窮鼠猫を噛む
フレイが魔力を練り上げると、足元から多数の蔦が蜘蛛の巣のように広がった。
それに続いてフレイが従えていた部下らが一斉に剣を抜き、ノエルたちに向かって斬り掛かる。
「……チッ……!」
部下の兵らは尋常ではない速度で斬りかかり、上空から飛びかかって来た者はそのまま大地を砕いた。
「ノエルくん、気をつけてよぉぉ!こいつらはフレイの作った薬のせいでとんでもなく強化されてるよぉぉ!」
「おやおやファウスト。女の秘密を易々と口にするとは見下げた裏切り者ですこと。」
フレイの足元に伸びていた蔦が更に範囲を広げ、ノエルたちの足元にも及び始める。
その蔦でノエルらの足を搦め取り、強化兵で討ち取ろうとするのがフレイの策であった。
蔦がノエルらを捕らえるべく高速で地上を這いつつも、強化兵らのサポートまでも行う。
蔦はそのまま倒れ込んでいたキリトにも襲いかかり、無数の蔦がキリトに絡みつく。
蔦にある無数のトゲによりキリトの身体をズタズタに切り裂きながら締め付けていった。
「……く……そ…………こん……な……ところ……で………」
死ぬ訳にはいかない。
また、キリトを殺させる訳にもいかない。
ノエルは『縮地』を使用して群がる強化兵らとの距離を一瞬で詰めて切り伏せた。
キリトも同じく『変身』を使用してネズミに化け、フレイの蔦から脱出した。
ファウストはいつの間にか使用していた『透明』で姿を消し、フレイの背後からこっそりと近づいて斬りかかった。
「……全く、どいつもこいつも。腹立たしいことこの上ないですわね。」
フレイはため息をつくと、魔障壁を展開させてファウストの攻撃を凌ぐ。
そして、さらに魔力を練り上げると、地中から巨大な蕾が出現した。
蕾は紫の花粉を撒き散らしながら開花すると、そこには赤い花弁に緑の斑点が特徴の大きな花があった。
「……こ、こりゃ不味いよぉぉ…!!」
花粉を多少吸い込んでしまったファウストは『透明』が解除されてしまい、さらには身体の自由が奪われていた。
甘ったるい匂いが周囲を包み、花粉はどんどんとその領域を拡大させる。
それだけでなく、切り伏せたはずの強化兵らの傷がその花粉の影響か、みるみるうちに回復していった。
「さぁて、ファウスト。教会を裏切った罰を与えましょう。貴方には、私が作り上げた中でも最も醜悪な花の養分にして差し上げますわ。」
「……へ……へへ…………そりゃあありがたいですけどねぇぇ……おじさんはまだ諦めちゃいないよぉぉ……?」
「おや、諦めが悪いですこと。では、悪あがきを見せてくださいな。」
フレイは卑しい笑みを浮かべつつ、ファウストに花の種を植え付けるべく包みから種を取り出した。
が、その時、突如巨大な風が巻き起こり花粉を散らす。
さらに巨大な火がフレイに向かって放たれた。
「……あら、貴方方はファウストの腰巾着じゃありませんの。確かお名前は……」
「ヨークだ。」
「ジョアンだよ。覚えておきなババア。」
「……ババアとはいただけませんわねぇ。」
ジョアンにババアと呼ばれた事に余程腹を立てたのか、フレイは笑顔を見せつつも青筋を立てていた。
フレイは魔力を練り上げると先程開花させた花にさらに魔力を流し込む。
すると、花はどんどんと成長してゆき、茎から無数の蔦が触手のようにうねらせる。
地中からはボコボコと小さな蕾が顔を出し、そこからもサイズの小さい花がいくつも開花していった。
「これは私の研究により生み出された、通称『ヴェノム』。ここに居る皆様には恐縮ですが、全員、このヴェノムの餌食にして差し上げますわ。」
フレイがニヤリと口元を歪め、ヴェノムの触手が近くにいたファウストへと襲いかかる。
すんでの所でジョアンの『縮地』により救出されて事なきを得た。
「ジョアァァアン!!危うく殺される所だったよぉぉ…!!ジョアンに貰い手が無いなら、おじさんが責任取って結婚してあげるよぉぉ!!」
「うるさいよ!それよりファウスト、動けるのかい!」
「…ん〜、まだ身体が痺れちゃってるけどねぇぇ。」
「花粉なら俺に任せろ。ジョアンはノエル殿と一緒に強化兵を無力化するのだ。」
「はぁ!!?なんであたいが!!」
「ノエル殿はお前と同じ固有魔法持ちだ。それとも、お前では力不足か?」
「……言ってくれたねヨーク……後で覚えときな!!」
強化兵を相手にしていたノエルの元へ、突如ジョアンが援護に駆けつけた。
「……お前は……!」
「いいから!今はあたいに協力してコイツらをぶっ殺すよ!!」
「………あぁ。」
ノエルとジョアンは即席の連携であったものの、次々に強化兵らをなぎ倒す。
その戦闘の最中、ジョアンはここまで自分の動きに合わせられるノエルについて少し驚いていた。
戦闘における緩急、固有魔法の使い所、そして何より、その視野の広さ。
もはや、あの時戦ったノエルより格段に成長し、自分に追いつくどころか遥かに追い越されてしまっていた。
「……チッ………あたいだって……!!」
その頃、ファウストはすぐさま『透明』を再度かけ直して透明化し、フレイを相手にヨークと共闘する。
花粉に巻き込まれないようヨークはその都度風魔術で花粉を散らし、合間を見てはヴェノムに向けて火魔術を撃ち込む。
フレイは不意打ちを受けないように自身を中心に常に魔障壁を展開させ、さらに毒の霧を発生させた。
ヨークによる火魔術で多少怯みはするものの、受けた傷はすぐさま回復し、ヴェノムは無数の触手でもってヨークへと反撃を試みる。
ファウストとヨークは何とか両者を無力化させようと試みるも、どれもこれも有効な手段がない。
「悪あがきも大概にしてくださいます?もはや、あなた方には勝ち目などありませんのよ?」
「…我々はノックス国王……いや、イブリース王国に賭けたのだ。勝ち目がないのはサントアルバ教会であると。」
「まだそのような妄言を吐き散らすとは………良いでしょう。愚か者には罰を与えて差し上げましょう…!」
フレイがヴェノムに魔力を流すと、ヴェノムはさらに巨大化し、触手の数がさらに増える。
すでにヴェノムは10メートルはあろうかというほど成長し、地中からさらに小型のヴェノムが出現した。
一斉に花粉を撒き散らそうかというその時。
魔障壁を展開させていたフレイの足元から小さいネズミが顔を出した。
そしてネズミは『変身』を解くと、血塗れのキリトがフレイの背後へと現れた。
「…………なっ!!?」
驚いて振り返ったフレイの胸元にナイフをズブリと突き刺した。
「……これが……俺の出来る……唯一の……贖罪……」
「……くっ……こ、この私に………血を流させるなど……!!」
フレイは即座に蔦でキリトの身体をいくつも貫き、大地へと放り投げた。
「キリト!!」
ちょうど強化兵らを無力化させたノエルがキリトの元へと駆け寄った。
が、キリトの傷は深く、毒も相まっており、もはや手の施しようもなかった。
「………忌々しい……あぁ!!忌々しい!!!!」
フレイは胸に刺されたナイフを引き抜き、すぐさま回復魔術で回復させた。
「……良いですわ………これだけはしたくはありませんが、最早そうも言ってられませんわね…!!
………さぁヴェノムよ!!お前の真の姿を現しなさい!!!!」
フレイはありったけの魔力を注ぐと、ヴェノムは急成長し、茎の至る所に花が咲く。
それだけでなく、辺りにあった小型のヴェノムまでもが成長し、覗かせた茎からは何本もの触手が生えていた。
驚いたことに、フレイは魔力の殆どをヴェノムに注いだせいか、その姿は老女であった。
ヴェノムはいくつかの触手でフレイを抱えると、そのままフレイはヴェノムの体内へと取り込まれていった。
「……それが貴様の真の姿というわけか。魔術で若さを保っていたとは。」
「……ふんっ……やっぱババアじゃないさ!!」
「おいおいぃぃ、そっちよりヴェノムのほうがやばいだろぉぉ!!どうすんのさこれぇぇ!!!!」
「……どうもこうもない……!!ただでさえ魔術の免疫が高いこの花では、我々には為す術も……!!」
「……ノ……ノエル…隊長…………最期の………願いだ………」
瀕死のキリトがノエルに語りかける。
「……キリト……どうした……?」
「……教会には…………『リーネ』っていう……司祭がいる…………彼女を…………頼む……………」
「……いいだろう。だがなぜ裏切った?その女が関係しているのか?」
「………リーネは………俺の……大切な………妹……なんだ…………」
「……なぜその事を黙っていたんだ……!!」
「………マーティン枢機卿に………言われていたんだ…………時が来るまで……潜入していろと………」
「……馬鹿なヤツめ………それでお前が死んで、何が解決だ!!」
「……へ………へへ…………その通り………俺はとんでもねぇ………大バカ野郎だよ…………皆には……悪いことしちまった……………」
「……ともかくもう喋るな。ノックス様ならば、お前の傷でも治してくれる。
奴は、俺たちに任せろ。」
ノエルは多少の時間稼ぎにはなるだろうと、傷だらけのキリトにありったけのポーションを振りかけた。
そして、ヴェノムと一体化したフレイと、改めて対峙した。