裏切り者
ラインハルトとアルフェウスはイブリース兵と共闘して王国内に出現したゴーレムたちや、次々に乗り込んでくる敵兵らを相手に踏ん張っていた。
敵兵の中には魔術師も数多く存在しており、浄化魔術によりチクチクとダメージを受け続けていた。
それは他のスケルトン達も同じであり、エドワード、デュオ、ルイスは海中から敵戦艦を沈め続け、シュエットは高台から敵の兵を射殺してゆく。
とはいえ数多くの兵がイブリース王国へとなだれ込み、王門でもイブリース兵、さらには侍女スケルトンたちも防衛の為に戦闘していた。
だが、そんな時。
スケルトンらは何か不吉な何かを感じ取る。
まるで、心の中の、何が大事なものがえぐり取られるのではないか、という、不吉な兆候を。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…おいおい………案外粘るねぇ………」
コウスケとタクト、ミサ、リョウヤは共闘してベリアルとレヴィアを相手にしていた。
「…ほんとによォ……やっぱ八龍っつうのは伊達じゃねえのな。」
レヴィアはベリアルと協力してこの4人を相手にしていたが、4人の繰り出す固有魔法について凡その検討がようやっと付き始めてきた。
まずコウスケが操る固有魔法は『拡大』。これは発動させた魔術などを対象に大きさを変えることのできる代物だ。
今までの戦闘で広域魔術を乱発してきたのも、この『拡大』によるものであろう。
ミサは『分身』。ハイゼルと同じく分身体をいくつも出現させる能力である。
そしてタクト。彼については未だ検討の段階ではあるものの、今まで致命傷を受けても即座に復活することから、不死系の固有魔法だと推察される。
リョウヤは何かしらブツブツと難しい事を呟いては、即座にその物を作り上げていた。
おそらくは、錬金に関した能力であろう。
ただ、懸念としては彼らはまだもう1つの固有魔法を使用してはいない。
単にそれが使い物にならない物であるからなのか、もしくは、とっておきにしているのか。
「……姉上………このままでは埒が明かぬぞ……」
「貴様になぞ言われずとも分かっておるわ。
………仕方あるまい…………」
レヴィアは指先を少し噛み切り、血がポタポタと流れ出た。
「妾の奥義、折角じゃから見せてやろう。」
指先からポタポタの流れ出ていた血が、静止画の如く空中でピタリと止まる。
「………あん……?……なんだ?」
さらにレヴィアは濃霧を出現させ、辺にいた者全て包み込んだ。
「あ、姉上!!コレではワシの視界も……!!」
反論するベリアルを無視してレヴィアは魔術を展開させる。
「とくと味わうがよい!!『霧時雨』!!」
レヴィアが唱えた途端、それまで白色の霧が突如として血のように赤く染る。
「気をつけろ!!毒の類かもしれん!!」
コウスケたちは急いで口に当て布をした。
「おいコウスケ!さっさとこの霧晴らせろよ!」
「うるせぇタクト!!俺に命令すんじゃねぇ!!」
「……はぁ……ったく、ケンカしない…でよ…………って………え?」
ミサの鼻から血が流れ出る。
それはコウスケらも同じであり、皆が皆鼻血を垂れ流していた。
「ち、ちょっと何これ!!鼻血!!?」
「……おいおい!!なんだこりゃ!!」
「……吸い込んだこの霧の影響か……?……いや、毒だとしても解毒が効かない……?」
『毒などつまらぬものではない。この霧には妾の血が混じっておる。妾の血が混じってしもうた貴様らの体内を流れる血は、既に妾の手中。』
「…あぁん!?どこにいやがんだ!!」
『この国に刃を向けたこと、死を持って償うがよい!!』
レヴィアが魔力を練り上げると、5人は身体中の穴という穴から突然血が噴き出た。
吐血し、鼻血を出し、目からは血の涙が流れ出る。
「…ぢ、ぢぎじょう………ど、どうなっで……!!」
「リ、リョウヤ……!!」
「……血を混ぜて血を支配………なるほど………」
リョウヤは血を噴き出しながらも冷静に分析する。
コウスケは堪らず『拡大』させた風魔術で霧を吹き飛ばしにかかるも、霧は一向にかき消されることは無かった。
『無駄じゃ。この霧は妾の思い通りにしか動かぬ。』
「……くっ………この……!!」
「……リョウヤ……おい、てめぇ……!!」
「分かっているさ。なら、これならどうかな?皆は防護布を。」
リョウヤが何か作り上げたかと思うと皆はすぐさま防護布を被る。
すぐさまそれが炸裂すると、中からは無数の針が飛び散った。
「姉上!!」
『無駄な足掻きじゃ……!!さっさと死にゆくが……!!』
ジワジワと5人を苦しめていたレヴィアの霧が突如晴れる。
レヴィアの姿を確認すると、リョウヤが炸裂させた針の何本かがレヴィアの足に刺さっていた。
その針はパイプのように中が空洞で出来ており、突き刺さっている反対側からはレヴィアの血が流れ出ていた。
「…あ、姉上!!」
「……小癪な………かような針で、妾の血を流させて術を解かせるとは……」
本来ならば、レヴィアのこの術は発動してしまえば回避は不可能。
例え、反撃に今回のような針を突き刺したとて、レヴィアの術が解けるはずは無かった。
しかし、レヴィアはハデスとの戦闘により片腕丸々1本断ち切られてしまっていた。
あれから時間が経ったとはいえ、まだ完全に血の量まで回復してはいなかったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アズラエルにより攻撃されていたイブリース城ではあるが、モズの『防壁』のおかげで今も尚、傷1つ付くことがなかった。
だが、アズラエルの光弾は自分の兵が居るのもお構い無しに射出され、城の外は混沌と化していた。
「モズ!!モズはいるか!!」
救護室に突如ノエルが現れ、大声でモズを探す。
「…ど、どうしたんですかノエルさん。そんな大声出して…」
看病していたモズは驚いて一旦手を止めてノエルに答えた。
モズの顔を見て一瞬安堵したノエルだったが、すぐさま気持ちを切り替える。
ノエルの予想では、裏切り者、もしくはスパイがいるならば、次なる手は、この城に『防壁』を付与させたモズを狙う可能性が高いと踏んでいたからだ。
アズラエルの度重なる攻撃でも城は平然とはしているものの、匿われてる女や子供は悲鳴を上げては不安そうな表情を見せていた。
ノエルはつかつかと室内を見回した時、人々の隙間を動く小さな物体が目に留まる。
「……隠れていても無駄だ。お前がこの城に転移のトラップを仕掛けていたのは分かっている。
そして、今度は『防壁』を持つモズの命を狙っていることもな。」
ノエルの言葉は何者かに向けて放たれた。
皆その言葉に辺りをキョロキョロと見回し、不安そうな表情を浮かべている。
「な、何を言ってるんですノエルさん!ここにはけが人しかいません!みんな、教会の攻撃で傷ついた人ばかりなんですよ!」
「それがそうでもない。出てこないというのならば、容赦はせん。」
ノエルは投げナイフを構え、けが人らに狙いを定めた。
「止めてください!!ノエルさん!!」
モズの制止も聞かず、ノエルはけが人らへと向けて投げナイフを投擲した。
投げナイフは幸いにもけが人には当たらなかったものの、投げられた者は顔が恐怖の色で染まった。
「……ち、ちがう!!おれは何もしてねぇ!!頼む!!信じてくれ!!」
「ノエルさん!!!!」
「狙ったのは貴方ではない。よく見ろ。」
男が投げられたナイフを恐る恐る見てみると、壁に刺さった投げナイフの付近には小さなネズミがそこにいた。
「……ネ……ネズミ………?」
「さっさと『変身』を解け、キリト。」
全てバレていると悟ったのか、ネズミは『変身』を解いてキリトとなった。
「……バレてたってわけね。でも、どうして俺だと?」
「誰にも見つからずに転移魔法陣のトラップを仕掛けられるとすれば、お前かヨハンナしかいない。」
「なるほど。でもそれだけで俺だとでも?」
「少し前に使用人がネズミを見かけていたとの報告もある。それでお前だとな。」
「……みんなはルナ様やノックス様のとこに駆けて行ったってのに、キミだけは乗らなかったわけね。……ったく、リームスの野郎、どこがバレない、だ。」
「何故裏切った?」
「……ん〜、まあ、諸事情ってもんがあんのさ。誰にだってあるもんだろ?」
「……ノックス様はお前を信用して……!!」
「それについては申し訳無く思うよ。いやほんとに。でも、こっちとしてももう、引き下がれないんだよ……」
キリトは剣を引き抜いて構えた。
「……表へ出ろ。こんな所で戦闘は出来ん。」
「………そうだな。」
表へと出たノエルは改めてキリトと対峙した。
「……お前では俺には勝てんぞ。」
「何事もやってみなくちゃ分かんないっしょ。」
「最後に言い残すことは?」
「…それ、俺が負け確定ってこと?俺だって一応訓練サボった事なんて無いんだぜ?」
「………………」
「…………まぁ、頼むよ、ノエル隊長。俺は、もう引き下がれない。」
キリトは何か諦めたような表情を見せた。
「………分かった…………」
「……いくぞ………!!!!」
勝負は一瞬にして片がついた。
両者のレベル差は歴然。
さらに言えば、固有魔法で言っても戦闘向きではない『変身』と、戦闘向きの『縮地』では勝負にすらならなかった。
「……ははは…………なんでかねぇ………なんで……こうなっちまったのか…………」
「……何故裏切った?……お前を利用していたのはリームスだったのか?」
「……あいつぁ今回の襲撃のプランを組んだだけさ……」
「では誰が!!何故!!」
「…………………」
「言わないと言うのなら……!!」
「あぁ、待って待って、待ってあげてよぉぉ。」
そこに現れたのはファウストだった。
「ここでキリトを殺しちゃうのはねぇぇ。少しいただけないんじゃあないか、ってねぇ。」
「何故止める?お前もキリトと同様、何者かに指示されたスパイか?」
「う〜ん、そう疑われちゃうのは仕方ないけどねぇ、多分だけどね、キリトくん、言わないのならおじさんが話してあげるよぉ?」
「…………………」
キリトは項垂れたまま、ファウストの問いかけには答えなかった。
「んじゃあ、おじさんが説明するねぇ。キリトくんを動かしているのはサミュエル・マーティン枢機卿でしょぉ?」
「サミュエル・マーティンだと?説明しろファウスト。」
「おじさんの口から言っちゃってもいいのかなぁぁ、キリトくん?」
「…………はは…………そこまで調べが付いていたとは………」
「説明しろ!!」
「…………………」
「あらあら、キリト。もしかして教会を裏切る気じゃありませんわよね?」
その時、突如として声が聞こえ、振り返ると鮮やかな緑のドレスを着た女が複数人の部下を引き連れて近づいて来ていた。
「……こ、これはこれは……フレイ様じゃありませんか………おじさん、ビックリしちゃったなぁぁ。」
「おや、そこにいるのはファウストじゃあありませんの。まさか、裏切ってイブリース王国に手を貸すなんて、教皇様はお許しいただけませんことよ?」
「……勝ち目のない教会より、イブリースに付くほうが利口ってもんだよぉぉ?おじさん、処世術には長けてるから。」
「……フレイだと?……そうか、こいつは……」
「ああ、この女は12使徒の1人だよぉぉ。」
「……それにしてもキリト。貴方の役目は終わりのようですわ。見事に任務を果たしたようですわね。」
「……俺を……殺すつもりですか?」
「そうですわね。こうなってしまった以上、貴方はもう用済みですわね。それにファウスト。貴方達も。」
フレイはノエルらを一瞥すると、魔力を練り上げ、戦闘が開始された。




