責任の果たし方
ノックスが齎した和食の文化ではあるものの、相変わらず寝起きの紅茶だけは変わらない。
さすがに紅茶と味噌汁を同卓に並べられるのもどうかということで、味噌汁は朝食時に提供される。
イブリース城の使用人らは早速色々と新メニューの開発に勤しみ、寝る間も惜しんで様々なメニューを考案していた。
「流石はノックス陛下でございます!私も、主人と息子に味噌汁を提供してみたところ、大好評でございました!」
メイドのアイリーンは嬉しそうに報告した。
「まだ量産までには少しばかり時間が掛かる。しかし、味噌だけなら各家庭でも簡単に作れるぞ?」
「…さ、左様でしょうか!!?」
「あぁ。」
ノックスはアイリーンに味噌作りの工程について簡単に説明する。
ノックスの言う通り、味噌は醤油ほど難しい工程が無いために、日本でも昔から各家庭で作られていたのだ。
『手前味噌』という言葉は、自分のところで作った味噌を他人に自慢したことが語源となっている。
「……しかし、良いのでしょうか……?そのような極秘のレシピを私などに公開しても……」
「構わん。むしろ、各家庭で作られる味噌がどれ程のものなのか、皆で研鑽して欲しい。俺も、美味しい味噌汁を飲みたい。」
「……なんと寛大な……!!……このアイリーン、生涯を通してノックス陛下にお仕えさせていただきます……!!」
「……そう改まらなくてもいいが……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、ノエルは皆を集めて大会議室にて作戦会議を行っていた。
そこにはリドルやアインらだけでなく、マイナたちの姿や、コリンたち。更には新米の衛兵らまで見て取れる。
何か盛大な作戦でもあるのかと、衛兵らにも緊張感がヒシヒシと伝わっていた。
「皆、今日までご苦労。本日こうして集まってもらったのは他でもない。これまでに無い重大な作戦会議を執り行う。
本日任務に就いている者には各隊長より別途案内する。
では、資料を配布する。」
ノエルの合図により皆の手元に資料が配られた。
配られた資料に目を落とした衛兵らは、その『重大な作戦』の内容を知らされた。
「……ノックス国王陛下の……結婚式典開催に関する作戦要項……?」
ノエルは結婚式の開催にあたり、友好国代表者の招致、警備の箇所や人数の割り当て、パレードのルートなど、様々な取り決めについてリドルたちと話し合って決めていた。
ナタリアとモズは傷心の様子ではあった。
「……こりゃあ第二夫人の座はレヴィアさんで決まりッスねぇ……」
とアインが皮肉混じりに呟くと、すぐさま2人は活力を取り戻したのだが。
「では、作戦要項について説明する。」
ノエルの口から作戦要項について語られた。
聞けば聞くほど、とても緻密な作戦であり、分刻みでのスケジュールが組まれていた。
王城内警備にあたっては王城の図面を前に貼り出し、より詳細に分かりやすく解説していた。
特に、万が一不測のトラブルに見舞われた際の対応についての説明は入念に行った。
作戦会議は長時間に及び、終わる頃には皆ヘトヘトに疲れ切っていたが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……それにしても……いよいよノックス様も結婚かぁ……」
会議も終わり、仕事を終えたコリンはアイザック、アテナ、ミラたちと久しぶりに外食を取っていた。
そこにはコリンの姉のマイナや、アテナの姉のヨハンナもいた。
「…んまぁ、ノックス様はカッコイイからなぁ。惚れない女なんていないだろうな。」
「にしても、ノエル総隊長も張り切ってたなあ。」
「……総隊長………本作戦の指揮を摂るに当たって、随分無理をされてらっしゃいましたから………あたしも遅くまで研究室にいるけど、総隊長はあたしより遥かに遅くまで会議室で資料を作成してました……」
「……ミラより遅いとか……マジか………」
「その辺、私たちも言ったのよ。でも、総隊長ったら作戦に穴が無いか、作成した要項を何度も確認してたから……」
「それよりも意外なのはナタリア隊長とモズさんだよなぁ……あの2人、相当に落ち込んでたってのに、今日は全然そんな感じしなかったもん。」
「……あれは私がアインに言ってもらったのよ。ずっと落ち込みっ放しの2人に発破をかけるために、皮肉を言ってやってってね。」
どうやらアインの皮肉はマイナの手引きによるものであったようだった。
「…お姉ちゃんは良かったの?」
不意にアテナがヨハンナに尋ねた。
というのも、ヨハンナはノックスに多少の恋心を寄せていたからだ。
「…あたしは別に……憧れはあったし、少しの間一緒に行動とかもしてたけど……で、でも、それは一時のものというか…!」
「死にかけの自分を治療しただけでなく、とてつもない強さ。それにあの容姿。まあ、アイザックの言ってたように、惚れない女のほうが少ないかもしれないわね。」
マイナがヨハンナをフォローする。
「……とか言う割に、しばらく家で凹んでたじゃん。」
「………うっ………」
「……そうだったのね……ヨハンナ。」
「…あ、あたしのことはもういいって!それよりマイナ、あんたはどうなのよ?」
「…え、私?………特に何も無いけど………」
「……はあ?……あんだけ一緒にいてまだ何も進展がないわけ?」
「……一体何のことよ……?」
「アインくんに決まってんじゃん。この前もダンジョン一緒に行ったんでしょ?」
「……あぁ……アインのこと?彼とは別にそういうのじゃないんだけど。」
「…えぇ!?……て、てっきり俺、2人は付き合ってんのかと……」
「そんな訳無いわよ。」
「……え……じゃあなんで2人はいつも一緒に……?」
「別に深い意味は無いわよ。同じ魔道職で、時間が合うから一緒に行ってるだけよ。」
「……ふ〜〜ん……」
「な、なによ……?」
「……ま、そういう事にしといたげる。」
ヨハンナは含みのある言い方をし、それ以上の言及はしなかった。
「……それにしても、アテナも小隊を任せられるなんて、出世したなあ。」
サンドアルバ連合との戦争が終わってから、イブリース王国の人口も増えたことで、配置を刷新していたのだ。
総隊長にノエルを置き、第1部隊隊長にリドル。
副長には引き続きハイゼルと、新たにそこへモズとアインが着任した。
第2部隊に配置換えはなく、第3部隊では殉死したキリトと入れ替わる形でセトが着任していた。
そこからさらに隊を細分化し、いくつかの小隊が結成されている。
アテナはその内の1つの小隊を任せられるようになったのだった。
「……俺はあの戦争じゃあ、なーんの役にも立たなかったかんなぁ……全く、情けないったらありゃしない。」
「確か12使徒のリームスが相手だったんだろ?そりゃさすがに相手が悪すぎだったよ。」
「……だけどよぅ……ルナ様にかっこ悪いとこ見せちゃったよ……後から聞いたけど、シャロンちゃんもやばかったって話だしさ。」
「……それを言うなら、僕だってアルフェウスさんが居なけりゃ、もう死んでるよ。僕なんかより、アルフェウスさんのがよっぽど強いっていうのに……」
コリンとアイザックは自分の力の無さを嘆き、場が少ししんみりとした。
「……そんな事言い始めたら、私なんて諜報で外出してたのよ?戦いにすら参戦出来なかったわよ。」
ヨハンナは2人を窘めた。
「……でも、おかげでヨハンナさんはその後すぐに教会にいた枢機卿の確保出来たじゃないですか。」
「……それはタイミングの問題よ。誰にだって出来ること、出来ないことはあるわよ。」
ヨハンナはビールをゴクリと飲み干して改まった。
「後悔することなんて山ほどあるわ。あたしだって、もし残ってたらキリトのバカを死なせずに済んだかもしれない。仲間や国民を守れたかもしれない。
でも、そんな事、考え始めたらキリが無いわ。」
「……分かってはいるんですけど……それでもどうしても……」
「だったら、答えは簡単よ。『じゃあこれからどうする?』」
「………これから………」
「失ったもの、無くしたのを数えたって辛くなるだけ。大事なのは、今何が残っていて、これからどうするのか、よ。」
「さっすが、淡い恋が終わっちゃった人の言葉は重みが違うわね。」
「……マイナ。あんた今日、朝まで付き合え。これは決定事項よ!!」
「……拒否権は……」
「無い!!あたしの純情を弄んだ罰を受けさせてやる!!」
マイナの横槍で話が逸れてしまったが、コリンとアイザックはヨハンナの言葉により少しだけ胸が軽くなった気がした。
「……これから、か。」
「そうよ、アイザック。結果的には、ルナ様もシャロンちゃんも無事だった。かっこ悪いって思うんなら、これから挽回すればいいだけよ。」
「………だな。」
「コリンも。アルフェウスさんはコリンを守ろうとして死んだの。にも関わらず、今みたいにウジウジしてる姿、アルフェウスさんに見せられるの?」
「………見せられるわけ………無いなぁ………」
「だったら、アルフェウスさんに誇れるような、そんな男になりなさいよ!」
「…ア、アテナさん…」
「……アテナはコリンに厳しいねぇ……」
「あたしだって、あの戦争で自分の未熟さを嫌というほど味わったわ。
……それこそ……本当にコリンが死んじゃうんじゃないかって……!」
「……でも……僕のせいで……アルフェウスさんが……ノックス様にとって、とても大切な仲間の……!!」
「ここで飲んでいたのか。」
突如コリンたちに声をかけてきた男に、一同は一斉に声の主を見やった。
「「「「「ノックス様ぁ!!!?」」」」」
声の主はノックスであり、後ろにはノアも着いて来ており、皆は驚いて立ち上がった。
「そのままでいい。驚かせて悪かった。」
「ミャウ。」
「な、なんでノックス様がこんな所へ…!?」
「今日はノエルとアイン、リドルと久しぶりに外食に出掛けてな。一旦お開きになったんだが、どこかで飲み直そうかと。」
「……そうだったんですか……」
「ど、どうぞ、ここで良ければお掛けください!!」
アイザックは自分の席をノックスに譲るべく立ち上がった。
しかし、ノックスはすぐさま手でそれを制した。
「気を遣わんでいい。俺は向こうで飲むさ。」
ノックスが空いている席へと移動しようとしたその時、コリンが立ち上がり、ノックスの前で土下座した。
「ノックス様!!僕のせいで……僕のせいで、アルフェウスさんが……!!……僕が……弱いばっかりに……アルフェウスさんを死なせてしまって………申し訳ありません!!!!」
「……俺も……俺がもっとちゃんとしてれば、ルナ様やシャロンちゃん……引いては、フィオナ様を失うことは無かったはずです!!」
アイザックも続いてノックスに土下座した。
しばらく場に沈黙が訪れた。
「顔を上げろ。」
「「……はい……」」
「フィオナ、アルフェウス。それだけじゃなく、この戦争ではたくさんの仲間や市民が犠牲になってしまった。
責任を感じるのならば、被害を食い止められ無かった俺の責任だ。」
「…そ、それは教会がいきなり襲いかかってきただけで…!」
「それに、アルフェウスさんは僕のせいで……!!」
ノックスはふうと一呼吸置き、話し続けた。
「失った者たちのためにも、俺は歩みを止めるつもりは無い。
それこそが、俺が……俺たちがすべき『責任の果たし方』だ。
頭を下げ、赦しを請うたとて、失った者は還りはしない。」
「「………………」」
「少しでも責任を感じるというのならば、お前たちなりの『責任の果たし方』をしろ。
ただし、それは決して俺に頭を下げることではない。」
「………はい………!」
「…精進…します………!!」
「期待しているぞ。
……とはいえ……少々目立ち過ぎたな。」
辺りを見ると他の来客らも顛末を見守っており、かなり注目を集めてしまっていた。
「せっかくの酒だ。暗い話で飲むより、もっと楽しい話で飲め。」
「ありがとうございます!ノックス様!!
……僕……アルフェウスさんに顔向け出来るくらい、もっともっと強くなります!!」
「お、俺も!!」
「あぁ。期待している。今日は俺のおごりだ。マスター、他の客の勘定も全て俺持ちで頼む。」
「…こ、国王陛下からお金を巻き上げるなど……」
「遠慮する必要は無い。」
「…かしこまりました…!」
その途端、酒場から歓声が巻き起こった。
中にはコリンたちを励ます声も聞こえ、コリンたちは敬礼した。
ノックスはそのままコリンたちのテーブルに合流することとなり、今までの苦労話や強くなるための秘訣など、夜遅くまで飲み明かしていた。