白龍
ロンメア王国での要件を済ませ、ノックス一行はウィンディアを目指す。
ナタリアとモズは泣き腫らしてスッキリしたのか、いつもの調子に戻りつつはあった。
だが、どうやらルナが2人の面倒を見てくれ、励ましてくれたようだった。
「大変だったんだからね……」
とルナが愚痴を零していたが。
『ノックス国王の婚約』の噂は風の如く一瞬で広まり、ノックスらがウィンディア王国へと到着するなりシアン国王から祝福の言葉がかけられた。
ウィンディアではあれから国の整備が重点的に行われ、特に力を入れていたのが上下水道設備であった。
早速国の状況を説明していたシアン国王だったが、アーリア王妃がノックスを見るや抱きついて感謝を述べてきた。
「ノックス国王陛下!!先日はありがとうございました!!キュアのおかげで……私の母はスッカリ元気を取り戻したのです……!!」
「…あ……あぁ、そ、それは良かった…」
「これこれ、アーリアよ。ノックス陛下の前で見苦しい姿を見せるで無いぞ。」
「こ、これは失礼致しました…!!」
「すまんな、ノックス陛下。」
「いや、構わない。俺たちもウィンディアから資材や職人を多数派遣してもらってかなり助かっている。」
「ファッファッファッ!我が国民も、イブリース王国…強いては、ノックス陛下の役に立ちたいと息巻いてくれておるのでな。」
その後、ロンメアと同様に国賓としてもてなしを受けた。
各部隊長、特にシリュウはノックスが本当にザリーナと結婚するのかと驚いていた。
ここではルナが職人たちに引っ張りだことなっており、無線機やトイレ、フライトボードなどについて色々と質問をなげかけられたりもしていた。
そうしてウィンディアでの外遊を終えたノックスは、そのままイブリース王国へと帰国した。
「ノックスよ!!妾に黙って他の者を娶るなど、何も聞いておらぬぞ!!」
「そーよ!!第一夫人がいるってのに不倫なんて許さーん!!」
帰国するなりレヴィアとルミナが迫ってきた。
「……誰もお前たちを娶ると言ってないだろう。」
「そのザリーナとやら、妾を差し置いてノックスの伴侶になろうと不届き者め!!」
「じ、じゃああたしが第二夫人!!そこは絶対譲んないかんね!!」
「……はぁ………」
「ノックス様、なんとか言ってやってくださいッス……結婚するって聞いてから2人ともずっとこんな感じで……」
「なんじゃアイン。妾に意見を申すのか?」
「ひぇっ!!」
「………止めろ……まったく……」
「ナタリアもモズも!!なぜノックスがザリーナと結婚することを許したのじゃ!!」
「……そ、そんなこと言われたって……」
「……ノックス様がお決めになられた事ですので……」
「そんな程度で許してなるものか!そのザリーナとやら、妾が見極めてくれるわ!!」
「止めろと言ってるだろう。俺の言葉が聞けんのかレヴィア?」
「………ぐっ………」
「俺が誰と結婚しようと俺の自由だ。」
「し、しかしじゃノックスよ!!そのザリーナを選んだのは何故じゃ!?もしや、妾より強いのか!!?」
「強さで決めた訳では無い。」
「……ならおっぱいだな!!あたしの胸が小さいからってー!!」
「……違う。」
「……お二人共、そこまでにしてください……これ以上聞くと、余計惨めに感じちゃいますぅ……」
モズは今にも泣き出しそうな声で2人を制した。
「……何故じゃモズよ……?」
「……ザリーナさんと比べちゃうと……あたしは足りない物しか無いですから……ぐすっ……」
「……そこまでの女という訳か……!!」
「………はぁ…………」
ノックスは深くため息をついた。
「ノックスよ。妾では、お主がザリーナを夫人として迎えるのを止められやせぬ。
ならば、妾は第二夫人で我慢してやろう。」
「……んなっ!!それはあたしがすでに第二夫人ですけどねー!!」
「小童は黙っておれ。」
「……こ、小童……!!?」
「……好きにしてくれ……」
危うく「第二夫人など取るつもりは無い」と言いかけたノックスだったが、それを言えばまたレヴィアたちがゴネるだろうと思い引っ込めた。
ノックス婚約の噂はすでにイブリース国内にも広がっており、さらにその相手がロンメアが誇るザリーナということで国内は大いに賑わっていた。
街中にはノックスの婚約を祝う垂れ幕がいくつも掲げられ、国を上げて祝福していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ノックスらはこの日、教会から救出した白龍の元へと訪れていた。
救出した当初はかなりとやせ細っていたのだが、あれからこの国で療養し、今では自分の足で歩き回れるほど回復していたのだ。
「もう元気そうだな。」
「はい!皆様のおかげで……こうしてまた外を歩けるなんて……!」
執務室にはノックスの他にノエル、レヴィア、ベリアルの姿が見て取れる。
「ノックスよ、話を始める前に、この白龍にも名を与えよ。」
「……ふむ………」
「…あ……あたしに……名前だなんて………」
「では、『アイリス』という名はどうだ?」
「……ほう、アイリスか……良き名じゃと思うが?」
「……アイリス………とっても可愛いお名前ですね…!」
「気に入ったのならば、今日からお主は『アイリス』と呼ぶぞ。」
「はい!とっても気に入りました!ありがとうございます、ノックスさん!」
「気に入ってもらえて良かった。それで、話というのは?」
「……アズラエル教皇の事です……」
「……あぁ。止めて欲しいという願い、叶えられず済まなかったな。」
「………いいえ………ああする他無かったと、私も承知しております………もしかすると、彼は誰かに止めて欲しかったのかもしれません………」
「………悪魔の力………恐ろしいものでした………ノックス様だからこそ、止められたのだと存じます。」
「……奴は勇魔大戦の時から生きていたそうだな。」
「……はい。今日は、その事についてです。」
アイリスの口から、アズラエルについて語られた。
「勇魔大戦は、とても熾烈な争いだったのです。当時の魔王『ガイオス』は、『魔族至上主義』を掲げ、特に、知恵を持つ人族を忌み嫌っておりました。
ガイオス主導の元、当時行われていた研究は、『不老不死』。
人族を脅威と判断していたガイオスは、殊更にその研究を推し進めていたのです。
その時、白羽の矢が立ったのは、私の母であり、当時の白龍。
白龍の持つ圧倒的な自己治癒能力を手にしようというものでした。」
「……ふむ………最初にアズラエルと対峙した時は、奴が白龍の力を継承したのかとも考えたが。」
「……いえ……あれこそまさに、ガイオスが手にしようとしていた力そのものなのです。
ガイオスは他種族を捕え、白龍の力を無理やり与え、とてつもない自己治癒能力を手にしようと考えていたのです。」
「……その過程で、アズラエルが不死の能力を手にしたのか……
……だが、不自然な点がある。その研究に成功した場合、アズラエルをどう処理するつもりだったのか……」
「……それは私にも分かりません。迫り来る勇者たちの脅威に、それ程猶予も無かったのかもしれません。」
「…………かもな………」
「私と母は、ガイオス率いる魔族軍に捕らえられていたところ、後の勇者が現れたのです。
母は、現れた勇者に血を与え、さらに、残った体力を振り絞り、私に力を継承し………そのまま………」
アイリスは当時を思い出して薄らと目に涙を滲ませた。
「……私はそのまま教会へ保護されました。後で聞いた話ですが、魔王ガイオスは、後の勇者たちに倒されたと。
私が教会で保護されてしばらく時が経ち、私は教会に何か恩返しがしたいと考え、付与術を教えたのです。」
「………少しいいか?
アイリスの話からすると、当時の白龍は勇者らが倒したのでは無い、と?」
「……はい。魔族軍に捕らえられ、幾度となく血を抜き取られ続けた母には、脅威的な自己治癒能力があってしても、もはや脱出する気力も無く……」
「………なるほど………教会は信者を増やすためにも白龍は勇者が倒したという事にしたわけか。」
「……なぜ魔族軍は血を欲しがったのじゃ……?」
「八龍の持つ血肉は、与えられた者に更なる力を呼び起こすと言われているそうです。
魔族軍はそれを知らずに白龍の力の研究のために血を抜き取りましたが。」
「………更なる力を呼び起こす………?」
「俗に言う、【称号】を与えるのです。」
「……【称号】を……!!?」
ノックスはアイリスの話を聞きながら、ようやく【称号】の謎が解明された。
ノックスが『悪魔の口』にて、いつの間にか手にしていた【魔王格】。
あれはまさに、地龍の血肉を食らったことで手にしたのだと。
そして、今教会が独占している【称号】の付与も。
アイリスは教会本部地下にて、【称号】を欲する者に血を与えるために囚われていた事を話す。
教会はいつの頃からか『人族至上主義』の考えが蔓延し、アイリスも強制的に地下へと収容されていった。
ノックスはアイリスから聞いた話を頭の中で要約する。
勇魔大戦の折、魔王は白龍の持つ自己治癒能力を研究。偶発的にアズラエルがその能力を獲得。
白龍は助けに来た者らに血を与え、おそらくその際に【称号】が与えられた。
白龍の力は自身の子に継承され、その後力尽きた。
教会は信者を獲得するために歴史を改竄し、白龍は勇者らが倒したと流布した。
さらに、アイリスから聞いた『固有魔法』の付与、及び、アイリスの血を用いた【称号】の付与。
これらが教会をより強固にさせていったのだ。
「……つまりは、俺やベリアル、レヴィア、アイリスの誰かの血を、例えばここにいるノエルに飲ませることで、【称号】が手に入るというわけか。」
「はい。」
「……そ、そんな事で【称号】が手に入るとは……」
「何なら、俺の血で良ければ飲んでみるか?」
「…え、ええっと……そ、それは非常に有難いお申し出なのですが……その………」
普段澄ました顔をしているノエルだったが、分かりやすく狼狽えた。
「……冗談だ。」
「……ということはじゃ……ノックスよ……お主、ジジイの血肉を食ろうたんか……?」
「……………あのまま地龍の肉を腐らせるわけにもいかんだろう…………殺生をした以上、その命には最大限の感謝はせねばならん。と思ってな……」
「何を不思議がるのじゃベリアルよ。お主とて、人間を食ろうたことくらいあるじゃろうて。」
「……ま、まあ……それもそうじゃがのう……」
「………話を戻すぞ。アイリスが教えたという付与術。あれは今、どういう訳か宝石ではなく人に対して使われているが、知っているのか?」
「………人に………?……そ、そんな……あれは、宝石に付与させるものだと教えたはずです!!」
「……そう言われても、現在まで教会は『固有魔法』を付与させる術として使用している。」
「人間に付与させる術だなんて、私が母から教わったのは、あくまで宝石に付与させる術として教わったのです!」
「……ふむ………」
「ノックスよ、アイリスが嘘をついているようには思えんぞ。」
「分かっている。となれば、付与術を人間に用いたのはやはり教会、という訳か。」
「……私のせいで………こんなにも沢山の犠牲が生まれてしまったなんて………」
仕方なかったとは言え、『固有魔法』や【称号】の付与が、教会の力を大きくさせた要因であることに変わりはなかった。
「……アイリス……それは違う。」
項垂れるアイリスに向け、ノックスがキッパリと言い切った。
「どこの世界でも、力というのは持つ者の使い勝手で変わるもの。
『他者より強く』『他者より上へ』
手にした力に溺れ、使い方を誤り、戦火を拡大させるのは、人の過ちだ。
……だが、それを正せるのも人だ。」
「……ですが……」
「例えばナイフ。これは何かを切るのにとても便利なものだ。だが使い方次第では凶器にもなる。果たして、ナイフを作った鍛冶屋は悪だと言えるか?」
「………………」
「それと同じこと。使い方を誤った者を正す。正さねばならない。増してや、付与術に関してはアイリスの善意で教えたもの。
それを咎めるほうがどうかしている。」
「アイリスよ。ノックスの言う通りじゃ。気負う必要など微塵もあるまい。」
「………そう………です……よね…………」
「どうしても気になるのならば、俺たちと共に来い。」
「………私が………いいのでしょうか……?」
「ただし、俺の国に住まう以上は、俺の国のルールに従ってもらう。」
「……ルール……?」
「あぁ。働かざる者食うべからず、だ。」
「……【称号】を……与え続ければ良いのでしょうか……?」
「そんな事は微塵も言っておらん。そうだな……」
「ノ、ノックスよ!まだ幼いアイリスに無茶なことを言うでないぞ!」
「分かってる。ではこうしよう。俺たちが過ちを犯さないか。また、犯していないか。それを見守ってはくれるか?」
「………え………?」
「他にやりたい事があるのならそれを優先しても構わん。が、無理強いだけはしたくはない。」
「ガハハハハ!!それは良いのう!!」
「……言うておくがアイリスよ。ノックスの第二夫人は妾じゃぞ。そこだけは絶対に譲らぬ。」
「………ほ……本当に………いいんですか……?」
アイリスは突然大粒の涙をポロポロと流した。
「な、なな、なんじゃ!!?姉上が怖かったのか!!?」
「戯けが!!妾より貴様じゃベリアル!!」
「……アイリス……?」
「……ご、ごめんなさい……!」
アイリスは袖でゴシゴシと涙を拭いて改まった。
「……てっきり、教会に居た時と同じように………囚われて……血を抜かれるのかと…………」
「そんな事は俺の目が黒い内は絶対にさせん。」
「………ん?ノックス、お主の目は茶色いぞ?」
「……言葉のあやだ……俺が生きている内は、アイリスに辛い思いは絶対にさせん。この国では、自由に過ごしてくれて構わん。」
「………私…………今まで、檻の外に出られたことなんて……1度も無くて………本当に………本当に…………?」
「あぁ。」
「安心するが良いぞアイリス。お主を虐める輩が現れたのなら、妾が消してくれる。」
涙を拭いたアイリスだったが、その涙は再度目から零れ落ちた。
途端に堰を切ったようにワンワンと泣き出して感謝した。
「……ありがどう……ありがどう……ございます……!!」