決意
「……ちぃっ……!!チョロチョロとすばしっこい猫めが……!!」
ジオードは素早く駆け回るノアを仕留めきれずに苛立ちを顕にしていた。
ジオードは自らの称号である【錬金術師】によりさまざまな武具を即座に作り出し、固有魔法の『硬化』を用いて強固な武具でもって戦闘を行う。
剣や槍、斧、ナイフ、双剣や大鎌など、さまざまな武具を展開させ戦況に応じて様々な武器を扱う。
が、どれもこれもノアの素早さを捉えられるものではなく、剣戟は空を切るばかりであった。
しかし、ノアの反撃とてジオードにダメージが入れられない。
ジオードは自身の防具にも『硬化』を使用し、ノアの爪や牙での攻撃を通さない。
「フーーーーッ!!」
「…フン……ならば戦闘スタイルを切り替えよう。貴様はこの俺にダメージを入れられん以上、勝ち目などない。死ね!!」
ジオードは練り上げた魔力を解き放つと、足元に魔法陣が展開される。
展開された魔法陣は瞬く間に大きさを拡大させ、ノアの足元にも及び、ノアは警戒して後方へと跳躍して魔法陣の外側へと移動した。
半径10メートルはあろうかという巨大な魔法陣を展開させたジオードは、その後そのまま武器を手に取りノアへと切りかかった。
足元に展開されていた魔法陣はジオードに付随し、常にジオードを中心として展開されている。
ノアは警戒しつつもジオードから一定の距離を保っていたが、足先が魔法陣へと触れた瞬間、突如として大地から槍が飛び出した。
その槍はノアの足を掠め、一旦距離を取ったノアは、血が出ている足先をペロペロと舐める。
ジオードは攻撃を休めることなくすぐさまノアに向かって駆け出し、ノアは魔法陣に気をつけながら距離を取った。
「……獣の割に利口だな……この術についてすぐさま対応するとは。」
ジオードが展開させた魔法陣は、自分以外の生物が魔法陣上に侵入すると、槍や剣などがそこから飛び出して攻撃するというものである。
感知に特化した魔法陣であり、魔法陣自体が対象を感知すると即座にジオードが作り出した武器により自動で迎撃する。
まさに攻防一体の術である。
ノアはそんなジオードの展開させた術に翻弄されていた。
かに見えていた。
ジオードはノアを単なる獣かモンスターだと侮っていた。
ジオードはすでに、ノアの術中にハマっていることに気づいてすらいない。
ノアは、別名『夜の狩人』とも呼ばれているモンスターだけでなく、あのノックスやノエルにいつも追随し、そこで戦闘方法を学習していた。
そして、ノアが誇る速度は、ノックスの速度にも追い迫ろうかというほど洗練されている。
ここまでジオード相手に見せていた速度は、ノアからすれば欠伸が出るほど遅い動きをしていたに過ぎない。
体勢をグッと低くしたノアは、足に力を溜める。
それにより太ももやふくらはぎから筋肉が膨れたのもつかの間。
ノアはジオードの視界から突如として消え失せた。
「……何っ!!?……いったい……ど……k…………!?」
ジオードは自身の視界が突如上空を見上げたかと思うと、今度は自分の背後が見え、上下逆さまに映る。
上下が反転した視界の先にいたのは、先程まで自分の前にいたはずのノアの背が映り込み、ジオードは自分に何が起こっているのか理解するのに遅れた。
そのまま視界は大地へと転げるや、見覚えのある背中が視界に入る。
それは紛れもなく自分の背中であった。
「…………か…………は……………」
ノアは、最大速度でジオードの魔法陣の中を突っ切り、そのまま爪によりジオードの防具ごと断ち切り、首を切り飛ばしたのだった。
展開させていたはずの魔法陣は、ノアのあまりの速度に感知すら行われることも無かった。
防御に絶対の信頼を置いていたジオードは、ノアの最大速度を完全に見誤っていた。
次第に視界に暗闇が襲いかかり、ジオードはくずおれる自分の首のない体を見遣りながら、意識はそのまま無の世界へと誘われた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……はぁ………はぁ…………ノエル君………君はかなり腕をあげたようだね………」
「……あぁ。どうやらリッチ戦の時から、俺たちの間に差が生まれてしまったようだな。」
ロザリオと戦闘していたノエルだったが、ノエルはリッチ戦後もノックスらが自作したダンジョンに籠り、ひたすらレベルアップを図っていたのだ。
ノエルは与えられた固有魔法を使用するまでもなくロザリオを圧倒し、戦闘には基本的に魔術を使用せず、ロザリオには『吸収』を使わせなかった。
「……ははは……僕もそれなりに頑張ってたんだけどなぁ……キミのほうが僕より勝っていたってわけか。」
「もう一度言う。退け、ロザリオ。お前は12使徒ではあるものの、出来るのならば、殺したくは無い。」
「……そういう訳にはいかないんだよ……!」
「ノックス様が本気なら、すでにこの教会は全滅している。お前がこの国の民を気にかけているのならば、それはお門違いだ。」
「……わかっているさ。そんなことは。だけど、僕は教会に身を捧げ、一生仕えると誓ったんだ。」
「その教会が今まで何をしてきたのか……知ればお前とて……!」
「……僕にすら秘密にしていること……だったかい?」
「…教会は、罪もない奴隷たちを使って非人道的な兵器の実験台にさせたのだ。お前が民のことを思っていようと、アズラエルは全くもって民のことなど気にかけてすらいないのだぞ!」
「……ふふ………あははははは……!!」
「……ノエル君。そんなこと……そんなこと分かっているさ、僕にだってね………」
ロザリオは力なく笑ったかと思いきや、尚も目に決意を宿らせ、改めて剣を握り直して対峙する。
もはや、誰がなんと言おうとロザリオの決意は変わらない。変えられない。
「………ならば仕方ない………」
「……ありがとう………ノエル君………!!」
両者は駆け出し、全力でぶつかり合う。
だが、ロザリオの劣勢は変わらず、手数でも力でも、速度でも、ノエルが全てを圧倒する。
傷だらけになったロザリオは息も絶え絶えになりながら、ノエルに向かって一矢報いるべく剣を振りかぶる。
ノエルはその剣戟を双剣で受け止めると、ロザリオの剣はいとも容易く折れてしまった。
最期の一太刀を浴びせるべくノエルの双剣が襲いかかり、ロザリオは安らかな笑みを薄らと浮かべた。
しかし、ノエルの剣はロザリオを捉えずに空を切る。
「いやぁ…危ない危ない。全く、死に急ぐ若者というのはねぇ……」
「……何者だ!?」
「邪魔しちゃって悪いねぇ。俺はゲラート。此奴と同じく12使徒さ。」
ゲラートと名乗った男は突如現れ、その男はロザリオを小脇に挟んで助け出していたのだ。
「……なっ……なにを……する気だ……ゲラート……!!」
「そう怒んないでくれよロザリオ。俺が助けなきゃあ、あんたはおっちんでたんだぜ?」
「フーーーーッ!!!!」
ジオードとの戦闘を終えたノアがノエルと合流し、ノアはゲラートに向けて威嚇していた。
「うーーん……ゲラートは間に合わなかったけどね。ま、それは運が無かったってことで。」
「……チッ!」
「おーーっと、タンマタンマ。悪いけど、俺じゃあんたには勝ち目は無さそうだから退散させてもらうよ。ジオードが死んじまったおかげで、『硬化』してもらった武具もぜーんぶダメになっちゃったからね。」
ゲラートは手にしていたロザリオの折れた剣を見てそう言った後、その場に投げ捨てた。
「それじゃ、またどこかで。」
ゲラートはノエルらに手を挙げて挨拶したかと思うと、その場から一瞬にして忽然と姿を消してしまった。
「……ミャウ………」
匂いを嗅いで居場所を特定しようとしたノアだったが、完全に匂いが途切れたのか、首を振ってノエルに伝える。
「……おそらくは、ゲラートの固有魔法だろう……それよりも、早くノックス様と合流するぞ。」
「ミャウ!!」