかげで4400ダリルが5800ダリルに上がったことを考えると、14万円分も得をしたことになる。
ノックスは回復ポーションを10個、マジックポーションを4つ、串焼きを1つ買い、串焼きを食べ歩きながら衛兵達のいる宿へと戻ろうとした。
串焼きはこの辺りに生息しているホーンラビットの肉だった。
それを甘辛いタレでもって照り焼きにしてある。
この世界の一般人からすればどこに行っても売られているごく普通の串焼きであったのだが、ノックスはあまりの美味しさに涙が出そうなほどであった。
それも仕方ない。
彼は13年間、まともな料理を食べていない。
料理のスキルを覚えてはいるものの、『悪魔の口』で食べていたのは魔物の肉や魚をただ焼いただけのもの。
香草になるやもと思いハーブっぽいものを付け合せしてみれば、それは麻痺性のある毒草により、半日ほど手足が痺れ、歩くのもままならないことがあったのを思い出す。
そのおかげで麻痺や毒の耐性を得たのだが。
料理のスキルが上がるにつれて焼き加減が上手くなったが、いかんせん調味料がないのだ。
そんな中、この世界で串焼きを初めて口にした。
濃厚なタレが口の中に広がり、そして噛めば噛むほどホーンラビットの肉汁が溢れ、甘辛いタレによく絡む。
こんなにも美味い物があるのかと思えたほどに感動していた。
あまりの美味しさにノックスは踵を返し、露天商から串焼きを5つ追加で買い、ホクホク顔で宿へと戻って行った。
余談だが、ノックスとすれ違った他の冒険者は、至福の顔をしながら串焼きを食べているノックスを見て(そんなにも美味い串焼きなのか!?)と、ノックスが買った串焼き屋へと直行することになる。
宿に着く頃には串焼きを全て平らげたのだが、彼はその後、その事を後悔することになるのだった。




