降魔術
地下へと向かいつつ、ノックスは体の奥底から黒いものが込み上げる感覚に陥る。
それは怒りか。はたまた憎しみか。
「ルナ!!ルナはどこだ!!」
「……ノ……ノックス国王様……!?」
地下の避難所へと到着したノックスは声を張上げてルナを探す。
避難所にいた住民らは突然のノックスの登場に面食らった表情をしており、ザワついていた。
「ルナは!!ルナはどこにいる!!」
「……お、落ち着いてください……ルナ様ならいらっしゃいます。」
「……どこだ……?」
ノックスはややほっとした気持ちになり、冷静さを徐々に取り戻す。
「………あれ?……確か、先程までこちらにいらっしゃいましたが………おいネク、ルナ様は?」
「あ、はい。ルナ様でしたら、先程シャロンちゃんと共に上階へと行くと申されておりました。なんでも、お腹を空かせている子どもらの為にお菓子を取ってくると……」
「………いつの話だ……?」
「ほんの少し前です。アイザックさんが付き添いとして一緒に同行しているはずですが………ってノックス様!?」
ノックスはすぐさま避難所を出て再度階段を駆け上がり、給仕室へと向かった。
その道中にノエルたちとすれ違うが、ノックスは目もくれない。
急いで給仕室の扉を開け、ルナを探す。
「……え……お、お兄ちゃん!?」
「…ルナ……!!……無事だったか……」
「……え……何?どうしたの急に…?ビックリさせないでよね。」
「ノックス陛下!お疲れ様です!」
アイザックは突然現れたノックスに驚きつつも、労いの言葉を掛けて敬礼していた。
「ノックスお兄ちゃん……この国、大丈夫だよね……?」
「もちろんだ、シャロン。」
ルナたちの無事をこの目で確認したノックスは、ホッと胸を撫で下ろした。
念の為に感知スキルで周囲の確認をするが、地下にいるたくさんの避難民たちの気配が多すぎ、やはりまともに機能はしなかった。
ルナとシャロンは子どもらに食べさせてあげるためのお菓子をいくつか手にし、給仕室を出ようとしたその時だった。
突如ルナたちの足元に魔法陣が出現し、光が2人を包み込む。
「ルナ!!シャロン!!」
「えっ……な、なにこれ……!」
戸惑う2人を守るべく、ノックスとアイザック2人も光の中に飛び込んだ。
遅れて駆けつけたノエルが見たのは、光に包まれて立ち所に消え去る4人の姿であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……うっ…………こ……ここは…………?……シャロン、起きて…!」
「……うぅん………ルナ…お姉ちゃん……?」
「………お2人とも……無事ですか………?」
ルナとシャロン、アイザックが目を覚まして辺りを確認すると、ロウソクの灯りで照らされた石レンガ造りの小部屋であった。
見たこともない場所に突然転移させられ、3人はまだ脳の整理が追いついていない。
「……お兄ちゃん…………お兄ちゃんは!!?」
「ようこそ。小汚い場所で申し訳ないが、今日がその約束の日だ。貴様がサントアルバから連れ出された時はどうしたものかと思っていたが、見事な手腕だったぞリームスよ。褒めて遣わす。」
「……ふふふ………ありがとうございます。教皇猊下。」
驚いて振り返ると、そこにいたのはアズラエル教皇その人であり、傍にはリームスと、護衛の兵が何名か見て取れる。
そして、アズラエルらの背後には、何者かが十字架に磔にされていた。
「………あ………あ……………」
「……!!!!お兄ちゃん!!!!」
「ノックス様!!」
「さすがにレベル2000超えであろうとも、この封印術の前にはどうしようもあるまい。」
封印術により磔にされたノックスは声1つすらあげることが出来ず、破壊を試みようにも魔術が発動しなかった。
「……ふん……無駄だ。この封印術は、被封印者の魔力を源とする。貴様がどれほど強大な魔力を有していようが、それら全て貴様自身を封印するために使用される。
つまりはだ。貴様はもうそこから抜け出せはせん。」
「ノックス様!!」
アイザックが剣を抜いてアズラエルへと斬りかかる。
しかし、リームスが前へと踊り出、アイザックの剣戟を全て魔障壁により防御させる。
「邪魔者はさっさと始末しろ。」
「……えぇ……今すぐに。」
リームスは魔障壁を展開しながら魔力を練り上げると、アイザックの足元から多数のトゲを出現させた。
「ぐあっ……!!」
「降魔術の準備を。」
「「「御意。」」」
リームスがアイザックの相手をしている傍ら、アズラエルの命令により護衛らがルナたちを取り囲む。
「……だめ……!!やめて!!!!」
何をされるか分かっていないシャロンはルナを守るべく立ち塞がる。
護衛がシャロンを斬り捨てようとした時、身につけていた指輪の付与により魔障壁が現れた。
「………何をしている。さっさと邪魔者を排除させろ!」
「た、ただちに…!!」
護衛らは力任せに魔障壁を破ると、そのままシャロンへと襲いかかった。
「シャロン!!」
ルナは咄嗟にシャロンを庇うと、護衛らの剣がピタリと止まる。
「……ほう………その指輪、どうやら付与宝石のようですねぇ……なになに、『自動防御』ですか……」
アイザックと戦闘していたはずのリームスだったが、すでに決着が付いたらしく、固有魔法の『鑑定』を行いシャロンの指輪を鑑定していた。
アイザックは善戦したものの、リームスから繰り出された魔術に翻弄され、最後にはトゲにより腹を貫かれてしまっていた。
「……『自動防御』とは………貴様のような魔族が持つには相応しく無い。」
護衛らがルナとシャロンを無理やり引き剥がし、シャロンの指に付けられていた指輪を引き抜きにかかる。
その度に魔障壁が展開されて弾かれることに苛立ちを覚えたのか、あろう事か護衛は魔障壁ごとシャロンの腕を切り飛ばしてしまった。
「あああぁぁああああああああ!!!!!!」
「シャ、シャロン!!!!」
大地に転げ落ちたシャロンの腕を拾い上げ、その指にはまっていた指輪を引き抜くとアズラエルは卑しい笑みを浮かべた。
そのままアズラエルは指輪を内ポケットへとしまい込み、儀式を急ぐよう命令を下す。
「やめて!!!離して!!!!お兄ちゃん!!!!やだ!!!!」
必死に抵抗するルナを力づくで大地へと押さえ込み、護衛らは何やらブツブツと呟く。
すると、ルナを中心として怪しげな魔法陣が現れて光を放つ。
アズラエルは腰の剣を引き抜き、ルナを跨いでしゃがみ込んだ。
「んんんんんん………!!!!」
護衛に手足と口を抑えられ、ルナは何の抵抗すら出来ない。
「……来たれ、地獄を統べる者よ……聖なる巫女の血を汝に捧げん…………そして、汝の大いなる力をこの我に与えたまえ……!!」
アズラエルは剣先をルナの腹へと突き立てた。
無情にも、剣はズブズブとルナの腹を刺し貫いてしまった。




