水龍
「…ど……どういう事じゃ……なぜ妾がここに居ると……」
ノックスの刀に刺し貫かれ、女は口から血を吐きながら尋ねていた。
「……貴様が霧やら水球を発生させる際の魔力の発生源を逆探知したまで。そのままでは濃霧により感知不可能だったので、一時的に霧を晴らし、水球を消滅させれば良い。」
「……そ……そのために竜巻を起こしたというのか……ならばなぜ霧全てを撒き散らすほどの竜巻を起こさなかったのじゃ……!」
「そんな竜巻を起こせば周囲に不要な被害を産むだけだ。」
ノックスは刀を引き抜くと、それまで支えられていた身体は膝から崩れ落ち、それと同時に周囲に展開されていた魔術が解除された。
「さて女。貴様は何用でこの国に来た?」
「……妾は弟を探しに来たのじゃ……にも関わらず、アインという男が妾に向けて火魔術を……!」
「それは誤解だと言われたはずだが?……まあいい。弟とは、ベリアルのことだな。」
「……ベリアルじゃと……?……そのような名は知らぬわ。」
「弟なら会わせてやる。俺と来い。」
ノックスは女に回復を施すと、刺し傷が忽ち癒えていった。
「……妾を殺さぬのか?」
「殺すつもりならとっくに殺している。それより、服を着ろ。」
ノックスとの戦闘により、身体に巻いていたタオルがいつの間にか肌蹴ていた。
女はスっと立ち上がると、魔術により服を纏わせた。
「ではゆくぞ。」
ノックスはフライトボードへと女を案内し、座席へと座らせた。
それを見たノアもまたフライトボードへとぴょんと飛び乗り、ノックスの座席の足元でくるりと丸くなっていた。
「……皆、もう大丈夫だ。騒がせたようだが、訓練を続けてくれ。」
「ノックス様!!ありがとうッス〜!!その痴女に言い聞かせておいてくださいッス〜!!」
感謝を述べるアインとは対照的に、新兵らはノックスの強さを目の前で見せられ、口を開けてポカンとしていた。
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「……あれはヤバい……!……間違いなくあの気配は奴じゃ!!一刻も早く身を隠さねば!!」
ベリアルは浜辺での訓練を突如切り上げてから、王国には帰らずに森の中を疾走していた。
額には大量の冷や汗が滲み出し、何かを思い出しては身震いしていた。
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「……ふぅ………ここまで来れば大丈夫かのう……」
王国からかなり距離を取った森の中にてベリアルは気配を消して一息着いていた。
「……さすがにまずいかのぅ……いや、いくら姉上とて、いきなり皆を殺そうとはせんじゃろうが……いやいや、姉上に関してはそうも言っておられんかも…………
……そうじゃ!ノックス!!彼奴に任せれば姉上などひとひねりじゃ!!うむ!!」
「何がひとひねりなのじゃ?」
「……む?決まっておろうが!ノックスほどの化け物に敵う者などおらぬという………って………姉上ぇぇえええ!!!!?」
「こんな所でも俺を化け物よばわりとはな。」
「それにノックスまでも!!?ど、どうしてここが分かったのじゃ!!」
「ミャウ!!」
その疑問に答えるかのようにノアが元気よくベリアルを見て鳴いていた。
どうやらノアの嗅覚によりベリアルの所在を特定させたようだ。
「…お…おのれノア!!余計なマネを……」
「そんな事はどうでもよかろう。なぜ妾を避けておるのじゃ?」
「……い、いや別に姉上を避けた訳では無くてのう……散歩じゃ散歩。」
「くだらぬ言い訳をするようならば、やはり性根から叩き直さねばならんようじゃの。」
「ま、待ってくれ姉上!!……逃げたのは謝る!!この通りじゃ!!」
ベリアルは冷や汗を滝のように流しながら土下座した。
「……姉弟喧嘩なら他所でやれ。俺の国を巻き込むな。」
ノックスがフライトボードへと歩み、早々に立ち去ろうとする。
「ま、待ってくれノックス!!後生じゃ!!助けてくれぇ!!」
ノックスを逃がすまいとベリアルは即座にノックスに飛びかかり、足に抱きついて泣きべそをかいていた。
「……妾から逃げるだけでなく、他の者に縋るとは……やはり貴様の性根はここで……!!」
「…ひ…ひぃぃい!!!!」
「………止めろ。」
ノックスはやれやれといった表情を浮かべ、ため息をついていた。
「……仕方ない。ともかくお前たち、王城へ来い。もしこの国でまた暴れるようなら、今度は容赦しない。」
「………よかろう。」
「……あ、あの姉上が……言う事を聞いたじゃと……!?」
フライトボードにノックスとノア、それに女が乗り込み、ベリアルは一時的に龍形態となって王城へと戻って行った。
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「……それで、ベリアルに会いに来たと言っていたが、それだけが理由では無いだろう?」
王城へと戻ってきたノックスたちは、早速執務室にて女を案内した。
ベリアルは姉が余程怖いのか、ノックスの後ろにべったりとくっついて離れようとはしなかったが。
部屋の外にはローシュやノエルが待機しており、特にノエルは何かあればすぐさま対処するために身構えていた。
「簡単な事じゃ。弟がなぜ人間共と仲良く暮らしておるのか気になったのじゃ。」
「その為だけにわざわざここまで?」
「それの何が悪いのじゃ。」
「お前は『水龍』だろう?確かグロース海域あたりで暮らしていると聞いていたが、わざわざそこからここまで来たというわけか。」
「…ほう?妾が水龍と知っておきながら、恐れを知らぬとは大したものよ。」
「……姉上。このノックスはジジイを倒し、継承されておる。つまりは此奴も八龍なのじゃ。」
「……!!!?……な…なんじゃと……!?……お爺様を……倒したじゃと……!?」
ノックスは経緯について女に話した。
女にとっても地龍は別格の強さを誇っていたようであり、それでいて自分たちの師でもあったようだ。
「……なるほどのう……お主は相応に力を持った強者であったということか……
ならばよかろう。この国には手出しはせぬ。その代わり、ノックスよ。お主は妾の伴侶となることを許そう。」
「断る。」
「龍族の中でも1、2を争うほど美しいと称されたこの妾の伴侶となることを光栄に………って……え?」
「断る。」
「………この妾と…」
「断る。」
「……そ……そんな………この妾が………フラれたじゃと………!!?龍族でも恋文を山ほど貰い、『キミは鱗の1枚1枚ですら美しい』と称されたこの妾が……!!?」
「そんな事より、ベリアルは俺たちと共に行動するほうが楽しいから一緒にいる。今も理由が同じかどうかは知らないが。」
「……そんな事………」
「一緒じゃ!ノックスが作るこの国にはワシが知らん物だらけじゃしのう!当初は戦えればそれでよかったが。」
「…と、いうわけだが?」
「……龍族ともあろうものが、人間と馴れ合うとはのう。よかろう。ならば、妾もこの国に住まうぞ。」
「…………は?」
「待て待て姉上!ここはワシが最初に目に付けた所じゃぞ!」
「愚弟の話など聞く耳持たん。妾は何としてでもこの男、ノックスを手に入れる。」
「……………は?」
「そ、そんな姉上!!姉上がおったら、せっかく伸び伸びと出来ておったワシの生活が……」
「貴様は昔から腑抜けすぎるのだ。妾が直々に性根を叩き直してくれるわ。」
「ノックス!!断れ!!お主の言葉なら姉上とて聞く耳を持ちよる!!断ってくれ!!」
「………姉弟で仲良く出来んというのなら、この国にお前たちを置いておく訳にはゆかん。」
「安心しろノックスよ。お主が気にかけているような暴れ方なぞ妾もするつもりは無い。」
「……ならあまりベリアルをイジめるな。俺はお前よりベリアルとの付き合いのほうが長い。お前とベリアルならベリアルの肩を持つつもりだ。」
「……ノ……ノックス……お主……!!」
「……フン……ならば致し方あるまい。この国に住めるのならば、多少は愚弟にも情けをかけてやろう。」
「なら話は決まりだな。」
「……それはそうと、じゃ。ノックス。妾にも名を授けよ。」
「……名前か……ふむ………」
「愚弟に負けず良い名を頼むぞ。」
「……ならば、『レヴィア』という名はどうだ?」
「………ふむ………レヴィアか………良い名じゃ。ならば今日から妾は『レヴィア』と名乗ろう。しかしてノックスよ、本当に妾の伴侶には……」
「ならん。」
「………フン………わ、妾をフッた事を後悔するでないぞ……!」
レヴィアはそうは言ったものの、初めてフラれたショックで動揺し、顔をやや紅潮させていた。
当のノックスはと言うと、また面倒事が増えたことに少々頭を悩ませていた。




