『敵』
リッチの討伐を終えた一行はラヴィーナ本国へと帰路に就く。
火急の知らせを受けたヒルダが急いで皆を迎え入れたが、状況を聞かされたヒルダの表情が険しくなる。
ヒルダは縄にかけられているサンドラの元へツカツカと歩み出て、サンドラの頬を引っぱたいた。
「なんてことをしたのです!!貴女は……貴女は………!!……この国を憂い、あまつさえリッチの口車に乗るなど………なんと馬鹿なことを……!!」
「……ヒルダ様……申し訳……ございません……」
「……私は貴女を信頼しておりましたのに……」
ヒルダは目に薄らと涙をうかべたが、すぐさま表情を険しくさせた。
「……この者を国家反逆罪として連行しなさい。サンドラ、貴女には失望しました。」
サンドラはそのまま兵に連れて行かれた。
力ない言葉で、ヒルダに謝罪の言葉を述べて。
その後、一行は詳しい状況を報告すべく、別室へと案内される。
当初のリッチの討伐。
サンドラの裏切り。
リッチの復活。
そして、討伐。
ヒルダは静かにその報告を聞いていた。
報告が終わると、ロザリオからヒルダに対して質問が飛ぶ。
「ヒルダ代表。今回のサンドラ裏切り行為の件、貴殿は何も知らなかった、と?」
「……そうですね……誓って、私は何も知らなかったのです。
……と言ったところで、私にも処罰が下るでしょう。評議会は、今日をもって辞職させていただきます。」
「……本当に関わりが無いんですね?」
「………あの子が……最初にリッチから1人からがら生き残って帰ってきてくれた時、不謹慎な話、本当に嬉しかったのです………
私には子はおらず、あの子を本当の娘のように信頼し、見守ってきておりました故に……
疑わしきは罰するというのならば、私もサンドラと同じ刑に服しましょう。」
「……いや、そこから先は僕らは管轄外だ。知らなかったというのならば、これ以上野暮な事は差し控えます。」
「…ありがとうございます。では、私がまだ現職のうちに、貴殿らに褒賞をお渡しさせていただきます。」
部屋の中にカバンが続々と運ばれ、中からはダリル紙幣の束がいくつも取り出される。
「……これが、今回リッチ討伐の褒賞になります。どうぞ、お納めください。」
ヒルダは付き人らと共に深く頭を下げた。
「……ヒルダ代表………1つ、確認したいことが。」
それまで沈黙を守っていたザリーナが口を開き、ヒルダへと質問した。
「……あのリッチは一体どこから現れたのでしょうか?」
「……私共もリッチが現れた時から確認させておりますが、どうにも分からないのです。」
「……分からない……ですか?」
「はい。アグロス村周辺の村が襲われたという報告すらありませんでしたので、あのリッチは、突如としてアグロス村に発生した、と。
ですが………どうにも腑に落ちないのです。」
「……アグロス村での死体処理は完璧だったと?」
「はい。国際法で決められてから、死体は必ず火葬処理を行うよう徹底させておりました。」
「……私もその点については同意見です。リッチの周辺には、スケルトンが存在しませんでした。」
「……あ……確かに……」
アインは思わず声に出してしまったが、言われてみれば不自然すぎるのだ。
もしも死体の処理を怠っていたのならば、まずはスケルトンとしてアンデッドが出現する。
にも関わらず、リッチの周辺にはスケルトンが1体も存在しなかった。
もしヒルダの言う通り、アグロス村周辺に突然沸いたとするならば、『誰かが暗黒魔術を使用してリッチを生み出した』はずなのだ。
「当然、我々ラヴィーナとしても、何者かが暗黒魔術を使用したとするならば、厳正なる処分を下します。
リッチ亡き今、すぐにでも調査隊を派遣し、原因の究明を急がせましょう。」
「……了解しました。では、そちらはお任せ致します。」
その後褒賞の分配がなされた。
今回リッチ討伐褒賞として、ラヴィーナとギルドから合計1600万ダリルが贈られた。
働きに応じ、サントアルバに300万、ロンメアに300万、ウィンディアに200万、イブリースに300万。残りの500万ダリルはラヴィーナ兵や、亡くなった兵の親族らに割り当ててもらうこととした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
解散となり、一先ず肩の荷を下ろした一行は嬉しさよりも疲れのほうが大きかった。
ただし、アインだけは
「ご褒美♪ご褒美♪」
と浮かれていたが。
「ノエル、まだロザリオの監視を継続させるか?」
不意にハイゼルがノエルへと質問した。
ノエルはどうすべきか悩んでいた。
「…まだ奴を信用してないのか?」
「さすがにもう大丈夫だと思いますけど……」
「んな事言って、油断してる時にグサリ!なんて事もあるかもッスよ?」
「……ともかくこの国を出るまで油断は禁物だ。ハイゼル、継続して頼めるか?」
「…了解だ。任せろ。」
「…さぁて、んじゃあ祝勝会でもやるッスよ!」
一行は祝勝会を行うべく、街の繁華街へと繰り出して行き、手頃な店に入店し、さっそく勝利の美酒を味わった。
「っぷはぁ!!……やっぱあのビールが恋しいッス……」
「確かに、イブリースで飲んだあのビールは美味しかったわね。早く帰りたいわ。」
「ハッハッハッ!マイナもあのビールが恋しいのか!」
「……にしても、あのビールの製作には確かノックス様も携わってるんでしたよね……ノックス様はどこからそのような知識を……?」
「…うーーん……言われてみれば……まぁ、美味しいんで俺はなんでもいいッスけど。」
「あのビールなら貴族連中も虜にしちまうだろうなぁ。」
「そういやホークは元貴族って聞いたッスね。貴族ってやっぱ金持ってるんッスか?」
「そりゃまあね。ただし、その本質は私腹を肥やしただけの卑しい豚どもばかりさ。」
「…ホークさんはそんな事感じたことないですけど…」
「ホークんとこが異端なだけよ。みんながみんな、ホークみたいな考えじゃないわ。」
「…そういや…あまり聞く機会が無かったが……皆はどこの出身なんだ?」
「俺とモズとリドルはエストリア王国にあるネルソン村ってとこッス。ノエルは確か……」
「…俺とナタリア、それとローシュはエストリア王国のジェディア村だ。」
「……エストリア王国……ってことはまさか………」
「……あぁ。アズラエル教皇の主導により、中立国だったエストリア王国は教会の属国となった。それにより俺たちは住処を終われ、そうして今に至る。」
「……そうだったのね……」
「……すまんな。辛いことを聞いたようだ。」
「もう過去の事ッスよ。今はノックス様のおかげで帰る国が出来たんッス。」
「はい!ノックス様のお役に立てるなら、あたしは何だってやりますよ!」
「おぉ!?アンタらもここでメシ食ってたのか!?」
「…ノ…ノエル…さン!!」
一同が食事をしていると、そこにシリュウとメローネも偶然やって来た。
2人はノエルらと混ざって乾杯し、勝利の美酒を味わう。
「……それにしても、敵の魔術にまんまと掛かるなんてネ…」
「…まだ根に持ってやがんのかよ……悪かったって言ってるじゃねえかよ。」
「…メローネにしがみついてたおかげで、サンドラの魔術で魂を引き抜かれなかったんッスよね。こりゃ末代まで言われるッスね。」
「……ぐっ……」
「シリュウさんも魔術の特訓あるのみですよ!」
「……魔術ねぇ……」
「無理だよモズちゃン。こいつ、字が読めないんだヨ。」
「う、うるせぇ!んなことよりマイナ!てめぇ…」
「…………」
「ちゃんと飲んでやがんのか!!」
シリュウから罵詈が飛ぶかと思いきや、意外な言葉に肩透かしを喰らう。
「……ビックリした……てっきりまた恨み言でも言うのかと思ったッス……」
「あぁん!?俺ぁいつまでも根に持たねぇ主義なんだ!」
「…へぇ〜……一時は『鳥人族なんざ…!』とか言ってたのに……」
「……色々とあったからなぁ……んなことより飲むぞ!!」
「…あ、あの……ノエルさン……お飲み物のおかわりハ……?」
「……ん?……あぁ、すまない。いただこう。」
一同は、リッチの討伐を祝してにぎやかに飲み明かしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、ザリーナは1人、静かな居酒屋にて酒を飲んでいた。
無骨そうなマスターは来客に備えて棚にあるグラスを拭き、時折ザリーナのおかわりを注ぐ。
「……いらっしゃいませ。」
来店した男は、1人酒を嗜んでいるザリーナの横へと腰を掛けた。
「…ここ、いいかな?」
ザリーナが横目で見やると、ロザリオが屈託のない笑顔でザリーナの返事を待つでもなく隣に腰掛けた。
「……座ってよいと許可した覚えは無いが。」
「ハハッ。そう邪険にしないでくれよ。マスター、僕も彼女と同じのを。」
「かしこまりました。」
「……この店はいいね。静かに飲めそうだ。」
「……何の用だ?」
「…何の用、と言われても、ね。僕も飲みたい気分なんだよ。」
マスターがグラスに注いだ酒をロザリオに差し出し、ロザリオは早速香りを楽しみ、一口煽る。
「……うん!美味しい!」
「………………」
「ザリーナは覚えてるかい?昔した約束のこと。」
「……ふん……確か、私に勝てば結婚してくれ、とかだったか?」
「覚えてくれていて光栄だね。今のキミになら、僕にも勝ち目がありそうだ。」
「……私に喧嘩でも売りに来たのか?くだらん。」
「キミが傷心してるなんて珍しくてね。……サンドラとは、古い付き合いだったのかい?」
「………昔、な…………御前試合の際、互いが互いを認める…言わばの好敵手ような存在だ。」
「…彼女も女という身分でありながら、ひたむきに努力する真面目な方だったからね……その点はキミによく似ている。」
「…よもやサンドラがあそこまで国のために悩み、凶行に及ぶとは………」
2人の会話はそれっきり長くは続かず、暫くの間沈黙が続いた。
「……それにしても、貴様が12使徒になったとはな。あの泣き虫だったロザリオが。」
「ハハッ。そりゃあ努力したからね。だけど、まだまだ新米さ。」
「…………貴様は………命令とあらば、ノックス国王とも…いや、一緒に戦ったノエル殿らとも戦うのか?」
「………そうなるかもしれないね。アズラエル教皇は、魔族を根絶やしにするまで止まらないさ。
そうなれば、12使徒の僕が抜けるなんて許されない。」
「…悪い事は言わん。ノックス国王に戦いを挑むな。」
「おやおや、僕の身を案じてくれるなんて、鉄の女と称されたザリーナに僕の気持ちが届いたのかな?」
「…そんな訳無かろう。」
「…それとも……大事なのはそのノックス国王、だったり?」
ザリーナはその質問には答えず、沈黙したまま顔を紅潮させた。
「……冗談のつもりだったんだけど……まさか本当に?」
「…ノ、ノックス国王は貴様などでは絶対に勝てんからだ!!この私ですら、赤子の手をひねるようにまるで手も足も出ない相手なのだ!!そ、それにあの方はとても優しくて……その…………」
「……はぁぁ〜……つまりノックス国王は教会の敵だけに限らず、僕にとっては恋敵でもあるわけか……」
「…………」
「まあ仕方ない。けど、もしも僕がノックス国王に勝てたら、僕と結婚してくれないかい?」
「…だからさっきも言ったとおり…」
「それでも構わないさ。僕は勝ち目が無いからと早々に諦められるほど、人間出来ちゃいないんだ。」
「………好きにしろ。だが、教会がイブリース王国に戦争を仕掛けるのならば、我らロンメアは教会の敵として対峙する。」
「…………どうしてだろうね…………」
「………?」
「……いや、忘れてくれ。」
ロザリオはグラスに残った酒を一思いに煽り、立ち上がった。
「マスター、お勘定を。」
「…かしこまりました。」
手早く勘定を済ませたロザリオは早々に店を後にしようとする。
立ち去り際に、
「……キミとだけは、殺し合いはしたくないな。」
と言い残して。
「………私もだ。」