イブリース防御網
ベリアルは艦隊に向けて火炎を浴びせかける。
魔道兵らが防ぐべく魔障壁を展開させたものの、何隻かの船は炎に巻かれてしまった。
兵らも反撃に魔術や弓で攻撃を仕掛けるが、自在に空を飛び回るベリアルに当たるはずも無かった。
その間にも飛空艇がどんどん近づき、艦隊の上空を通り過ぎてゆく。
有効な攻撃手段が無いまま艦隊は飛空艇をそのまま見送る形となってしまったが、飛空艇が通り過ぎる際に何か小さい物が降り注ぐ。
それが船上にコツンと音を立てるや、突如として凄まじい爆風が襲いかかった。
ノックスがセトの『保存』により作らせた風魔術である。
それが船上や海上に落下した途端に『保存』が解除され、凄まじいほどの爆風を引き起こしたのだ。
爆風の威力により、直撃した船を尽く大破させていった。
更には海中からレヴィアが船の底部を切り裂き、アステル島の南方に展開されていた艦隊は総崩れとなってゆく。
いい様にやられていた連合艦隊だったが、魔道士が結束して魔力を集めたかと思いきや、巨大な竜巻を起こして飛空艇に向けて撃ち放った。
「右舷前方より巨大な竜巻です!!」
「取舵いっぱい!!躱せ!!」
「間に合いません!!」
「俺に任せろッス!!」
アインが向かってくる竜巻に向かい、『集中』を利用して魔力を練り上げる。
そして、竜巻に向かって巨大な火魔術を撃ち放ったが、威力が極大過ぎたのか火球は竜巻を打ち払っただけでなく、その後ろの艦隊に直撃して巨大な爆炎が巻き起こった。
「……や………やり過ぎたッスか………?」
「構わん。セト、次はこいつに『保存』を。」
「了解です!」
ノックスはさらに風魔術を『保存』させる。
それは先程の魔術よりさらに魔力を注ぎ込んだ極大の風魔術である。
セトの『保存』を見やったノックスは、徐に投げ捨てた。
投げ捨てられた魔術は艦隊の残骸にコツンと当たるや、『保存』が切れ、巨大な風の刃が現れる。
その刃は音速を軽く超え、まだ被害の少なかった艦隊に向けて襲いかかった。
急いで魔障壁を張って防御しようとした者もいたが、刃は意図も容易く魔障壁ごと全てを切り裂いてゆく。
辛うじて難を逃れた者も僅かにはいたが、無慈悲にも火龍による追撃で火炎に巻かれ、南方に展開されていた艦隊は壊滅的被害を被ってしまった。
ノックスらを乗せた飛空艇はそのままイブリース王国へと帰還した。
「被害状況は?」
帰還したノックスをローシュらが出迎えたが、ノックスはすぐさま現状確認を行う。
「砲撃や新兵器と思しき兵器により数百名の死者が出ておる。兵も何人かはやられておる。」
「住民の避難は?」
「ほとんどの住民はすでに王城内に避難が完了しておる。今は取り残された住民がいないか確認を急がせておる。」
「分かった。」
「……して、ノックス様。この者らは?」
ローシュはノックスらと共に同行していたファウストらを見て怪訝な表情を浮かべた。
「説明は後だ。けが人たちの収容も完了しているな?」
「もちろんだ。救護室に移し、治療を行っておる。」
「まずはそちらに行く。」
ノックスが救護室の扉を開けると、中はけが人で溢れていた。
モズがけが人に精力的に回復を行っているものの、中には腕や足が欠損していたり、全身を包帯で覆われている者もいた。
「……ノックス様……!!」
「……おぉ……みんな……ノックス様が……!」
「……ノックス様!!」
「後だ。モズ、容態の危険な者は?」
「は、はい!こちらです!」
モズに案内され、特に容態がひどいけが人の元へと案内される。
砲撃による爆発で手足を失い、全身が大火傷を負っていた者。
アポカリプスにより右肩から先が爆発し、自身の骨により体がズタズタになった者。
ノックスがすぐさま回復を施すと、みるみるうちにけが人らが元の体に戻っていった。
「ノックス様……ありがとうございます……!!」
「このご恩は一生……忘れません……!!」
「失ってしまった血までは戻らん。しばらくここで安静にしていろ。」
皆が涙を流して感謝を伝えた。
「……モズ、『防壁』はすでに展開させているのか?」
「はい。………ですけど、この城全てに『防壁』をずっと施し続けるのはあたしの魔力が不足して……」
「構わん。まだけが人が運ばれてくるが、魔力は足りるか?」
「…はい!」
力強くモズが答え、ノックスは救護室をモズに任せて作戦会議室へと向かって行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今現在、外を取り囲んでいる艦隊は上空からはベリアル、海中からレヴィア、エドワード、デュオ、ルイスが相手をしていた。
「……しかしながら、少し妙だな……ノックス様の不在を狙ったのなら、いや、狙わなくとも。
ノックス様が不在であれば教会どもにとってはまたとない好機のはず……」
「予想外の防御網に攻めあぐねている、という可能性は無いでしょうか?」
「………うぅむ…………」
「教皇の狙いはルナであるらしい。奴はルナを生け贄とし、悪魔召喚を行うと。」
「……悪魔召喚……!?……それに、ルナ様が目的と……!?」
「奴らの新兵器、アポカリプスは王城を狙って照射されてはいない。それに、ウィンディア防衛戦の折にズーグという12使徒が行ったような、巨大な岩を落とすというような強硬手段も使っていない。
おそらくは、ルナを誤って殺してしまわないようにだろう。」
「……ルナ様を連れ戻し、生け贄とするためにこれほどまでに攻撃を仕掛けてくるとは………!」
「この事はルナには言うな。言えば気負う。俺はルナを奴らに引き渡すつもりは毛頭ない。」
「それは我々も同じだ。」
「………ですが、教会側からは何の声明も出されてはいません……」
「くそっ!!あいつら……絶対許さないッス!!」
「自分の目的でルナ様を狙うとはねぇ……」
「……え〜〜、あ、ゴホン。少ぉぉし、おじさんの話を聞いてもらっちゃってもいいかなぁ?」
緊張が張り詰めていた所へ、ファウストが相変わらず飄々とした態度で口を開く。
「……なんだ?」
「んん〜……先に、申し遅れたけど、おじさんはファウスト。こっちはヨークで、こっちはジョアン。以後お見知り置きを。
教皇が声明も出さず、一方的に攻撃を仕掛けている件なんだけどねぇぇ。」
「……おじさんが思うに、すでに教皇は部下をこのイブリースに潜り込ませている可能性があるんじゃないかなぁって思うんだよねぇぇ。
こうして派手に外で攻撃を仕掛けているのは陽動で、実はすでに国内に潜入させていれば、目的は達しやすいんじゃないかってねぇ。」
言われてみて皆がハッとする。
ファウストの言うように、教皇はすでに部下を予め潜り込ませ、その後にわざと大艦隊で攻撃をしてきたのではないか。
イブリース側の注意を外へと向けさせ、その間に目的であるルナを攫う。
外からの攻撃に対しては強い防御壁があるものの、1度中に入られてしまっては脆い。
むしろ、ファウストらの話が無ければイブリース側は教皇の狙いにすら気付いていない。
「……ルナは!!ルナはどこにいる!!」
「……ル、ルナ様は住民らと共に地下の避難所に居るはずです……!」
ノックスはその言葉だけを聞いていち早く会議室の扉を勢いよく開け、地下の避難所へと駆け出して行き、他の皆も慌ててノックスの後を追って行った。